61 金欠の吸血鬼は収益を得る
生存報告配信をした現場、すなわちICOの施設から無事に離れることができたテネリスは、そのまま少し離れた場所にある公園でフミと落ち合った。配信を終えたテネリスを、フミはほっとした笑みを浮かべながら迎える。
「――テネリスさん、お疲れ様でした!」
「ああ。私の配信はどうだった?」
「見ててとっても緊張しました! それと、流血沙汰にならなくてよかったです」
「……そうか」
施設に乗り込む直前から薄々感じていたが、フミの中でのテネリス像は実際よりもかなり血生臭い方向に補正がかかっていそうだ。次に出かけることがあったときは、理性的なだけでなく、温厚さを重視した振る舞いを心掛けた方がいいのかもしれない。
そんな思考を巡らせている傍ら、フミが「すまほ」を確認しながら口を開く。
「ネットの反応も好意的ですし、テネリスさんのおかげで少し炎上も落ち着きそうです。もしかして、初めからこれを見越していたんですか?」
「いや? 私は私のために動いただけだ」
尊敬の眼差しを向けてくるフミに対し、テネリスは首を振って正直に答えた。「すまほ」の弁償の約束に、ICOへの軽いけん制、そして自分の力が魔法に対して通用するかの検証。テネリスはただ、その三つの目標を達成しただけである。
ただ、その結果としてテネリスの代わりにICOを非難していた勢力が落ち着いたのであれば結構なことだ。これで施設に乗り込んだことも不問にしてほしいものである。
「そうだ、これも返しておこう」
テネリスは背に担いでいた配信用のカメラと三脚を降ろし、フミに差し出した。
「おそらく、壊れてはいないはずだ……」
「ふふっ。もう使ってないものですし、壊れてても大丈夫ですよ!」
フミは笑みを浮かべながら返却物に手を伸ばす。その時、フミの手がテネリスの右手の指先に触れ――ボロリと、砂が崩れるように崩れ落ちた。
「えっ」
地面に落ちて塵と化したテネリスの指だったものが、サラサラと風に流されて消えてゆく。
「む。妙に指先に違和感があると思ったら、灰化しておったのか」
目の前で起こった出来事の理解が追いつかず、石像のように硬直するフミを前に、テネリスは四本指になった右手をひらひらと揺らす。
きっと、アカネとモエギの魔法を両断したときに焦げてしまったのだろう。いくら日光や火に耐性がある真祖といえど、やはりヴァンパイアはヴァンパイアである。
テネリスが紙で指を切ったときのそれと同じくらいの温度感で振舞っている一方、動揺が止まらないのはフミである。彼女はベンチにカメラと三脚を置いて、テネリスの手を掴む。
「ててて、テネリスさんっ! ごめんなさい、そんなつもりは!」
「ん? ああ、これくらいならすぐに治るから問題ない。それこそ壊れてても気にせぬわ」
「私が気にしますっ! 本当に大丈夫なんですかこれ!?」
「ああ。見ておれ」
テネリスが頷く傍ら、失われた指の断面から少しずつ血が浮かび上がり、指の輪郭を形成する。それはしばらく疼いた後、元あった白い指へと姿を変えた。
テネリスは何度か手を握ったり開いたりを繰り返し、フミに微笑みかける。
「ほら、この通りだ」
「うわっ……すごいですね……」
だが、フミの反応は感心よりは引きに近いものであった。
ちなみに、この程度はまだ序の口で、ヴァンパイアとしての弱点さえ突かれなければ、胴と頭が離れてもくっつけることができたりするのだが……その時はいよいよ、フミがテネリスを見る目が、友人ではなく化物に向けるそれに変わってしまいそうだ。
フミとは良好な関係を続けていきたいテネリスとしては、これ以上ドン引きさせるわけにはいかない。安心させるために、テネリスはフミの手を取り、修復された右手の指を握らせる。
「どうだ、ちゃんと繋がっているだろう。触って確かめてみるといい」
「わ、わかりましたっ。ちゃんと繋がってるか、確かめますね……」
さっきまでの反応はどこへやら、フミはどこか真剣に、しかし若干顔を赤らめながらテネリスの手を揉み始めた。見てほしいのは指の方だったのだが……喜んでいるようなのでいいか。
フミによる右手のマッサージを受けながら、テネリスは話を続ける。
「さて、これで今度こそ一件落着だ。そろそろ日も昇って来たことだし、そろそろ帰るとするかの」
「あっ、そうですね。引き留めちゃってごめんなさい! 今日はゆっくり休んでくださいね!」
「ああ。フミも、よい夜を過ごすがよい。新しい『すまほ』が手に入ったら、すぐに会いに行くとしよう」
「わかりました、待ってますね! それと、配信も楽しみにしてます!」
フミの言葉に頷いたテネリスは、日陰を選びながら治療院への帰途についた。
治療院へ戻ったテネリスは、ユウジに顔だけ見せた後、自室のベッドに飛び込んだ。
「ふうぅ……。勢いで行動した割には、うまくやれたほうであろう……」
思いのほか話が大きくなっていたことには驚いたものだが、ICOには程よく恩を売り、人々からの支持も獲得し――なかなか悪くない落としどころに着地できたはずだ。
それに、今回の件が騒がれたのは、テネリスの存在が着実に世に認識されていることの証でもある。この調子でいけば、理想が現実になる日も案外遠くないかもしれない。
となると……鉄は熱いうちに打てという言葉もあることだ。人々がテネリスを――インビジブルを意識している今こそ、配信をすべきなのではないだろうか? 幸い、配信用ドローンがあるので「すまほ」が無くても配信は可能だ。
「……少し休んだら、配信をするか……」
テネリスはベッドに横になったまま冷蔵庫に手を伸ばし、血液製剤を一つ手に取った。真祖のヴァンパイアといえど、時には適切な休息が必要なのである。
「――『すまほ』以外にも配信の手段があって助かったな」
その日の夜、治療院の二階でテネリスは配信用ドローンを起動した。前回掃除をしたおかげである程度綺麗になったので、今回は部屋着のままである。
「……よし、始まったか?」
テネリスが呟くと同時に、配信用ドローンのモニターに表示されたコメント欄に、勢いよく文字が流れ始める。
・待ってました!
