意念の極意は、脳内妄想(イメージ)の解像度
毎日、毎日、俺は水汲みと、薪割りで嫌になっちゃうよ〜♪
……と、元の世界の有名なたい焼きの替え歌を口ずさむくらいの精神的余裕が、少しは出てきた今日この頃。
いつもなら一日置きくらいには、裏手の方から『ドッカンドッカン!』と地響きを立てて、婆さんの「軽い運動(大砲の着弾音)」が聞こえてくるはずなのだが、なぜか今日はその爆音が全く聞こえてこない。
まあ、あのクソ婆さんだって人間だ。たまにはサボりたい日や、腰をいわして休みたい日だってあるだろう。そんな失礼なことを考えながら、俺は手慣れた手つきで薪を割り進めていく。
「……ここのところ、ちょっとだけ『コツ』みたいなのが分かってきたな」
最初の頃のように、力任せに斧を大きく振り下ろしちゃダメだ。それだと無駄に体力を消費するし、刃の軌道がブレる。
まずは小さく振り下ろして、薪の頭に軽く刃を当てる。そして刃が綺麗に入った瞬間に、ピンポイントで重力を乗せて打ち下ろす──。
パッカァンッ!
軽い音を立てて、丸太が綺麗に真っ二つに裂けた。
「おお、スコーンと割れると、ちょっと気持ちが良いな」
快感を覚えた俺は、リズムよく斧を刻んでいく。
スコーン、スコーン、コ○ヤスコーン、と脳内で軽快なCMソングを再生しながらノリノリで割っていると、ふいに、どこからか奇妙な──いや、ある意味で俺にとっては非常に馴染み深い、懐かしい響きの『言葉』が風に乗って聞こえてきた。
『──我は告げる。万物を拒絶せし、大気の王よ』
ピク、と俺の動きが止まる。
……ど、どこのドイツ人だ。昼間っからそんな、恥ずかしすぎる中二病全開のクセェ詠唱をぶちかましてる奴は!? 自分の黒歴史ノートを音読させられてるのか!?
『其は流麗にして、あまりに無慈悲な世界の息吹き。逆巻け、吹き荒れろ! 深淵の颶風!』
声は、婆さんがいつも運動しているあの広場の方から聞こえてくる。
あまりの香ばしいセリフの連発に、俺は居ても立ってもいられなくなり、声の主を探しに茂みを掻き分けて広場を覗き込んだ。
そこにいたのは──なんと、救護院の子供の一人だった。
子供は手に、平べったい扇か、あるいは団扇のような不恰好な小道具を握りしめ、顔を真っ赤にしながら、中二病の詠唱を大真面目に延々と繰り返している。
そして。
「鋭利なる断空の刃を以て、因果のすべてを断ち切りたまえッ!!」
子供はカッと目を見開くと、その手に持つ扇を天高く振り上げ──、
「エネト・ネカザ──ッ!!」
言葉と共に、全力で扇を正面へと打ち下ろした。
その瞬間だった。
打ち下ろした扇の先で、空間がぐにゃりと歪むように大気が激しく揺らいだ。
目に見えない巨大な力の塊(風)が生まれ、次の瞬間、眼前の大木に向かって鋭利な突風となって凄まじい速度でぶち当たったのだ!
ザバァアアンッ!!! と、大木の無数の葉が引きちぎられ、激しく幹が揺れる。
「……ッ!?」
え? なに!? え、ええええ!?
理解が、脳の処理が全く追いつかない。あのガキ、今、何をした!?
中二病丸出しの恥ずかしい詠唱を叫んで、団扇を振り下ろしただけだろ!? なんでそれで、本物のカマイタチみたいな突風が生まれて、木にぶち当たってんだよ!?
呆然と立ち尽くす俺の口から、乾いた声が漏れた。
「……ま、魔法……!? マジで魔法なのか……っ!?」
この世界に来て初めて目撃する、明確な超常現象に、俺の心臓はドクドクと激しく波打ち始めていた。
「ちょっ!? え!? なに!? どういうことだよコレ!? 意念だけじゃねぇの!? この世界、魔法もあるのかよ!?」
あまりの超常現象を目の当たりにして脳のキャパシティを超えた俺は、隠れるのも忘れて大声を上げ、頭を抱えて混乱していた。
すると、その声を聞きつけた子供が、驚いたようにこちらを振り返った。
「ん? なんだ、おっさんじゃん。どうしたのさ?」
「『どうしたのさ?』じゃねぇよ!? 今の何!? 魔法!? お前、まさか魔法使いだったの!?」
鼻息を荒くして詰め寄る俺に、子供は不思議そうに小首を傾げた。
「今の? 魔法じゃなくて『意念』だよ」
「え? 意念……? いや、俺もクソ婆さんに意念の使い方を教えてもらったけど、あんな風に風を起こすなんて絶対に出来ねぇぞ!?」
あの日浴びせられたのは、ただの暴力的なプレッシャー(殺気)だ。あんな目に見えるカマイタチなんて、一ミリも出る気配はなかった。
すると子供は、「あー」と納得したようにポンと手を打った。
「たぶん、おっさんが教えてもらったのって、基礎の基礎のやつでしょ? 心に力を溜めて、意志で操るっていう、あの退屈なやつ」
「お、おう。……意味はさっぱり分からんかったけどな」
「でしょ? 俺も最初は全然わからなかった。でもさ、毎日毎日やり続けたら、なんとなく感覚が分かってきたんだ。心にさ、強く『思い描く』んだよ」
「思い描く……?」
「そう。自分のやりたいこと。起こしたいこと。それを強く。ものすごーく強く頭の中で描いて、心の中に溜めるんだ。そんで、溜め込んで、溜め込んで、極限まで溜め込んだ思いを一気に出す!」
身振り手振りを交えて熱弁する子供。なるほど、心のエネルギーを脳内補正で物質化、あるいは現象化させるということか。
「それであれになるのか……。じゃあ、さっきのあの、恥ずかしすぎる呪文の詠唱みたいなのは何なんだよ?」
「失礼なこと言うなよ! あれか? 頭の中でただ思い描くだけだとさ、なんか思い描いたモンがふにゃふにゃってなって、うまく形にならないんだよ。だから、言葉に出すことで、思いをめちゃくちゃ強く形にしてるんだ。これをやり始めてから、すっごく上手く行くようになったんだぜ!」
子供はエッヘンと自慢話をするように、小さな鼻の下を指で擦っている。
「思い描く……。つまり、出力するための『明確なイメージ』が大事ってことか……」
俺はハッと息を呑んだ。
イメージの具現化。それすなわち、昨今の日本の漫画やネット小説、アニメやゲームを呼吸のように摂取してきた現代の日本男児(しかも十年間引きこもって妄想だけは一丁前に磨いてきたニート)にとって、最も得意とする分野ではないだろうか。
(……待てよ? 脳内妄想の解像度の高さだけで言ったら、この世界の住人の誰よりも、俺の方が余裕のヨッちゃんで上なんじゃねぇか……!?)
さっきまでの絶望が嘘のように吹き飛び、俺の脳内に、新たな「チート覚醒」への野望がパチパチと火花を散らし始めていた。




