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流れ星、流します。  作者: 一天草莽
第一章 プロポーズの夜に

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 そしてとうとう、日曜日の夜がやってきた。

 前原と相田は午後の七時に例の公園で待ち合わせをしていた。

 もちろん、お互いにそれぞれ心は決めている。

 今日は三月も下旬。

 相田の引越しは目前まで迫っていた。


「前原さん、まだ来ていないみたいだな……」


 約束の五分前に公園に着いたのは相田だった。周囲に前原の姿がないことを確認すると、彼女はわかりやすいように時計台の下に立って彼の到着を待った。

 遅れると予想された前原は、今夜は一分の誤差もなく約束の時間ちょうどにやってきた。

 しかし彼の顔には笑みがなかった。


「ごめん、待った?」


「ううん、大丈夫。時間ぴったりよ」


 顔を合わせた二人はぎこちなく挨拶を済ませると、落ち着いて話すための場所を探して公園の奥へ向かって歩き出した。


「あ、あそこからなら町が見渡せるんじゃないかな」


「そうね、そこがいいわ」


 二人は公園の端にある木製の柵に両手を乗せて、夜の町を見下ろした。


「きれいだね」


「本当に……」


 前原は彼女の横顔を見た。

 そして心の中では、眼下に広がる町なんかよりも彼女のほうが美しいと感じていた。


「今週末だっけ?」


「土曜日の朝にはもう出るの」


「そっか」


 相田は名残惜しく町を見つめる。前原はぼんやりと夜空を見上げた。

 本当なら、ここで流れるはずだった流れ星を心の中に思い描きながら。


「言うかどうか迷っていたけれど、先日、古賀さんに会ったよ」


「え、どうして?」


「理由なんてないよ。彼に会ったのは偶然さ。でも、実際に会ってみたら彼はすごくいい人だった。こんな人なら安心なんだろうなって思った」


 これに彼女が何かを答えるより早く、先を急ぐように前原は言葉を続ける。


「だから僕はもう一度決意をした。だからもう君は悩む必要なんかない。どうか、僕の話を聞いてくれる?」


「うん、聞く。けれど、その前に私からも質問していい?」


「……なんだい?」


 相田と前原は目を合わせた。


「どうして私を好きになったの? それから、どうしてプロポーズをしてくれたの?」


「えっと、それは……」


「お願い。あなたの話を聞く前に、それだけは教えて」


 相田は祈るように一歩、前原に近づいた。

 対して前原はなんだか恥ずかしくなって、目をそらしながら答えた。


「好きになった理由か……。それはさ、二人で一緒に見た流れ星なんていう奇跡があったからじゃない。君と過ごした日々、それが大きかったんだ」


 話を聞く相田は前原を黙って見つめ続けている。

 前原は彼女の視線を感じながらも、話すことに必死だった。


「だけど、それは僕の勝手な理由で、君にとってみれば決め手にはならないんだ。君は迷っていたんじゃない。僕が無責任に悩ませてしまっていたんだ。それは素直に謝るよ。……ごめん」


