66 時の吸血鬼は最新ドローンを得る
アカネへ「すまほ」代の取り立てを済ませた数日後――治療院の診察室で、テネリスとユウジは、二人で一つのモニターを眺めていた。そこには近所の地図が表示されており、赤い点が少しずつ治療院の場所へと近づいてきている。
「恐らく、あと数分もしないうちに例のブツが届くな」
「ああ……」
ユウジの呟きに、テネリスは緊張した面持ちで頷いた。
例のブツ――それすなわち、テネリスが映る最新鋭設備を搭載したドローンのことだ。
一千万円近い商品となると、その辺に出向いて買いに行けるような代物ではない。それに、高額な商品となると買い手も限られる――つまり、身元を辿りやすくなる。社会の闇に生きるテネリス達からすれば、それは望ましくないことだ。
そこで毎度おなじみ、ユウジの伝手の出番だ。テネリス達の居場所を辿られないようにするために、購入から運搬まで、すべてを代理人に丸投げしたのである。予定通りならば、治療院前で直接受け渡されることになっている。
「せっかくだし、一緒に表に出るか? ここのデカい機材を運ぶときにも世話になっててな、これからも会う機会はあるかもしれない。ちょっと変だが、信用できるやつだ」
「まあ……そうだな。私が買ったものだし、自分で受け取るのが道理だろう」
それに、現状のテネリスの生活の何割かはユウジの伝手の上に成り立っているとも言える。果たしてその実態がどのようなものなのかは、真祖としても、治療院の用心棒としても把握しておかねばならない。
そうこうしているうちに、地図上の赤い点が治療院のすぐ傍へと迫っていた。ついに待ち望んだ物が届くと思うと、どうにも落ち着かない。血を得るとき以外でこんな感情になることなどそうそうないと思っていたが、やはり高額な買い物は一味違うということだろうか。
テネリス達が表へ出向くと、狭い路地裏の中、小型のトラックが侵入できる限界を攻めるように後退し、停車する。そして運転席の扉が開くと、サングラスをかけた金髪の男が現れる。
「ヘイ、ドクター・ユウジ! 元気にやってたかい!」
「ああ、おかげさまでな。そっちも相変わらずみたいで何よりだよ、マイケル」
マイケルと呼ばれた男の声は非常に通りがよく、路地裏によく響いた。彼は白い歯を見せながらユウジと握手すると、テネリスの方に視線を寄越す。
「それで、隣のビューティーガールは誰だい? まさか、ユウジの隠し子か?」
「……テネリス。用心棒だ」
「ミス・テネリスか。いい名前だ、会えて嬉しいよ! ミーはマイケルだ。仲良くしてくれ!」
テネリスはユウジ同様に握手を求められたので、流れで握り返した。その際、上下にぶんぶんと振るのが鬱陶しかったので少し力を込めたら、大人しくなった。
「オォゥ……これは気難しい子猫ちゃんだ。用心棒ってのも納得だな、ハハ……」
「あまりテネリスを困らせないでくれ。あとで機嫌を取るのは俺なんだ」
テネリスの眉間にシワができていたのを見てか、ユウジが仲裁に入った。こんな太陽の擬人化みたいな男が相手だと知っていれば、今頃テネリスは自室で漫画でも読んでいたはずだ。
「……って、待て。テネリスだって……?」
「なんだ、何か知ってるのか?」
怪訝な反応を見せるマイケルにユウジが問いかけながら、テネリスへ視線を寄越す。当然、テネリスに心当たりがあるはずもなく、首を振って返した。
しいて言えば、魔物が突発的に現れた事件の際に、テネリスが知らない間に助けた民間人の中の一人とかだろうか? しかし、それでもテネリスの名を知っているのは些か不自然だが――テネリスが思考を巡らせているうちに、マイケルは震えた指先を向ける。
「――まさか、君があの『化石堀り』か?」
「知らん。何だそれは?」
テネリスの長いヴァンパイア生の中で、考古学者として活動した経験は一切ない。というか、テネリスが考古学の対象ですらある。
塩対応を続けるテネリスに対し、マイケルは拳を握って続ける。
