三十五歳、異世界で小宇宙(コスモ)を燃やした結果
「よし……。イメージだな。妄想の解像度なら、引きこもりのこの俺に勝てる奴はいねぇ!」
現金なもので、やる気を取り戻した俺は、さっそく子供に言われた通りのやり方で『意念』を試してみることにした。
心の中に力を溜めるが、いまいちよくわからんが、脳内で最高に強くて格好いい技のイメージを極限まで膨らませていく。思い描くのは、かつて擦り切れるほど読んだ漫画の、あの伝説の奇跡の力だ。
「……燃えろ、燃えろ、俺の中の小宇宙よ……ッ!」
俺は両の腕を大きく突き出し、星座の軌跡を描くようにダイナミックに回す。
極限まで高まった(気がする)イメージを拳に集約し、カッと目を見開いて正面へと力強く突き出した!
「ペガサス○星拳(仮)──ッ!!」
ヒュルルルル……。
乾いた空風が、ただ虚しくその場を吹き抜けただけだった。
光の速さの拳どころか、火花の一つすら出やしない。
「使えねぇじゃねぇか!? どういうこった!? おいガキ、お前まで俺に嘘を教えやがったのか!?」
「嘘なんか教えてないよ! っていうか、おっさん今、一体何を思い描いたんだよ!?」
頭を抱えて逆ギレする俺に、子供は呆れ果てたような声を上げた。
「あのね、いくら頭の中で凄いことを思い描いたとしても、その力を実際に引き出して扱うのは『おっさんの身体』なんだぞ? 自分の身体の器を無視したデカすぎる力は使えないって、院長先生も言ってたじゃん!」
「……へ?」
「おっさんが今やったのって、ちっちゃいコップの中に、無理やりお風呂の水を全部注ぎ込もうとするようなもんだよ。入るわけないし、ただ溢れて消えるだけさ」
子供のあまりにも真っ当な指摘が、調子に乗っていた俺の脳天を直撃する。
「……つまり今俺は、自分のスペックを遥かに超えた大技を無理に具現化しようとして、盛大に不発に終わったと?」
「そういうこと。意念ってのは、今の自分の実力や身体に合った『身の丈に合うもの』を正しく思い描かないとダメなんだ。それを見つけること自体が、最初の修行なんだってさ」
「……つ、使えねぇ技だな、おい」
これじゃあ、どんなに脳内で最強のチートを妄想しようが、俺自身の「三十五歳運動不足ニート」という貧弱なステータスが足を引っ張るということじゃないか。
やっぱり異世界は、俺のような楽したい人間にどこまでも厳しい場所だった。
あれからも俺は、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日……っ!
本当に、ほっとうに水汲みと薪割りしかしてねぇッ!!!
百歩譲って、水汲みは分かる。救護院にはガキどもがたくさんいるんだ、毎日使えばそりゃあ無くなる。
だがな、薪だ。薪は一体何にそんなに使ってんだ!? メシの時に竈にくべるくらいしかしてないだろう? にも関わらず、俺が前日に死ぬ思いで山ほど割って積み上げた薪は、次の日の朝には綺麗さっぱり消えてなくなってんだぞ!? どういうことだ!? これも『意念の修行で消費した』とか言われたら、さすがの俺もグレるぞ!
あまりの理不尽さに耐えかねて、近くにいたガキを捕まえて問い詰めると──、
「なに言ってんだよ、おっさん。薪は町に売りに行ってるに決まってんじゃん。お金がなきゃ、俺たちの毎日のメシが食えないだろう?」
「……」
正論だな。
ぐうの音も出ないほどのド正論だ。くそ、クソ婆さんだけでなく、ついに子供にまで正論で殴られるようになるとは。
「……あぁあー。楽して、寝そべったまま稼ぎたいなぁ、もう……」
高校を卒業してすぐに就職し、それから七年程度は一応の社会人生活を送った。だが、その後に続いた十年のニート生活の壁は厚い。自堕落という名の悪魔が、俺の骨の髄まで染み付き過ぎていた。一度覚えた『何もしない極楽』から抜け出すのは、麻薬を断つより難しいのだ。
ハァ、と重いため息をついて、切り株に腰を下ろしてサボり始めた、その瞬間──。
ゴカァアンッ!!!
「ぶっふぇ!?」
「サボってんじゃないよ、この穀潰しは!」
「……いっ、てぇえええ! 少し休憩してただけだろうがッ!」
隙を見て休むと、どっからか24時間監視でもしていたかのようにクソ婆さんが現れ、容赦なく俺の頭をぶん殴っていく。
元の世界だったら完全に暴力沙汰で一発アウトだぞ! 労働基準法違反と傷害罪で訴えて、慰謝料で一生遊んで暮らしてやるところだぞ!
……それが当たり前のようにまかり通るこの世界は、労働嫌いの俺にはあまりにもキツすぎる。
(……それにしても、なんでラノベの主人公たちは、みんな揃いも揃ってあんなにすぐ異世界に適応できんだよ? パンツ一枚で放り出されて、毎日奴隷みたいに薪割りさせられても折れないメンタルでも持ってんのか? )
やっぱり、あいつらは選ばれし『主人公』だからなのかな……。
夕暮れの空を見上げながら、俺は己の凡人っぷりを痛感し、再び重い斧を握り直すのだった。




