53 金欠の吸血鬼は取材班を助ける
ヘリコプターのプロペラが止まり、少しずつ回転の勢いを増しながら落下していく。この様子だと、あと十秒も経ったら、彼らは魔物の頭上辺りに真っ逆さまであろう。その事実は、テネリスにちょっかいをかけてきた取材班もよく理解しているようだ。
「うわぁぁぁ!?」
「まったく。手のかかる奴らだな」
テネリスはぶら下がっていた糸から手を離して翼を広げ、プロペラに触れないよう注意しながら客室部分に接近した。半ば錯乱気味の取材班がテネリスに向けた目は、まるで神の遣いでも見たかのようであった。
「い、インビジブルッ!? お、お願いします、たすけ――」
「わかったから黙っておれ!」
「うわっ!?」
テネリスは取材班のレポーターとカメラマンを客室から引っ張り出し、血操術製の糸で縛り上げた。こうしてみるとまるで蜘蛛にでもなったような気分である。そもそも、元ネタからしてそれで間違いはないのだが。
用事も済ませたので退避しようとしたテネリスだったが、直後、操縦席の窓が何度も叩かれていることに気が付いた。それはヘリコプターの操縦士であった。
「む、もう一人いたのか」
見たところ、扉が開かないのか、開けられないのか……何にせよ、彼もまたテネリスに助けを求めていることは確かだろう。
視線を下に向けると、魔物の腕がヘリコプターに向けて伸びてきている。陽動していた魔法少女も頑張っているようだが、注意を惹くにも限度があるようだ。
となると、操縦士を救うのに使える時間は残りあとわずか、しかもテネリスの片腕はすでに埋まっている。この状態でテネリスにできることは数えるほどしかないだろう――それこそ、殴るとか。
「ふんっ!」
テネリスはヘリコプターの窓を叩き割り、座席から操縦士を引っこ抜いた。理性だ何だと主張してきたテネリスだが、時には力で解決するのが最も理性的な選択になる場合もある。
そして間もなく、魔物の腕が届く位置まで降下したヘリコプターは、魔物の手に捕まり、紙くずのように握りつぶされて爆発した。爆風がテネリスの長い髪をかき乱し、火の粉がテネリスの体を掠める。
「間一髪だったな。私がいなかったらどうなっていたことか」
恐怖で気絶でもしているのだろう。両腕に抱えた三人のうち、誰一人としてテネリスのぼやきに応える者は居なかった。しかし、また空気も読まずにあれこれ騒ぎ立てられるよりは余程いい。
テネリスは三人の取材班を引っ提げて、避難を先導していたフミのもとへ飛んでいった。避難民からの視線を集めつつ、テネリスはフミに向けて声をかける。
「フ……白いの。追加の逃げ遅れだ。一緒に連れて行ってくれぬか」
「インビジブルさん……わかりました!」
つい名前を呼びかけたが、今のテネリスはインビジブルである。それがいきなり名前呼びなどしては、どんな邪推が飛んでくるか想像できたものではない。その意を汲んでか、フミもしっかり合わせてくれているようだ。
取材班を地面に降ろし、糸を解いてやる。救出時には気づかなかったが、彼らの体の所々には打撲や擦り傷の痕跡があった。
テネリスの視線は自然と、その紅く魅惑的な液体へと吸い込まれていくが……ちょっと喉が渇いたなとは思ったが、それだけだ。一体何の問題があろうか。
「怪我もしているみたいですし、今、楽にしてあげますね!……『ヒーリング・パーチ』!」
フミの魔法が発動されると、半透明の小さな木が目の前に出現した。木の先端についた薄緑色の葉が舞い上がり、取材班の体を包み込んでいく。その葉が体に触れると溶けるように消え、あっという間に傷口が塞がった。
「これは凄いな。医者いらずではないか?」
雇い主たるユウジの仕事を奪いかねない光景に、テネリスは思わず尋ねた。しかし魔法も万能ではないのだろう、フミは首を横に振る。
「傷は塞げますが、痛み止めみたいなものですから。後で、ちゃんとお医者さんに診てもらわないとダメです」
