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善き吸血鬼は血を求める  作者: 岬 葉


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50 金欠の吸血鬼は喫茶を嗜む

 治療院に襲撃者があった日から一週間が経ち、テネリスはフミと共に、市内の喫茶店に出かけていた。


 曰く、友人に教えてもらった店で、真っ赤なソースがかかったケーキが美味しいのだとか。赤ければ何でもいいと思われていそうだが、ともあれ、折角なので足を運んでみることにしたのである。


 さて、今回の喫茶店は、喧騒に包まれていたショッピングモールのカフェとは違い、全体的にアンティークで、店中にコーヒーの香りが充満している。まさに、ゆったりとした時間を過ごすための空間と言えよう。


「良い店だな。最近は用心棒として警戒する必要があっての、外に出るのも久々なのだ」


「そ、そうなんですか」


 ユウジの護衛のためにずっと治療院に滞在しているテネリスだったが、結局あれ以来何かが起こることはなかった。それこそ、治療院周辺に怪しい人影が……なんてことすらもなかった。


 なので、ここ最近の生活は、テネリスの日常から回収屋稼業を抜いただけ――時々「こんびに」に買い出しに行きつつ、自室で寝転がりながら、マンガを読むなり、動画を見るなりするだけの日々が続いたというわけだ。


 そうなれば、少し警戒を緩めてもいいだろうという流れにもなる。だからこそ、テネリスはこうしてフミと会えているのだ。


 だが、そんな実態をフミが知る訳もなく。きっと彼女の中では、もっと緊張感のある日々が想起されていることだろう。


「用心棒のお仕事って、やっぱり怖い人とかもいるんですか?」


「どうだろうな。私が怖いと思うようなのは居らぬが、雇い主からすればそうとも限らぬ」


「確かに、テネリスさんが何かを怖がる場面って想像できませんね」


 フミはくすりと笑いながら、手元のカフェモカにスプーンを入れて混ぜる。


「私にだって怖いものはあるぞ。恐慌に陥って、とんでもない動きを始めた群衆とかな。何をするか、わかったものではない」


「うーん、怖さの方向性が違う気がします……」


 言わずもがな、魔女狩りが顕著な例である。テネリスはフミの動作に倣い、手元のコーヒーに匙を入れて混ぜる。何も入れていないが、なんとなく。


「……そういえば、暇な時間を使ってフミの動画を見たのだ」


「本当ですか!? ど、どうでしたか……?」


 テネリスの言葉に、フミはどこか期待に目を輝かせながら、そわそわと続きを待っていた。


「面白かった。魔法少女を応援する者の気持ちが分かった気がする」


 実を言うと、配信の内容自体は、他の魔法少女と変わらない部分も多い。


 しかし、見ている対象が見ず知らずの少女ではなく友人となったことで、「観察」が「視聴」に変わったとでも言おうか、内容を純粋に楽しむことができるようになったのである。


「ただ、配信に居合わせるのは中々難しいやもしれん。四六時中『すまほ』を見ているわけにもいかんしな」


「あぁー……テネリスさん、SNSってやってないですよね? Witterって言われて、ピンときますか?」


「知らぬ。何だそれは?」


 テネリスは腕を組み、首をかしげた。


「ええっと。大きなチャットツールみたいな、全世界向けにメッセージを発信できるサービスです。こういう感じです!」


 フミが身を乗り出し、テネリスの前に「すまほ」を掲げる。その画面には、フミが明日の六時に配信をするという宣言や、よくわからないマークと数字が並んでいた。


「……よくわからんが、便利なのか?」


「ここにスケジュールを載せたり、配信する直前に連絡したりできるんです。正しく使えば便利ですよ!」


「ふむ……まあ、気が向いたら使ってみよう」


 とは言いつつも、複雑すぎてわからなさそうだ、というのがテネリスの所感であった。フミにメッセージを送るのですら苦労しているのに、全世界を相手にそんなことをする気力はない。ましてや、「正しく使えば」などという条件付きならばもってのほかだ。


「それなら……毎回配信直前にレインを送るのはちょっと鬱陶しいでしょうし、配信の最後に、次の予定を言うようにしたりしてみます」


「ああ、それならば配信に合わせて行動することもできそうだ。感謝する」


 テネリスはコーヒーを一口飲む。独特な苦みが口の中に広がるが、これはこれで悪くない。


「ところで、フミ以外にもう一人、祥雲ユキの配信も確認したのだが……」


「ユキ先輩ですか。どうでしたか?」


「何というか……異質ではないか?」


 ユキのチャンネルは、配信日の日付に「討伐任務」の文字を添えただけの無骨なタイトルが並ぶ、とても人間味が感じられないものになっていた。


 その内容も当然、視聴者のことは一切意識されていない。いつの配信を確認しても、ただ淡々と、圧倒的な火力で魔物を粉砕するだけの映像が続くのである。あまりに機械的で手慣れた様子は、魔法少女というか、魔物殺戮少女と言った方が適切だとすら思えるほどである。


