59 金欠の吸血鬼は友を励ます
「――既読、ついてない……」
朝の六時三十分。昨日の室蔵市での戦いから一夜明け、目が覚めた私は、真っ先にスマホを手に取り、テネリスさんとのレインのメッセージを確認しました。
テネリスさんは夜型なので、大抵夜明けにはお返事をくれる方です。だからこそ、今日起きたら昨日のことなど何もなかったかのように、「無事だ」と一言返してくれるかもしれないと、そんな淡い期待を抱いていました。
しかし、今もなお、私が送ったメッセージには既読の文字すらついていません。カチカチと音を鳴らす秒針が、暗い部屋の中に響きます。
「……テネリスさん……」
脳裏に浮かぶのは、昨日の出来事の数々。
私の魔法に触れて火傷を負ったテネリスさんの姿。街中を照らす大きな光――アカネちゃんが放った、渾身の魔法。テネリスさんが配信をしていたと知って、行方を掴めないかと確認したアーカイブ――その最後の数秒、もはや何が起こったのかもわからない映像。
そのすべてが、テネリスさんの身に大変なことが起こったことを想像させるには十分でした。
魔物が現れるようになった現代は、誰もが常に死と隣り合わせ。それはバンパイアであるテネリスさんも例外ではないというのに……魔物の対処法が確立したことで、魔法少女である私ですら、そんな当然のことを忘れていたのです。
しかも今回の事件は、魔法が原因ということもあり、ICOへの問い合わせや中傷が絶えないそうです。とくにアカネちゃんとモエギちゃんに対してはすごいらしく――私も二人には思うところはありましたが、それを口にする必要はないと思ってしまいました。
それに、現場にいた私も取材陣に捕まりかけましたが、ICOの職員さんたちのおかげで何とか帰ってくることはできました。でも、また外に出れば同じことが起こると思うと……とても、怖いです。
「私はこれから、どうしたら……」
魔法少女がいなければ、この国が、世界がメチャクチャになってしまいます。だからこそ、ずっとこうして部屋に閉じこもっているわけにはいきません。テネリスさんが生きていると信じて、いつも通りの生活を送るべきなのです。
でも、そう頭では分かっていても、気持ちの整理はまだできていません。
ベッドから起き上がれない私は、逆に毛布を被って、昨日のことをぐるぐると思い返し、また気分が沈んで……それを繰り返しているうちに、段々と自分にすら怒りが湧いてきました。
「あの場にいた私なら、もっとできることがあったはずなのに」
「――そうか? フミは自分にできることを十分にやっていただろう」
私の考えを、ここにいないはずのテネリスさんが否定します。これはきっと、私にとって都合の良い幻聴でしかありません。
「テネリスさんが一緒に来ると言ったとき、ちゃんと断ればよかったです」
「そうしたところで、私は後から勝手に向かっていたと思うが」
「じゃあ、あの日にテネリスさんを誘わなければよかったんですね」
「それは結果論だ。過去を悔やむのは、ほどほどにしておいた方がよいぞ」
私の呟きを、幻聴が次々と否定します。まるで、私を無理やり慰めようとしているように。
「……さっきから、うるさいです。勝手にテネリスさんの声で喋らないでください」
「なっ……なら、どうすればよいのだ?」
「喋らないでって、言ってるじゃないですかっ!!」
私は毛布を足で蹴り飛ばし、八つ当たりのように枕を掴んで、乱暴に放り投げました。
その枕は放物線を描き、茫然と佇む一人の少女の顔面に激突し、落下しました。秒針がカチカチと鳴る音が響く中、私たちはしばらく見つめ合います。
この紅く、暗い部屋の中でも輝く瞳に、長く綺麗な銀の髪――。
「えっ? て、テネリスさん……?」
「う、うむ。私だ」
私がその名前を口にすると、テネリスさんは気まずそうに一歩後ずさります。
「その様子だと、どうやらタイミングが悪かったようだな。私も朝は機嫌が悪くなることはあるから、気持ちはわかる。また後で出直――」
「ままま、待ってくださいっ!」
