51 金欠の吸血鬼は魔法少女を運ぶ
「す、すみませんっ! 少し待っててくださいっ!」
フミは「すまほ」を手に取ると、慌てた様子で店の外に出て行った。彼女が戻ってきたのはおよそ二分後――テネリスが皿に残ったストロベリージャムをスプーンでかき集めて、口に含もうとしたタイミングだった。
「すみません、テネリスさん……残念ですが、今日は解散させてください」
「これまた随分と急だな。一体どうしたのだ?」
「以前、ショッピングモールに魔物が出たことがありましたよね。あれと似た事件が起こったみたいで、私も向かわないといけなくなってしまいました」
フミはテーブルの空いた皿やコップを隅に寄せ、荷物をまとめながら答える。
「なんだ、他の魔法少女だけでは足りぬのか」
「ICOから直接電話が来るくらいなので、足りないんだと思います」
「そうか……」
相槌を返したテネリスは、スプーンに掬っていたジャムを口の中に放り、笑みを浮かべた。
「ならば、私も同行しよう」
「えっ?」
普通の魔物討伐は魔法少女が一手に担っている以上、こういったイレギュラーには積極的に介入したいところだ。しかも、最近は映画を見たことで、正義の何たるかに対する理解もいくらか深まっている。ならば、こんな絶好のチャンスを逃す手はない。
だが、そんなテネリスの提案に対し、フミはあまり乗り気でない様子であった。
「そ、そんなことをしたら、私達の関係がバレちゃいますよ?」
「いや、そんなことはあるまい。究極、一緒にいる場所が目撃されなければよいだけの話だからの。私達は確かにこの場で解散し、偶然にも現地で合流する――それならば、なにも問題あるまい?」
「だ、だいぶ無理やりですけど……まあ、それなら……?」
フミが折れかけたとみたテネリスは、もう一押ししてみることにした。
「ああそれと、折角だ。フミを現場の近くまで運んでやろう」
「建前がどこかに飛んで行っちゃいましたけど」
どうやら余計な一押しだったようである。こうなっては勢いで通すのが最も理性的な判断と言わざるを得ないだろう。
「とにかく、早い方がよいのだろう? ほれ、そうと決まれば迷っている場合ではなかろう!」
「え、えぇ!? あっ、待ってください! お会計はちゃんとしないと――」
テネリスは半ば強引に話をまとめることに成功し、共に事件現場へと向かうこととなった。
喫茶店をあとにした二人は、周囲からの視界が少ない路地裏へと入る。
「それで、現場はどこなのだ?」
「ええと、私達がいる白城市の隣、室蔵市の北西部です」
「室蔵市――ここから二十キロ行かないくらいの距離か? 緊急で呼ばれるにしては、かなり距離があるな」
フミが指し示した地図アプリの画面に、テネリスは顔を顰めた。
ICOは些か魔法少女使いが荒い組織のようだし、テネリスが運んでやらねば、一体どれだけの時間を移動に費やすことになるのやら。あるいは、フミが魔法少女の時は飛行できることを加味しての采配なのかもしれないが……それでも大概である。
「では、早速行くとするか」
「えっ!? も、もうですか?」
「何か問題があるのか? ああ、地図ならもう頭に入っておるから、安心してよいぞ」
回収屋稼業のおかげで地図にも慣れたし、比較的近場な今回は、大まかな方角さえわかれば後はどうとでもなる。そういった意味で心配しているのかと思ったが、フミは何やら顔を赤らめながら身構えている。
「いや、そ、そうじゃなくて。心の準備が――」
「心の準備? 大丈夫だ、前の配信のような高所を飛んだりはせぬし、あっという間に着くからの」
「そ、そうじゃないんですけど――わあっ!?」
このままでは埒が明かないと見たテネリスは、有無を言わさずにフミを両腕で抱え上げ、黒い翼を背に、上空へと飛び上がった。
魔法少女とはいえ生身の人間を抱えての移動なので、風が当たりにくいよう気を配りつつ、いつもより若干遅めの速度で空を飛ぶよう注意せねばならない。
「フミ、大丈夫か?」
「ひゃ、ひゃぃ……」
密着したフミの体はわかりやすくガチガチになっており、顔も真っ赤になってしまっている。
心の準備と言うくらいだし、もしかしたら高所が怖いのかもしれない。ここは一つ、何か話でもして気を紛らわせてやるのが良さそうだ。それならばちょうど一つ、お誂え向きのものがある。
「フミ、一つ聞きたいことがあるのだが」
「にゃ、なんですか?」
「電話とは何だ?」
「えっ」
テネリスの言葉に、先ほどまでとは違った意味でフミの表情が固まった。
「さっき、『ICOから直接電話が来た』と言っていただろう。だが、私の知る電話はもっと大きく、複雑な装置だ。だから、映画と同じように、私が知るそれとは大きく異なっているのではないかと踏んでおるのだ」
「……スマホって携帯電話の一種なんですけど、わかりますか? ……もしかして、通話をしたことがないんですか……!?」
「通話? 何を言っているのかサッパリだ。そもそも、電話は固定されているものではないのか?」
「そんなの、もう滅多にないと思いますけど……」
こうして、空を飛んでいる間の数分間、テネリスはフミから現代の電話について詳しく教わることになるのだった。
室蔵市に着くと、遠くからでも見えるほどの煙が上がっている場所が見つかった。そこが今回の事件現場だというのは疑うまでもなかったので、近場のビルの屋上に降り立って観察する。
破壊された道路に、傾いた電柱。建物にめり込んだ車が勢いよく炎上している様子も見える。
「ふむ。なかなか酷いことになっておるようだな」
「ショッピングモールの時も、私がいなかったらこんな風になっていたのかもしれませんね……」
フミが屋上の柵に手をかけ、神妙な表情で呟いた。
なるほど、初動対応の差がここまで被害の差を生んだようだ。今でこそ出待ちで即刻処分されている魔物も、放置していたらこんな風に甚大な被害を生むに違いない。
「では、そろそろ別れるとするか」
「そうですね。わざわざ運んでもらって、ありがとうございました」
「構わぬ。もののついで、普段よくしてもらっている礼とでも思ってくれればよい」
律儀に礼を告げるフミにテネリスが返すと、フミが荷物の中から見覚えのある白い杖を取り出す。
「それはフミの杖か」
「はい。これで変身して戦うんです」
「変身……それもICOから渡されるのか? 私が触れたらどうなるのだ?」
「えーっと。少し長い話になりそうなので、また今度でもいいですか?」
「うむ。確かに、今でなくともよい話だな」
苦笑するフミを前に、テネリスは居住まいを正した。魔法少女のことは知っておくに越したことはないが、今は状況が状況だ。杖のことは、事態が落ち着いてからでも問題ないだろう。
テネリスは一歩下がり、しばらくフミと視線を交わし合う。後方から爆発音が響く中、しばし謎の間が二人の間に生まれる。
「……で、変身、せんのか?」
「その……。じっと見られるのはちょっと恥ずかしいので、あまり見ないでもらってもいいですか……?」
「……そうか。すまなかったの」
もじもじと身をよじるフミの言葉に、テネリスは一言謝ってから背を向けた。その後すぐに聞こえた、フミのふにゃふにゃとした「へ、へんしぃん」という声は、聞かなかったことにした。