 テネリスが抱いた感想は正しいのだろう、フミは苦笑して頷く。


「ユキ先輩は配信に興味がない人ですからね。悪い人じゃないんですけど」


「そうだな。正しいのは向こうで、私は悪だからな」


「あっ、そういう意味で言ったんじゃないんですよ!?」


「ふふ、冗談だ。わかっておる」


 テネリスが笑うと、フミは恥じらいを隠すようにカップに手を付けた。


「ユキ先輩は、実家を魔物災害で失って、その時に魔法を使えるようになったんです。だから、同じことが繰り返されないように魔物を倒して、皆を助けたいと……それ以外のことは、興味がないみたいです」


「ふむ、ある種の復讐心のようなものか。それは有名な話なのか」


「そうですね。デビュー時から公言してたみたいですし」


 なるほど、だからユキは、テネリスに魔法を使うことに一切の躊躇いが無かったのだろう。


 つまり、もし次に遭遇することがあったら、魔物でないことをいかに示すかが重要になりそうだが……そうなるともう一つ、懸念すべきことがある。


「以前、魔法少女のフミがフミだと気づかなかっただろう。仮にユキがその辺を歩いていたとして、気が付けると思うか」


「あー……難しい気がしますね……」


 テネリスの推測が正しければ、魔法少女は普段から変身した状態を見せておくことで身元を隠している――最近知った、より俗っぽい言い方をするなら「身バレ対策」をしている。


 単に服装やらなにやらによる印象の問題か、あるいは魔法によって認識が捻じ曲げられているのかはわからないが――とにかく、変身前と変身後を結びつけるのが難しくなっているのは間違いない。


「一回分かればなんてことないんですけどね……ICO内でも基本的に魔法少女は変身状態で過ごすので、プライベートで会うとか、本人が公開しているとか……あとは、よほど特徴があるとかでもないと、魔法少女同士でもわからないです」


「なるほど。随分と便利なことだ」


 つまり、実質的に二人の身分を自由に行き来できるのと近いだろう。そんな力がテネリスにあったら、もう少し賢いヴァンパイア生を送れていたかもしれない。


「少なくとも、ユキには私の姿が見られているからな……見つかって問答無用で襲われたら、堪ったものではない」


 問題なのは、テネリスだけ一方的に姿が割れていることだ。極端な話、突然後ろから肩を叩かれて、振り向いた瞬間顔面に氷柱を突き刺されたりするかもしれない。かといって、今後街中ですれ違うすべての女子を疑うなど、想像するだけで気が滅入る。


「魔法を人に撃ったらダメですし、不意打ちはしないと思いますよ。何より、テネリスさんは魔物じゃありません!」


「そう言ってくれるのはありがたいが、わからぬぞ。復讐心は原動力になるが、時に衝動的な行動すらも促すからの。理性なき同族が、それで何度身を滅ぼしてきたことか……」


「せ、説得力がすごいですね……」


 会話が一段落したところで、二人のテーブルにパンケーキが運ばれてきた。紅い血……ではなく、ストロベリージャムが注がれている、フミのおすすめの一品である。


「食べ方を説明しますね。まずはこうやって切り込みを入れて――」


 テネリスはフミに食べ方を教わりながら、パンケーキを堪能した。普段は血を飲むばかりだが、たまにはこういうのも悪くない。




「――悪くない味だった。一人ではこういったものを食べる機会も中々ないからの。感謝するぞ、フミ」


「いえ、テネリスさんが気に入ってくれて、とっても嬉しいです! それで、この後はどうしましょうか? この間配信していた場所に置くための家具でも見に行――」


 空いた皿を端に寄せ、次の予定を考えようとした直後、テーブルに置かれていたフミの「すまほ」が軽快な音楽を鳴らしながら振動した。


「フミ。『すまほ』が何やら音を発しているようだが?」


「あっ……」


 テネリスの指摘に、フミが表情を強張らせる。


 逆さに見えた「すまほ」の画面には、「ICO本部」と表示されていた。

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― 新着の感想 ―
二つの身分あるのは便利そうですけど、何時でも呼び出されるのは大人でも耐え難い仕事環境ですよね。和やかな一時を破る出来事、一体なんでしょう。それはそれとして、テネリスさん、なんか一瞬本当に赤いならいける…
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