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新種の未確認生物(※35歳無職)、街へ行く





 ガラガラ、ゴトゴト……と。


 頼りない荷車の木輪の音を聞きつけて、薪売り場の受付にいたおじさんが、救護院の子供達が来たことを察して顔を上げた。


 「おう。よく来たな、お前ら。今日も──、……か……っ?」


 いつものように温かい笑顔で迎えようとしたおじさんの顔が、途中で見たこともない形に引きつった。


 ──いや、だってしょうがないじゃん。


 子供達の先頭に立って荷車を引いてくる三十五歳の男が、全身から汗を滝のように噴き出し、涙と鼻水とヨダレを顔面からデロデロに滴らせながら、「ゼハッ、ゼハッ、ヒュー、ヒュー……ッ!」とこの世の終わりみたいな異音(呼吸)を撒き散らして向かってくるんだぞ?


 完全にホラー映画のゾンビか、新種の未確認生物だ。むしろ相手が武器を持って構えるか、悲鳴を上げて逃げ出さなかっただけ、この町の人の肝が据わっていると言うべきだろう。俺が逆の立場なら、即座に衛兵を呼んで治安維持のために強制排除してもらっているところだ。


 「……だ、大丈夫か……? あんた」


 おじさんは、化け物を刺激しないように細心の注意を払うような恐る恐るのトーンで声を掛けてくれた。だが、今の俺にはそれにまともな言葉で返事をする余裕なんて一ミリも残されていない。荒い息と不審者特有の熱気を撒き散らしながら、ただ限界のライフゲージを示すように首だけを力なく横に振った。


 「……そうか。まあ、とにかく水でも持ってきてやるよ。そこに座りな」


 ありがてぇ……! 神様仏様、薪売り場のおじさん様……! 欲を言えば冷蔵庫でキンキンに冷えてやがる奴を頼む……!


 そんな我が儘を心の中で念じつつ、持ってきてもらった井戸から汲みたての(そしてこの炎天下で絶妙に生ぬるくなった)水を、ゴクゴクとダイナミックに喉へ流し込む。


 プハァアッ! と、ようやく人間の知性を取り戻した、まさにその瞬間だった。


 「よし、水分補給も終わったし。おっさん、薪も降ろして積んだから帰るよ」


 隣にいた子供、いやこのガキが、悪魔の宣告のように冷たく言い放った。


 「いやだぁぁあああああッ!!!! もう少し休むのぉおおおおお!!!!」


 俺は荷車を放り出し、売り場の地面に大の字になって横たわると、小さな子供が玩具屋の前でやるように手足をバタバタと激しく暴れさせて駄々をこねた。


 帰るって、お前、正気か!? あの地獄の重量をもう一度引っ張って、さらにその後に薪割りが待ってんだぞ!? 死ぬ! 今立ったら確実に俺の繊細な膝の皿が割れる!!


 「……おい。ここまで付いてきたってことは、一応お前らの知り合いなんだろう? 頼むから早く引き取ってくれないか。営業妨害レベルで見苦しいんだが……」


 地べたでのたうち回る三十五歳の巨体を前に、おじさんが遠い目で子供たちに助けを求めた。すると、子供達は心底嫌そうな顔で、俺から一歩距離を取ってこう言った。


 「……できれば、知り合いたくはなかったおっさんだよ」


 周囲からそんな鋭利な刃物のような辛辣な声が聞こえてきたが、今の俺には知ったこっちゃねぇ話だ。休めるなら、俺はプライドも人間としての尊厳もいくらでもドブに投げ捨ててやる!


 結局、薪売り場のおじさんと子供達の二方向から、まるで見せしめの化け物を駆除するかのような冷酷な視線で攻め立てられた俺は、涙目で再びあの地獄の長い道のりを引き返す羽目になった。


 往路以上の奇妙な排気音を撒き散らし、一歩進むごとに寿命をすり減らしながら、なんとか救護院の門をくぐる。


 「いやー、普通なら行って帰ってくるだけだし、小一時間もあれば終わる作業なんだけどね。おっさんが遅すぎるだけだよ」


 「言うなァアアアッ! いくら不死鳥のごとく何度でも蘇る繊細な俺のハートでもな、言われて抉られる痛みはあるんだよ痛みは!!」


 子供の容赦ない言葉に逆ギレしつつ空を見上げると、行って帰ってきただけだというのに、太陽はすでに天の真ん中──中天を指していた。嘘だろ、体感的にはもう三日くらい不眠不休で歩かされた気分だぞ。


 すると、荷車を片付けながら一人の子供が、本気で心配そうな目で俺を見てきた。


 「……なぁおっさん。今回は俺たちが付いてきたけど、明日から一人なんだろ? 本当に大丈夫なのか?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は一切の躊躇なく、その場にガタガタと膝を突いた。


 「無理です。絶対無理です。お願いします、明日からも毎日付き合ってください」


 三十五歳成人男性、異世界の年の離れた子供たちに向かって、恥も外聞も尊厳もすべてドブに捨てて、深々と綺麗な土下座(ヘッドスライディング気味)を決めた。


 あんな狂った重量の鉄塊、一人で引っ張ってたら売り場に着く前に俺の命の灯火が消える。一生掛かっても終わらねぇよ!


 「えぇー……おっさんがやれって院長先生に言われた仕事なのに。……はぁ、まあ良いや。俺たちが運ぶのは今までと変わらないんだし。いいよ、明日も手伝ってあげるよ」


 「ありがてぇ……! ありがてぇよぉおお……ッ!」


 子供達の海より深い慈悲に涙を流して感謝し、俺は荷車から薪の原材料となる丸太をごろごろと地面に降ろした。


 「はぁ……はぁ……。やっと……やっと終わったぁああ……っ!」


 これで今日のノルマはすべて終了だ。あとは飯を食って寝そべるだけ──そう確信して泥のようにへたり込んでいると、立ち去りかけた子供たちが、信じられないほど無慈悲な言葉を俺の背中に投げかけた。


 「なにいってんだおっさん。おっさんの仕事は『薪割り』もあるだろう? 俺たちはこっちの作業は手伝えないから、ちゃんときちっとやっておくんだぞ」


 「……へ?」


 子供達はそれだけ言うと、じゃあねーと手を振って、夕飯の準備の手伝いへと軽快な足取りで去っていった。


 一人、裏庭に取り残された俺は、目の前にうず高く積み上げられた巨大な丸太の山を見上げた。


 そうだ。俺は今日、水汲みと荷車引きしかしていない。つまり、ここからさらに昨日「新記録」を叩き出したあの過酷な薪割りを、この限界を迎えた腕で始めなければならないのだ。


 「……ムリデス……。モウ……ハタラケマセン……」


 脳のキャパシティが限界を迎えた俺は、完璧な片言のカタカナ音声を漏らしながら、白目を剥いてそのままピクリとも動かなくなった。











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