「謝らなくて大丈夫。私にも責任があるから」


「でも僕は確信した。君を悩ませている時点で僕には資格がない。君は、もっと早くに僕を振ってくれたってよかった」


「そんな……」


 前原は悲しげな顔をした相田に向き直った。

 そして真剣な顔つきでこう言った。


「けれど君は優しい。だから僕は君をこれ以上傷つけたくはない。どうか、今日で僕たちは別れよう」


 あまりのことに何も言い返せない相田。すべてを言い終えた前原。

 二人の間には冷たい夜の風が寂しく吹いていた。

 別れの申し出に対して答えもないまま時間は過ぎたが、いつしか静かに泣いていた相田は返事を待ちながら立ち尽くしていた前原の前で沈黙したまま、遠く星空を指差した。

 その指の先を見るように、前原と相田は一緒に星空を見上げた。


「……あっ」


 きらきらと輝く星たちが夜空を彩り、きれいな模様を織り成している。

 そんな果てしない星空の中心を、駆け抜けるようにきらめく一閃の光があった。

 それは流れ星。

 小さな一つの光が強く輝いて流れ落ちる姿は、巨大な絵画となった星空において優雅な主役となっていた。

 たった一瞬の晴れ舞台を、騒ぐことなく静寂なままに流れ落ちた奇跡の光。

 何かを主張することはないけれど、それを見た二人の心に強い感動を引き起こした。

 たった一度、たった一つしかなかった流れ星が、心の中では何度も何度も繰り返されるように流れては消え、失われることなく余韻がこだました。

 すっかり暗くなってしまった光の道筋をそれでもいつまでも見つめ続けていると、そんな流れ星の儚さや強さが混ざり合って感情を刺激した。


「流れ星だ……」


 前原は自分でも気が付かないほど自然に涙を流していた。

 それは自分が断ったはずの流れ星。

 もう二度と、きっと二人では見ることができないとあきらめていた流星。

 それがたった今、思いがけず空に流れたのだから。


「ごめんなさい、私、流れ星……」


「……うん」


「ここで、あなたと見たかったから」


「……うん」


「迷惑、だったかな?」


「そんなこと……」


 やがて相田と前原は同じタイミングで星空から視線を落とし、ゆっくりとお互いの顔を見つめ合った。


「おとといね、光輝さんに流れ星をお願いしたの」


「……黙ってたなんてひどいよ」


「前原さんこそ」


「そ、それは……」


 緊張がほぐれたのか前原は照れて笑った。

 そんな彼の表情に安心した相田も穏やかに笑った。


「ねえ、前原さん。流れ星、本当に私も見たかった」


「うん、そうだね」


「でもね、本当はそんなことどうでもよかったの。私はもっと、ちゃんと自分のことを振り返る必要があったのに、ずっと自分以外のことばかりで悩んでしまっていて」


「仕方ないよ、それは」


「ううん。私は決断から逃げていただけだったの。でも、やっと気が付いた」


「……何に?」


「私、あなたが好き。ごめんなさい。今さら遅いかもしれないけれど、私、あなたとずっと交際していきたい。それに……」


 相田は恥ずかしそうにうつむいた。


「あなたと、結婚したい。たとえそれが、どんなに遅くなっても」


「……うん。僕もだよ」


 前原はもう、今までの覚悟や決意は何もかも忘れて、ただ彼女が愛おしく、ただ彼女を愛したいと思った。





 四月になると桜はだいぶ散ってしまって、暖かい春の日差しがさんさんと降り注いでいた。

 町外れの喫茶店「STAR」にも、驚くほどにのどかな時間が流れていた。


「光輝さん、はい、これ」


 おしゃれさよりも動きやすさを優先した春物の薄着に身を包んだカナは、うとうとと眠そうな顔をして座っている光輝に何かを手渡した。

 それは大皿に盛られた手作りクッキーだ。


「ありがとう、カナさん」


「どういたしまして。……ねえ、前原さんと相田さん、今頃どうしているのかしら?」


「どうだろう? でも、きっと大丈夫だよ」


 そう言いながら、光輝は彼女の手作りクッキーを口に入れた。


「カナさん、これ、とてもおいしいよ。やっぱりこの喫茶店にもいろんなスイーツを取り入れるべきだと思うんだけどな」


「ふふ、そうね」


 楽しそうにカウンターで会話している二人のそばへと、今までどこかへ出かけていた梅木がぶらぶらとやって来た。


「やあ、二人とも楽しそうじゃないか。俺はずいぶん疲れたよ」


「梅木さん、今までどこに出かけていたんです?」


「どこにっていうと……いつものようにぶらぶらしていただけさ。おや、そのクッキーは? メニューにはなかったはずだが」


「カナさんが作ってくれたものですよ」


「へえ、ということはプレゼントか。カナちゃん、気が利くねぇ」


「えへへ、どうもありがとう」


 カナは照れ笑いを二人に向ける。


「あ、そういえば前原と相田のことは聞いたか?」


「いえ、聞いていません。ちょうどカナさんとそのことについて話していたんです」


「そうだったのか。安心しな。二人はまだちゃんと付き合っているぜ」


「本当ですか? それは嬉しいですね。……でも梅木さん、どうしてそれを?」


 光輝は疑問に思って梅木に尋ねた。

 あの依頼が終わってから前原たちに連絡しないでいた光輝にとって、梅木がどこでそれを知ることができたのか興味を持ったからだ。


「いや、たいしたことでもないさ。二人の知り合いと仲がよくてな」


「そうだったんですか。梅木さん、仕事はいい加減だけれど、人と仲良くなるのは得意だから驚かされますよ。今日も誰かと会って来たんですか?」


「まあまあ、それはいいじゃないか」


 なんとなく恥ずかしくなった梅木は話をそらすかのようにクッキーに手を伸ばした。


「こういうプレゼント、流れ星みたいに嬉しいよな。カナちゃん、よかったらクッキーをまた作ってくれよ」


「任せてください」


 三人は皿に盛られたクッキーを仲良く雑談しながら食べ続けた。

 それはおいしくて、なんだか心がぽかぽかするみたいで、春の陽気にはふさわしいものだった。

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