・一日二回行動だと!?
・部屋着たすかる
・これはよい夜確定
・今日は何をするんですか?
「今朝の配信で少し話した、収益化とやらをする。巷で言う、収益化記念配信……らしい」
・うおおおお
・きたあああああ!!
・待ってました!
・財布の用意はいいか? 俺はできてる
・あれ? まだ寄付チャットできない?
「聞くところによると、設定が必要なのだったか。少し待っておれ。あー……確か、ここの四角を、こう……」
フミから事前に聞いていた話と勘を頼りに設定を切り替えた。その瞬間、コメント欄に今までは流れなかった、色とりどりのコメントが大量に流れ始める。
・[¥50000]最初の寄付チャットは私が貰います!!!
・[¥120]いちこめ
・[¥300]
・[¥5000]配信たすかる
・[¥11460]いい夜代
・開幕満額寄付チャットすごい
・[¥10000]昨日はかっこよかったよ!!
・[¥1000]
・[¥120]本当に少額ですが…
・[¥41460]よい夜代
・富豪だらけだ
「……よくわからぬが、できておるようだな?」
テネリスはこてりと首を傾げた。正直、何だかカラフルだな、という子供のような感想しか出てこなかった。
・は、反応が薄い
・これ何が起こってるのかあんまりわかってないだろw
・[¥3000]チャットに書いてある金額、全部インビジブルに寄付されてます
「つまり……かなりの金額が集まっているということか」
・そう
・[¥1000]応援してます!!
・金額で色が変わる 一番高いのは一万円以上の赤色
・安い方から青→水色→緑→黄色→オレンジ→赤
「なるほど」
テネリスには最低限の金銭感覚は身についているので、赤色の寄付チャットは中々お目にかかれるものではないというのは理解できた。血の色みたいだからと、深く考えずに「もっと赤色を増やしてくれ」などと口走らなくてよかった。
テネリスが内心安堵している傍ら、ふと気になる赤色の寄付チャットが目に留まった。
・[¥50000]昨日助けて頂いたヘリの操縦士です。今は病院で検査を受けていますが、乗員全員大きな怪我もなく、すぐに仕事に復帰できそうです。この場をお借りして感謝を述べさせてください。助けてくださりありがとうございました。
「操縦士……ああ、あやつか」
テネリスはヘリコプターの操縦席に座っていた男を思い出した。そういえば、取材班の二人と違って、彼はかなりギリギリのところで救出したのだったか。あの時は余計なことをしてくれたと思ったものだが、わざわざ礼を伝えに来るとは随分と律儀なことだ。
「まったく。いつでも誰かが助けられる状況ではないのだからな。今後は身の程を知って、安全第一で動くことだ。私が救ってやった命、無駄にするでないぞ」
・[¥500]身の程を知れ代
・人外しか言わないワードチョイス
・実際インビジブル以外で助けられる人いなかっただろうしね
・それはそうと、あんな危険運転かましておいて仕事に復帰できるのか?
・しこたま怒られているとは思う まあ、無事復帰できることを祈る…
「ともあれ、改めて皆に感謝する。必ず私の姿が映るカメラを買ってやろうぞ!」
・マジで楽しみにしてる
・ちなみにいくらなんだっけ
「……確か、九百万ぐらい、だったか?」
・たっっっっか
・草
・[¥900]ここの視聴者全員が900円出せば届く!!!
・確かに一万人近く見てるけどもw
・[¥900]
・[¥900]その作戦乗ったぜ!
「別に、無理して寄付をしなくともよいのだぞ」
テネリスの最終目標は血を得られる環境を得ることであって、金を稼ぐことではない。もちろんあって困ることはないが、無くても問題にはならない。
だが、テネリスの望みを叶えようとコメント欄で盛り上がる視聴者を見ていると、自然と頬が綻んだ。