私は転がり落ちるようにベッドから降りて、急いで立ち去ろうとしているテネリスさんの手を掴みました。そして、これが現実であることを確かめるように、何度も揉んでみます。ひんやりとしていて、柔らかいです。
「本物の、テネリスさんですか? 生きてる……?」
「うむ、いかにも私は真祖の――」
「テネリスさんっ!!」
気が付くと、私の身体はテネリスさんの胸に飛び込んでいました。子供のように泣きじゃくる私を、しばらくテネリスさんは何も言わずに宥めてくれていました。
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フミは数分に渡り、テネリスの胸の中で泣いていた。「テネリスの声で喋るな」と言われた時はどうしようかと思ったものだが、テネリスは自分の声で話して問題ないようだ。
「――すみません、みっともない姿をお見せしました。本当に、色んな意味で……」
「いや、構わぬ。状況を知ってすぐに来たが、ここまで心配させてしまったとは」
「本当です。レインの返信もないし、配信も酷い終わり方で! 本っ当に心配したんですからね!」
フミは頬を膨らませて返した。少し前、テネリスの顔面に枕を投げてきたときとは違い、その裏には安堵が感じられた。
「ところで……あの、どうやって入って来たんですか? 鍵、かけてたと思うんですけど」
「ふふ。この真祖にかかれば、鍵などただの飾りも同然――」
フミの冷めた視線がテネリスへと向けられる。
「……インターホンを押しても応答が無かったから、仕方なくだ。断じて、普段からこんなことはしておらぬぞ」
「そうですか。まあ、テネリスさんなら別に、いいですけど」
フミは顔を赤らめながら、もぞもぞと呟いた。真祖にかかれば、小窓の一つでもあれば家に入る程度は造作もない。ちなみに、傍から見たときの絵面はとても見せられたものではないし、本当に普段からこんなことはするべきでない。
「それは置いておくとして。私の『すまほ』は壊れてしまって、しばらくメッセージは見られそうにないのだ」
「えっ、そうだったんですか。……あ、もしかして配信の終わりと関係ありますか?」
フミが大型の「すまほ」で動画を見せてくる。
そこに映し出されたのは、テネリスが絶叫した直後、画面が真っ白になったと同時に映像が乱れ、終了するまでの一連の流れであった。
「ふむ。確かにこれが原因のようだが……これは確かに、十分に誤解を生むな……」
まさに、フミの言うところの「酷い終わり方」の極致である。これを見るとなおのこと、少しでも早く自身の生存を知らせねばならない。
「取り急ぎ、これから配信で私の生存を知らせるとしよう。すまないが、フミも手伝ってくれぬか」
「……! はい、何でもしますよ!」
「感謝する」
テネリスの言葉に、フミはぱっと笑みを浮かべて頷いた。フミからの協力も取り付けたので、あとはここに来るまでに構想した計画を実行に移すだけだ。
「ではまず、配信用の道具を借りてもよいか? 我が映らないもので構わぬ」
「はい、大丈夫です。別室に昔使っていたのがあるので、あとで持ってきますね!」
「うむ。それと、私に魔法を撃った魔法少女の名前を聞いてもよいか?」
「……! は、はい。アカネちゃんと、モエギちゃんです」
テネリスの言葉にフミが表情を強張らせる。仮にもテネリスに攻撃した者の名前を挙げるのは躊躇われるのだろう。
「その……魔法少女に怒ってますか?」
「いや? あの魔法には少しヒヤッとさせられたが、その程度だ。怒るというほどではない。それと、今回のことでフミが何か責任を感じる必要もない。私がこう言ったのだから、この話はこれで終わりだ」
「……すみません」
フミの表情からして色々と考えている様子だったので、テネリスは先回りして釘を刺しておくことにした。責任感が強いのはフミらしいが、抱える必要のない責任まで抱え込む必要はないし、それで自身が追い詰められるなどもってのほかである。
「わかったならよい。では――」
テネリスはフミに微笑みかける。
「――今すぐ、その二人がいる場所を教えよ」
「……あの、本当に怒ってないんですよね……?」
フミの表情が、また強張った。