「最近話題の回収屋さ! 誰も手を付けたがらない難しい依頼ばかりを完璧にこなす、同業者が誰も知らない謎多き存在! その功績を称えて、界隈では『化石堀り』の異名がついているのさ!」
「異名にしちゃあ随分と地味じゃねえか……?」
「まったくだ」
微妙な反応を示すユウジにテネリスは同意する。
「しかし、それだけ詳しいということは、お前も回収屋なのだな?」
「ああ、そうさ。しかし、そうか……『化石掘り』の正体がまさか君みたいな子だったとはなぁ……」
テネリスの回収屋としての活動名義は本名そのままだし、我ながら珍しい名前だという自覚はある。同業者からすれば、特定はそう難しいことではないのだろう。
「そこのトラックとガールフレンドが相棒なんだ。どうだい。よかったら今度、ミー達と組んで、デカい山を当てに行かないか?」
「行けたら行く」
行かないときの常套句である。ただ、これはマイケルが嫌だからというわけではなく、ドローン購入という目標を達成した今、これ以上金銭が必要ないから、というのが主な理由である。
「それよりも、早く私の荷物を見せてくれぬか?」
「ああ、そうだったな、もちろん忘れちゃいないぜ! さあ、見てくれ!」
マイケルはおもむろにトラックの後部扉を開き、ドローンを覆っていた布を取り外した。
「おぉ、これは……!」
形状を例えるなら、土星だろうか。中央には白い球状の大型カメラが取り付けられており、それらをぐるりと囲むように、仄かに赤い光沢が入った黒い骨組みが伸びている。体勢を維持するためのプロペラの代わりに、いくつか穴が空いたドーナツ状の輪が取り付けられている。
「『ホバー技術採用型戦闘追跡用撮影ドローン STELLA-SPECTOR-6』。最新鋭の技術が詰まった、ドローンマニアなら喉から手が出るほど欲しがるだろう逸品。これで撮影できないものなんてこの世に存在しない。充電バッテリーは準備万端、すぐにでも使える」
「そうか。説明感謝する」
したり顔のマイケルに、とりあえず礼は告げておいた。妙に説明慣れしている辺り、運搬するたびこういう「演出」をしているのだろうか?
「ユウジ。設定を頼めるか?」
「ああ。少し待ってろ……」
ユウジがドローンを車内から取り出し、操作盤に触れる。
『――アカウント連携完了。追従対象、登録名テネリスを認識しました』
「よし、これでいいはずだ。スマホにカメラの映像を転送したから、少し動いてみろ」
「わかった」
ユウジからカメラの映像が映った「すまほ」を渡されたテネリスは、映像を確認しながらその場で適当に歩きまわる。従来のようなプロペラはなく、輪につけられた穴から浮力が生じているようだ。ふよふよと浮いている様子は、まさに惑星のようである。
続けて、離れたり近づいたり、建物の壁を伝って屋上まで駆け上がってみる。これも多少の遅れこそあるものの、ドローンは常に一定の距離を保ちながら、カメラにテネリスを捉え続けていた。
「――うむ、うむ……中々よいな。問題ないだろう!」
「ワーォ、ニンジャガール……」
テネリスがドローンの試運転をしている間、マイケルは、テネリスの超人的な動きに言葉を失っていた。すんなりテネリスの力を受け入れていたユウジやフミが特殊なだけで、一般人の反応としてはこちらが普通であろう。
「実は、さっきまでこんなオーバースペックなドローンを何に使うのかと思ってたんだ。だが、ミス・テネリスの動きを見て納得したよ。まったく、今日は驚かされてばかりだ」
「ふむ。ならば、もう一つ驚かせてやろう」
テネリスは手に持っていたユウジの「すまほ」で自分の姿を撮影し、マイケルに見せた。
「インビジブルというのがいるだろう? あれは私のことなのだ」
「ワ、ワッツ!? オーマイガッシュ! 何てことだ!」
初めは少々鬱陶しいと思っていたオーバーリアクションも、こうして見ると中々愉快なものである。
「さて、これで準備は整ったな」
テネリスは満足げに頷くと、ユウジの手に彼の「すまほ」を返した。
「いよいよ、私の姿と名を世に知らしめる時だ!」




