52 金欠の吸血鬼は空から見下ろす
テネリスが再びフミの方を見ると、彼女はいつぞやに見た、過剰にフリルがついた純白の衣装に身を包んでいた。
「すみません。その、別に見られて困ることはないんですけど。家族や友人には見られたくないなっていう、私の勝手な事情なので……」
「わかっておる、そう気にせんでよい」
テネリスはただ穏やかに頷いて返した。フミも年頃の乙女だし、そういうこともあるだろう。真祖として、その手の心情には理解があるのだ。
そんなテネリスの心遣いが伝わったのか、フミはぎこちない動きで手を左右に振ってみせる。
「で、では、私は先に行きますね! テネリスさんも、色々と気を付けてください!」
「ああ、フミもな」
テネリスは、屋上から降りて現場に飛んでいくフミを見送った。まるで天使のような姿は、ヴァンパイアたるテネリスとはまるで対照的である。
「さて、こっちも準備をせねばな」
テネリスは着ている服を血操術で改造し、全身を覆う形のローブに造り替えた。そして軽くその場で全身を動かして問題ないことを確かめたら、フェンスの上に立って、びゅうと吹く風を全身で受ける。
魔物と魔法少女は随分と激しくやりあっているようで、こうしている間にも何度も爆発するような音が鳴り響いている。
「ここまで派手なら、配信もできたらよかったのだが――いや、いっそそうするか」
普段の配信のように視聴者に構う時間はないだろう。
だが、以前のショッピングモールの時のように、想像で世間からああだこうだと騒がれることに対する抑止力にはなるはずだ。幸い、今の世間には一定数、テネリスを――インビジブルを支持してくれる者がいるのだから。
別に犯罪や非難を受ける行為をするわけでもないし、物は試し、一度試す価値はあるだろう。
そうと決まればと、テネリスはフェンスの上でバランスを取りながら「すまほ」の配信アプリを起動し、配信を開始した。
「――見えておるか? 私は今、室蔵市に居る。見ての通り、魔物が何やら騒いでおるようでな」
・急に配信始まった!
・相変わらずのゲリラスタイル
・室蔵市って今ニュースになってるやつ?
・中継ヘリも飛んでるよ
・最近その辺物騒過ぎな
・今室蔵市に行けばインビジブルと会えるってこと!?
「馬鹿なことを言って仕事を増やすでない。私はあくまでも魔法少女の手伝いをしてやるに過ぎぬ。ついでに、前のように世間が私を非難しないよう、証人となってもらうぞ」
・まかせろー!
・かしこい
・その辺まだ避難できてない人いるみたいだよ
・この手の事件に居合わせすぎじゃない? ちょっと怪しい
・犯人は現場に残ってくる的な?
・で、でたーwww陰謀論奴ーwwww
・探偵とか向いてそう
「まったく貴様ら、喧嘩はするでないぞ。私は理性のない奴は好かんからの」
・つまりインビジブルは俺のことが好きってこと?
・黙れ
・は?
・みんなでこいつ通報しようぜ
・理性足りてなさそう
・早速喧嘩が始まったみたいですが……
・ある意味団結なのでは
「仲が良いようで何より……この辺でお喋りは終いにするぞ」
今は状況が状況だ。「すまほ」を胸ポケットにしまい、落下しないよう固定した。カメラの部分は見えるように調整したはずなので、問題はない……はずだ。
「さて、すでに幾らか出遅れておるからの、急ぎで向かうとしよう。ちょうど試したいこともあるのだ」
テネリスの視界の前には、お誂え向きに高層なビルがいくつか立っている。前のめりに屋上から飛び降りたテネリスは、手首から血操術で編み出した糸を前方の建物に向けて放った。
狙ったところに着弾したら、先端部だけ粘度を強め、それを起点に振り子のような軌道で体を揺らし、前方へと飛んでいく――「スパイダーウーマン」の映画で見た、ワイヤーアクションの真似である。
「案外うまくいくものだな!」
テネリスはビルの間を縫うように飛びながら、興奮して声を上げた。ヴァンパイアは自前の翼を持っているし、それだけで事足りる部分もあるが――そう、これはロマンである。
そうしてある程度進んだところで、下に魔物と魔法少女が対峙している現場が見えてきた。テネリスは適当なところにぶら下がったまま、彼らを観察する。
「……なるほど、前とはまた様子が違うようだ」
今回の魔物――フミの話を踏まえると恐らく元人間の魔物は、異様に発達して巨大化した腕を八本ほど持っている個体であった。身近なところで例えるなら、巨大な蜘蛛、もしくはカニといったところか。
中央には本体と思しき体も見えるが、首はくたっと力なく倒れ、巨大な腕のおかげで役目を失った足は虚しく振り回されているばかりである。
「本体を潰せば何とかなるものか?」
あるいは、本体からすべての腕を引っこ抜いてやるとか……いや、何が起こるかわからないのが魔物だ。独立して動き始めたら、それこそ悪夢と言う他ない。
さて一方、対応にあたっているのは二人の魔法少女――しかし、そこにフミの姿はない。
それに、魔法少女が放つ攻撃は全体的に小粒で、すべて魔物の大きな腕に弾かれてしまっている。少なくとも、これで魔物が倒せるとは思えないが。
「あやつはどこに行ったのだ?」
この状況を打破するべく、フミが援護のために呼ばれたのではなかったか――訝しみつつ辺りを見回してみると、四軒分ほど離れた場所に一人、宙に浮いている白い少女の姿が目に留まった。その下には、避難している民間人たちの姿が見える。
「……なるほど、陽動か。そういえばさっき、コメントで避難がどうと言っている奴がおったな」
となると、戦闘に干渉するのは少し様子を見た方がよさそうだ。それこそ、テネリスが刺激したせいで避難行動に影響が出たなどと思われては堪ったものではない。
故に、しばらく糸にぶら下がって下の動向を観察していると、突如、ブロロとけたたましい音を立てながら、テネリスの傍に高度を合わせて接近してくる物体があった。
それは映画で見たことがある乗り物――ヘリコプターであった。
側面のドアが開くと、巨大なカメラがこちらを映し、その隣では別の人間が何やら喚きたてている。
「――こちらは日本報道テレビです! あなたはインビジブルで間違いありませんか!?」
「何だ貴様ら?」
「プロペラの音で聞こえません!!!」
「はぁ?」
勝手に近づいてきて、勝手に声をかけて来て、挙句、聞こえないと文句をつけてくる――一体何がしたいのだろうか。理解しがたい相手を前に、テネリスの口からは自然と不機嫌さが零れ出てしまった。
どうにも言葉は伝わらないようだし、そうでなくとも面倒そうだ。仕方がないので、テネリスは手でしっしと追い払う手振りを見せた。
しかし、それでもなお向こうは退くつもりがないのか、テネリスの傍で延々とプロペラ音を響かせ続ける。この手の輩には多少強めに出てやらないとわからないのだろう。
「貴様ら、下には魔物が居るのだぞ! こんな場所でとどまっていたら――ッ!?」
テネリスが言い切るよりも先に、地上から飛んできた自動車がヘリコプターに直撃した。
「……はあ。そらそうなるに決まっておろうに……」
目の前で煙を上げ、姿勢を崩しながらゆっくりと降下していくヘリコプターを見ながら、テネリスは嘆いた。




