62 金欠の吸血鬼は独り言を聞く
翌朝。テネリスは治療院の休憩室で血液製剤を飲みながら、収益化記念配信の余韻に浸っていた。
寄付チャットの総額はまだ確認できていないが、体感でも百万円に届いているという確信はあった。自身が着々と目標の達成に近づいていると思うと、血液製剤が美味で仕方がない。
一方、そんなテネリスに怪訝な目を向けるのは、寝起きのユウジである。
「よう。朝から何をニヤニヤしてるんだ?」
「なに、大したことではない。それより、『すまほ』の件について話をせぬか? アレがないと話が進まないのだ」
「ああ、一緒に見るって話だったな」
ユウジは朝食用のパンを机に置き、お気に入りのマグカップを手に取る。
「俺は構わないが、今日は寝ないのか?」
「夜は『すまほ』がなくて暇だから、寝ておいた。今日は受付も手伝う」
「そうかい」
すっかり「すまほ」中毒者になってしまったテネリスは、暇で仕方がない夜を過ごすくらいなら、いっそ寝たらいいという結論に辿り着いた。この治療院に来てからは生活リズムなどあってないようなものだったが、今回は正真正銘、昼夜逆転ヴァンパイアの誕生である。
「いっそ、スマホ無しのほうが健全な生活が送れるんじゃないのか?」
「夜行性の身としては健全とは言い難いな。一刻も早く『すまほ』を手に入れねばならん」
テネリスが軽口に返しているうちに、ユウジは「のーとぱそこん」を机の上で開き、カタカタと入力する。
「この間スマホの話をしてから、俺の方でも色々考えたんだが……案外、そこまで悩む要素はないかもしれん」
「うん?」
ユウジの言葉にテネリスは首を傾げた。
「お前に渡したのは古い機種だったが、それで困ることはなかっただろ? 今時の機種は全部アレの上位互換みたいなもんだから、気にする意味もないと思わないか?」
「一理あるな。悩む要素は少ないに越したことはない」
「だろ? ぶっちゃけ俺も、一個一個説明するのは面倒なんだ」
「仮にも医者のセリフとは思えんな」
普通ならば少しでも性能の良いものを、と考えるのが筋だろう。だが、「すまほ」の機能の一割も使いこなせていないであろうテネリスにとってはほとんど関係のない話である。それはそれとしてユウジの態度は若干気に食わないが。
「となるとだ。気にするべきポイントは二つ――見た目と耐久性だと思っている」
「なるほど、耐久性か」
確かに、戦闘のたびに「すまほ」が壊れていたらキリがないし、頑丈ならばそれに越したことはないだろう。
納得しているうちに、ユウジが「高耐久スマホ」のカタログを見せてくる。テネリスはそれを一瞥すると、とくに躊躇することもなく一番金額が高いものを指した。
「では、これにしよう」
「十二万!? 俺が使ってるやつの倍近いじゃねえか……」
「アカネという魔法少女が『すまほ』代を弁償してくれるらしいからな。このくらいなら許されるであろう」
「そりゃ結構だが……宝の持ち腐れじゃないか……?」
「聞こえておるぞ?」
テネリスは笑みを浮かべながらユウジの顔を覗き込んだ。多少怖がりでもすればいいものを、ユウジは真顔でテネリスの顔を押し返した。なんともつまらない反応である。
そういえば、どのように弁償してもらうかは考えていなかった。フミに仲介を頼むか、最悪直接取り立てに行けばいいか。
「ちなみに、色はどうする?」
「一番赤いやつだ」
血に似た色のものは、多ければ多いほど良い。それは自明の理である。
新しい「すまほ」が手に入る目途も立ち、テネリスは機嫌よく治療院の手伝いに勤しんでいた。
「――テネリスちゃん、今日はご機嫌そうねぇ」
受付でカルテの整理をしていると、常連の患者の一人である老婆が声を掛けてきた。診察を終えたところで、あとは薬を受け取って帰るだけである。
闇病院とはいえ、露骨に訳ありな患者は一握りで、患者の大半はどこにでも居そうな一般市民だ。無論、患者同士で詮索はしないのが暗黙の了解である――それは、治療院側と患者側でも同様だ。
「ふふ、わかるか?」
テネリスが返すと、老婆が口元を押さえて優雅に笑う。
「いつものテネリスちゃんは、アンドロイドみたいに呼び出しをするでしょ? 今日はなんだか……そうねぇ、孫に呼ばれたみたいな気分だったわ」
「ま、孫か……」
実年齢ではこの老婆より圧倒的に年上な訳だが、孫ときたか。果たしてどう反応したものか、テネリスは複雑な胸中であった。それに、「アンドロイド」とは何だろうか。
テネリスが変な方向に思考を巡らせる傍ら、診察室にいたユウジがコツコツと足音を鳴らしながら歩み寄ってくる。
「――鈴木さん、こちら処方のお薬です。一日一錠、食事の後に服用してください。少しでも違和感があったときにはすぐに連絡を――」
「ええ、ええ。わかっているわ。ユウジ先生も、いつもありがとうね」
「では、私が表まで送ってやろう」
受付としての作法もすっかり慣れたものだ。テネリスは受付カウンターから出て、鈴木と呼ばれた老婆の隣に付き添った。
そんな日常的な光景が繰り広げられていたところに、待合室のテレビからの音声が響く。
「――昨日午前十時ごろ、インビジブルがICOの管理下にある施設へ侵入し、施設内を配信する事件が発生しました。ICOは今回の件について――」
それは、昨日のテネリスの行動について報道する内容であった。時折、配信から抜き出したのであろうテネリスの声も聞こえてくる。
「……このごろ、また物騒な世の中になってきているわよねぇ。一昨日も室蔵市で大変な事件があったでしょう。たまに買い物に行くから、心配だわ」
老婆は深くため息をついて憂うと、テネリス達の方を見る。
「あなたたちも、色々と気をつけるのよ? ユウジ先生はよくトラブルに遭っているでしょう。それにテネリスちゃんだって、美人さんなんだから。夜に一人で出歩いたりしたら、数歩も歩けば攫われちゃうわ」
「その心配は無用ですよ。俺はともかく、コイツは戦車でも勝てないような奴ですから」
「この私をコイツ呼ばわりとは、随分と偉くなったものだな」
あとで無礼な闇医者の膝を小突いてやるのは確定事項として、ひとまずは患者の見送りが優先である。テネリスは老婆を先導し、治療院の出入り口である扉を開いた。
しかし、老婆はテネリスをじっと見てその場を動こうとしない。一体どうしたのかと怪訝に思っていると、老婆が口を開く。
「これはただの独り言なのだけれど……私は、インビジブルを応援しているわ」
「……足元には気を付けて帰るのだぞ」
暗黙の了解に倣い、テネリスは老婆を見送った。