「なるほどの。まあ、そうでないと病院の意義もなくなってしまうな」
テネリスは頷きながら、目の前でふわりと舞っていた葉の一枚に手を伸ばした。
現実には存在しえない、幻想的な葉がテネリスの手のひらにそっと触れると――ジュッと音を立てて手から煙が上がる。
「――あ゛っっづいのぅ!!!!」
わずかに遅れて自身の身に何が起こっているか理解したテネリスは、全力で葉を地面に叩きつけた。
「テネッ……大丈夫ですか!?」
「あ……ああ。少し驚いただけだからの、気にすることはない。それより、私は向こうに戻らねばならないな。では、さらばだ」
テネリスは、慌てて駆け寄ってくるフミに平静を装って返すと、周囲の野次馬に目もくれず、逃げるように飛び去った。
テネリスは室蔵市の上空を飛びつつ、自身の手のひらを眺める。
「今のは、私の問題なのだろうな」
ヴァンパイアはアンデッド――そんな存在に治癒魔法を使えば、何かしら不都合が起こるのは必然と言えよう。
手の火傷はすでに完治している。だが、日光などにそれなりの耐性がある真祖の体に対し、確かなダメージを与えたのは紛れもない事実だ。
祥雲ユキの吹雪魔法も大概だったが、今回はそれの比ではない。それこそ、あの葉が怪我人でなくテネリスを包み込んだら、この世界におけるヴァンパイアの歴史に終止符が打たれることになるだろう。
となると怖いのは、魔法少女と敵対すること以上に、「よかれと思って」治癒系の魔法が使われた時か。向こうに敵意がない分、いっそう質が悪い。今、このタイミングでこの事実を知ることができたのは不幸中の幸いであった。
「それで、向こうはどうなっておるか」
テネリスの視線の先では、相変わらず魔物と魔法少女が戦っている。
ただ、避難誘導が進んだおかげか、魔法少女と魔物の戦闘は本格化しているようだ。ピンクや水色の光線が空を照らし、街路樹や電柱が振り回され宙を舞う……一言で言うなら、混沌である。
「ふーむ。これは酷い」
それこそ魔物が現れ始めた直後の時期は、国内各地にこんな地獄が生まれていたのだろう。世間がそんなことになっていたとも知らず、一人孤独に山で人間を待ち焦がれていたと考えると、実に情けない話だ。
「これ以上辺りを破壊させるわけにもいかぬし、さっさと解決するとするか」
テネリスは取材班を縛っていた糸を再加工して槍に変形させながら、辺りにあるどのビルよりも高い場所まで飛翔し、重力に身を任せて魔物の本体、中心部に向けて真っすぐ降下した。
自身の顔に当たる風を感じながら、ふと、いつぞやの鳥型の魔物みたいなことをしているな、と思った。あの時のテネリスは、受け止めて握りつぶしたり、板で受けとめて踏みつぶしたのだったか。
「……いや、まさかな」
小指ほどの大きさになっていた魔物は、テネリスの高度が下がるにつれてどんどん大きくなっていく。
注意は常に正面で戦っている魔法少女の側に向いていて、上空を警戒している様子はどこにもない――はずだったが、あと少しの距離になったところで、テネリスの視界が巨大な手で埋め尽くされた。
「ッ!」
テネリスが構えていた槍が深く魔物の手に突き刺さり、青黒い液体が吹きあがる。
「『魔痕』か」
経験則からしてこのままだと握りつぶされると踏んだテネリスは、深く刺さった槍を手放して退避した。それなりに強靭に作ったはずの槍は、腕の中でゴリゴリと鈍い音を響かせる。
どうにも、この腕だらけの化物は全方位の状況を察知できる力を持っているようだ……目など、どこにもないというのに。
「だが、私から一本取ったと思っているのなら、それは間違いだぞ?」
血操術は、テネリス自身の血を操る力――習熟すれば、多少なら遠隔でも操ることができる。つまり、槍をもう一度溶かして手繰り寄せれば、新しく血を消費せずに済むというわけだ。
「さて……今回は、少し捻りが必要なようだな」
テネリスは自身の手に血を纏わせつつ、再び魔物を見据えた。




