63 金欠の吸血鬼は新たな「すまほ」を得る
それは、ある日の夕暮れ時。ICOでの仕事から帰宅したフミは、自宅前で驚愕していた。
「――テネリスさん、もしかして……私が帰ってくるまで、ずっと待ってたんですか……?」
「ん? ああ……いや、こういう時は『今来たところだ』と言うのが礼儀か。今来たところだ」
「待ってたんですね……」
表札の前で番人の如く待ち構えていたのは、真祖のヴァンパイア、テネリスだ。
黒いパーカーのフードを深く被り、サングラスやマスクで顔を覆い、ゴシックな日傘を差す姿はミスマッチの一言に尽きる。しかし、その優雅で堂々とした佇まいと、サングラスの隙間から爛々と輝く紅い瞳が、誰にも文句を言わせないだけの圧を放っていた。
「まったく、連絡手段がないというのは不便なものだな」
「じ、事前に来ると言ってくれてよかったんですよ?」
「いやなに、数百年生きた私からすれば、数時間などほんの刹那に過ぎない。気にすることはない」
「そうじゃなくて、私が気にするというか……!」
堂々と答えるテネリスに、フミは悶々とした様子であった。なお、テネリスの記憶から「すまほ」中毒で暇を嘆いていた時間は抹消されている。
「で、でも今日来てくださったということは、もしかして?」
「ああ、『すまほ』が届いた……らしい」
「らしい?」
テネリスはポケットから四つ折りの紙を取り出し、こてりと首を傾げていたフミに差し出した。
「この件で、雇い主から手紙を預かっているのだ。仮にもフミ宛てのものだからな、中身は見ておらん」
「雇い主さん、ですか?」
「どうしてフミ宛てなのかは知らぬが、少なくとも変なことを言うような奴ではない。……が、念のため、一緒に見るとしよう」
テネリスは日傘の中にフミを取り込むように立ち位置を直して、手紙を広げて顔を寄せた。
「ひゃっ!? て、テネリスさんっ、近――」
――ご友人へ。
いつもうちのお転婆娘が世話になっている。本当に申し訳ないが、先日注文したスマホが宅配ロッカーに届いたので、一緒に受け取りに行ってやってほしい。きっと電源の入れ方すらわからないだろうから、その辺のことも聞かれたら教えてやってほしい。宅配ロッカーの場所とコードは下に書いておく。
変なやつだが、悪いやつではない。これからも仲良くしてやってほしい。
「……私が見ないと思って、好き放題言っておるな」
テネリスはため息を零した。
特に、テネリスのこともフミのこともぼかしている辺りが小賢しい。あとで苦情をつけたところで「誰もお転婆娘がテネリスだなんて言っていない」などと抜かすのが目に見えている。
「フミ、気を悪くしただろう。こんな一方的な命令ばかりの手紙なら、渡すべきではなかった……フミ?」
「あぁぃぇ別に大丈夫ですよっ!? むしろ頼って頂けて光栄と言いますか!」
フミの顔を覗き込むと、彼女はやや上擦った声を上げる。察するに、紙面越しでも伝わるユウジの傍若無人さに絶句していたに違いない。
「どうせ、説明が面倒だからと体よくフミに押し付けているだけだろう。無理はしなくても――」
「無理なんかしてませんよ! ほら、行きましょう!」
フミはテネリスの手を引いて、来た道を引き返した。フミの腕に提げられていた買い物袋が、ガサガサと音を鳴らした。
フミに先導されてやってきたのは、たまに電車に乗る際に利用していた駅だった。
「――ほう、これが宅配ロッカーとやらか。何というか……普通だな」
構内の一角に、橙色に塗られたロッカーが設置されていた。回収屋の仕事で納品に使うロッカーに似ているが、無骨なそれとは違い、こちらは日常に溶け込めるだけの可愛げがある。
「ここにコードを入力すると、対応するところが開くんです。やってみてください!」
「うむ……」
フミに言われるがまま、テネリスはぽちぽちとコードをパネルに入力していく。このくらいなら慣れたものである――他の機械の操作と比べて、相対的に。
コードを打ち込んで確定すると、ロッカーの一室がガチャリと音を鳴らして開く。一度フミを見て問題ないことを確かめてから、ロッカーに入っていた小箱を回収する。この小さく軽い箱の中に、テネリスが待ち焦がれていた物品が入っているのだ。
「充電も必要でしょうし、一度家に戻りましょうか」
「そうだな」
ここに向かっていたときよりも軽やかな足取りで、テネリス達は来た道を引き返した。
「――やっと終わった……」
テネリスの呟きに応えるように、ジュースが入ったコップの氷が溶けてカランと音を鳴らす。フミにつきっきりで教えてもらいながら初期設定や必要なアプリを導入する時間は、フミを待っていた時間よりよほど長く感じた。
「あはは、慣れないうちは疲れちゃいますよね」
「本当にな。だが、これでまたいつでも連絡が取れるようになった」
テネリスのレインの連絡先一覧には、フミの名前のみが掲載されている。前の「すまほ」ではユウジの知人のものと思しき連絡先がいくつも登録されていたが、今回は正真正銘、テネリスの知人だけで構成された連絡先となる。当然、「鈴木太郎」などというふざけた偽名を名乗る必要もない。
「そういえば、フミに聞きたいことがあったのだ」
「何ですか?」
テネリスが唐突に切り出すと、フミはジュースを飲みながら首を傾げた。
「この間収益化配信をしたのだが、寄付金の合計はどこで見られる?」
「ああ、それでしたら自分チャンネルの管理画面を開いて――」
フミの説明にふむふむと頷きながら、言われるがままに画面を操作していく。
「――そしたら金額が表示されると思います。どうですか?」
「……これか?」
テネリスはスマホの画面を掲げてフミに見せた。
【推定収益額】 765.2万円
「それです! すごい寄付が集まってますね!」
「うむ。皆、真祖たる私の姿が見たくて仕方がないようだ」
拍手して讃えるフミに、テネリスも頷いて応えた。
姿を見せるためとは言ったものの、視聴者からすればそれが実現する保証もないというのに、よくこんな大金が集まったものだ。あるいは、それだけ信用されているとでも思っておけばよいのか。
ここに、これまでテネリスが回収屋の仕事で稼いできた貯金やアカネに請求予定の弁償費を加えれば、目標金額まではもう一歩といったところか。
となれば、次にやるべきことは決まったと言っていいだろう。
「フミ。アカネと会いたいのだが、また前と同じ場所に乗り込めば会えると思うか?」
「ええと、今度はもう少し穏便な方法でも大丈夫だと思います。……もしかして、ご存じないですか?」
「何をだ?」
「ついこの間、ICOが正式にテネリスさんを――インビジブルをどう扱うか、発表したんですよ」




