妥協なき異世界で、おっさんは中間(ぬるま湯)を探す」
「助けてくれ!! 殺される! このままじゃ俺、ガチでバラバラのミンチにされて殺されるんだよぉおおおッッ!!」
俺はプライドなんて汚物のようにドブ川へ投げ捨て、恥も外聞もなく、ある場所へと転がり込んだ。
「ん? ──おお! 誰かと思えば、いつかの『下着姿一丁』の変質者じゃないか。相変わらず騒々しい奴だな。どうした、今度は服を着たまま前科でもつくったか?」
呆れ果てた顔で俺を迎えたのは、この世界に右も左も分からずパンツ一丁で放り出された俺を、凶悪な犯罪者として厳重に拘束してくれた、町の駐在の兵士のおっちゃんだった。
今の俺には、この世界で頼れる大人の知り合いなんて、あのクソ婆さんを除けばこのおっちゃんくらいしか思いつかなかったのだ。
「前科なわけあるかッ! おっちゃん! あんたが紹介してくれたあの救護院、あそこは一体何なんだよ! 孤児院じゃなくて、暗殺者の殺人教育でもしてんのか!?」
「あぁん? 何の話だ。カザン婆さんのところだろ? 飯は不味いが、至って普通の救護院のはずだが……」
「普通なわけねぇだろ!!」
俺は腫れ上がってまともに動かない両手を、おっちゃんの眼前に突き出した。
「あの婆さんは朝から晩まで、水汲みだの薪運びだの、人間を破壊するためとしか思えないとんでもねぇ量のブラック労働を課してくるわ! そこに輪をかけて、数日前から客として来たヤバい姉ちゃんは、なんかスピリチュアルで意味不明なことをベラベラ喚きながら、俺に『生身の手刀で丸太を叩き割れ』とか言い出して、俺の両手を完全に再起不能にしやがったんだよ! いったいあいつら何なんだよ!? おかしいだろ!!」
「……おいおい、お前が何なんだよ。身振り手振りが激しすぎて、さっぱり訳が分からんぞ? 婆さんに仕事をもらって、客の姉ちゃんに手を出してドツかれたってことか?」
「違う! なに聞いてんだよ!わけわかれよ! 痛いんだよ本当に! その姉ちゃんが言うにはさぁ、なんか『意念の修行』とか何とか言って──」
「なるほど。理解した」
それまで「またあのパンツ一丁の奴がくだらない妄想で騒いでるわ」と言わんばかりに鼻で笑っていたおっちゃんの顔から、一瞬で余裕が消え失せた。
困惑と呆れに満ちていたその顔が、彫刻のように硬く、突然の「ガチの真面目な顔」へと早変わりしたのだった。
おっちゃんは腕を組み、深く、重々しく溜息をつくと、憐れみの光を宿した目で俺を見つめた。
「……まぁ、男として生まれたからには、誰しも一度は通る道だ。世の中には、どうしても避けて通れない地獄ってやつがある。──よし、そんなお前に、同じ町の男として、俺から言えることはただひとつだ」
おっちゃんは俺の肩に、ポンと優しく手を置いた。
「がんばれ」
「がんばれ以外に何か言うことねぇのかよォオオオッッ!!」
俺は思わずおっちゃんの胸ぐらを掴みそうになった。公権力だぞコイツ! 助けてくれるはずの警察官ポジションだろ!? なんだその「有難い応援の言葉(中身ゼロ)」は!
「無茶を言うな、無理なものは無理だ。あのなぁ……魔法、あそこは意念って言うだけか?あの婆さんのところで『それ』をやらされてるってことは、だ。もうお前さんの選択肢はふたつにひとつ。──それを使えるようになるか、それとも耐えきれずに死ぬか、そのどっちかしかないんじゃないか?」
「嫌すぎるだろうその二択はァアアアアッッッ!!!???」
中間は!? 「ちょっとお腹痛いんで修行休みにしてください」みたいな、現代日本のぬるま湯のような妥協案はどこに消えたんだよ!
「いや、だってなぁ……」とおっちゃんは困ったように頭を掻いているが、その目は完全に『あそこの婆さんに目を付けられたら終わり』だと物語っていた。
そんな兵士のおっちゃんに泣きついているところに、俺の肩にポンと優しく置かれる手があった。振り返るとリエンがいた。笑顔のリエンが。「さあ、イチロウさん。修行が待ってますよ。帰りますよ」力を入れているわけでもないのに、俺はリエンに引きずられながら救護院に戻されようとしていた。
「た、助け──」兵士のおっちゃんに涙を見せ、助けを求めようとするも、兵士のおっちゃんはこちらを見ようともしていなかった。むしろ関わりを持ちたくないと言うように朝っての方を見ていた。「あ、ここが汚れてるな。後で掃除をしておかないと」とか呟いている。
「裏切ったな!俺の気持ちを裏切ったなぁああ!」と、俺は怨嗟の言霊を残して連れていかれたのであった。




