65 赤き魔法少女は友を庇う
もし死神が現実に存在していたら、まさにこんな姿なのだろう――疑問と恐怖で脳内がパンクしたアカネは、思考を放棄してそんなことを考えていた。
だが、死神はアカネに現実逃避することを許さない。
「何を呆然としておるのだ。大丈夫か?」
「……ハッ!?」
頬をぺちぺちと叩かれる感触で、アカネの意識は現実へと引き戻された。そして、目前に迫っていた、吸い込まれるような紅い瞳に、アカネは椅子をガタリと鳴らしながら距離を取る。
この人形のような外見に騙されてはいけない。いまアカネに触れた白い手は、少し力を籠めるだけで、アカネの胴と首をお別れさせることができるだけの力を秘めているのだ。
だが、アカネも魔法少女として、ただで殺られるつもりはなかった。せめて、贔屓にしている喫茶店を事故物件にすることは回避せねばならない。
「ど、どうしてあなたがここにいるのよ……!」
「どうしてって……呼ばれたからだが?」
何を当然のことを、と言わんばかりにインビジブルは首を傾げた。
「フミがあなたを呼べることがおかしいのよ! まさかあなた、フミを脅して――」
「脅すだって? ふふ、まさか」
インビジブルは冗談を受け流すように笑みを浮かべると、フミの背後に立ち、両肩に手を置く。
「フミはただ、私の相談に快く応じてくれただけにすぎぬ。そうだろう、フミ?」
「は、はい……」
インビジブルがフミの頭上から顔を覗き込むと、フミは顔を赤らめながら俯きがちに頷いた。
責任感の強いフミのことだ、きっと頷くことを余儀なくされている自分の不甲斐なさを恥じているに違いない。だが元はと言えば、これはアカネが撒いた種――フミを巻き込むわけにはいかない。
「私はどうなったって構わない。でも、フミには手を出さないと約束して……!」
「約束? ああ、なるほど」
アカネは精一杯の虚勢でインビジブルに食って掛かった。しかしインビジブルは飄々とした態度を崩さない。それが圧倒的な力の差を感じさせ、さらにアカネの焦りを加速させる。
「どうやら貴様は、根本的に思い違いをしているようだ」
「思い、違い……まさか……!?」
そもそもインビジブルに、アカネとの約束を守るメリットは一切ない。アカネがインビジブルと対等な立場に立とうとしていること自体が烏滸がましい――きっとインビジブルはそう言いたいのだろう。
「まったく、先入観がこうも強いとやりづらくて仕方がない。私とて、あまり直接的なことは言いたくないのだが」
インビジブルはおもむろにアカネの前に歩み寄ると、右の手のひらを差し出し、口を開く。
「何でもいいから、さっさと『すまほ』の弁償費用を払ってくれぬか?」
その言葉が、アカネには一瞬理解できなかった。
「……え、それだけ?」
「ああ。私は初めからそのつもりで話しておる。だというのに、フミに手を出すだの出さないだの……私を何だと思っておるのだ?」
死を覚悟していたアカネは、脱力してその場にへたり込んだ。
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「――ふむ、確かに受け取った」
テネリスは「すまほ」の画面に表示された残高が二十万円増えたことを確認し、頷いた。最初こそ硬貨も紙幣も使わないこの仕組みに戸惑ったものだが、すっかり慣れたものである。
「……いや待て。金額が多いな」
「色々と迷惑をかけ続けているから、そのお詫びよ。本当にごめんなさい……」
「なるほど、そういうことならば受け取っておこう」
テネリスは「すまほ」を鞄に戻し、テーブルの上に運ばれていたイチゴパフェに手を伸ばす。
「しかし、アカネを責めるつもりはないが……本当にICOの発表は魔法少女に伝わっておるのか?」
フミから聞いた話によれば、テネリスは野良の魔法少女と同じように扱われる――要するに、問題さえ起こさなければ味方として扱われるはずだったのだが。
「それとも、野良の扱いというのは、これが普通なのか?」
「さっきのは私の思い込みが酷かっただけだから、例外と思って……恥ずかしい……もう埋まりたい……」
「何だったか。『私はどうなっても構わない』だったか?」
「やめてぇ……」
テネリスが軽く揶揄ってみると、アカネはテーブルに突っ伏してしまった。ちょっとした冗談のつもりだったが、ここはそっとしておくのが理性ある真祖の振る舞いだろう。
テネリスがフミに視線を向けると、彼女は何やら考え込んでいる様子だった。
「ICOの声明が出た以上、テネ……インビジブルさんが私達と一緒にいることは問題にならなくなったはずです。だからこそ、こうしてアカネさんと会うことを提案しましたし。ただ……」
「ただ?」
名前の呼び方で気を遣わせてしまっているな、と思いつつ、テネリスは続きを促す。
「過去に色々な問題が起こったこともあって、野良は不良のようなイメージが根付いています。そうでなくとも、ICOのルールに縛られていない以上、信用されにくい部分もありますし……これからもすれ違いが起こる可能性は否定できません」
「ふむ」
過去に力に溺れた者が暴れたせいで悪い印象が付いてしまっている――それは奇しくも、過去のヴァンパイアに重なる部分があった。ヴァンパイアに関してはテネリス以外は大体悪だったので、まったく同じというわけではないのだが。
テネリスはパフェの深い部分までスプーンを刺しこみ、掬い上げる。
「それはつまり、私が何者かを知らないからこそ起こる問題と言えよう。今回のアカネとて、私のことを知っていれば、私がフミを脅すような小物と思うはずがないのだからな」
「そうだと思います。……ただその、さっきのインビジブルさんの第一声も、割と紛らわしかった気もしますけれど……」
「そうなのか?」
はて、そんなに変な第一声を口走っただろうか。テネリスは記憶を辿りながらアイスクリームが染みたコーンフレークを齧った。心当たりはなかった。
「まあ、ともかく。そういうことならば話は早い……というか、これからすべきことも変わらないな」
「そうですね」
テネリスはフミと頷きあった。きっと同じことを考えているに違いない――そう確信した二人は同時に声を上げる。
「――配信を通じて、私が正義の側にあると知らしめるのだ!」
「――インビジブルさんがかわいくて優しい人だと、皆に知ってもらいましょう!」
「む?」
「あれ?」
二人の思考は、少しだけ違っていた。
「あなたたち、仲がいいのね……」
悶絶から立ち直ったアカネが、その様子を生暖かい視線で見守っていた。




