表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
善き吸血鬼は血を求める  作者: 岬 葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/49

49 金欠の吸血鬼は日常に戻る

 そして一夜が明け、窓から朝日が差し込み始めたころ、眠気が抜けきっていないままのユウジが二階に訪ねてきた。


「ユウジ、起きたか。私のおかげで、よく眠れただろう。私のおかげでな!」


「ああ、おかげさまで」


 恩着せがましく告げたテネリスの言葉をユウジは軽くいなし、部屋を見渡す。


「で? お前は何をしてるんだ」


「何って、掃除だが」


 テネリスはきょとんと首を傾げた。その後ろでは、テネリスの「お願い」を快く引き受けた強面達が、各々雑巾やモップを使い、部屋中を清掃している光景が広がっている。


「何か問題があったか?」


「いや、別にお前がいいなら構わんが……」


 仮にも捕らえた敵に自分の部屋を掃除させるなど正気ではない、とでも言いたいのだろう。だが、見られて困るものがあるわけでもなし、反抗してくるようならそれはそれで血が見られるのでよし。どう転んでもテネリス側にはメリットしかないのである。


「もう部屋もある程度綺麗になったことだし、こいつらはいつでも引き渡して構わぬが、どうする」


「ああ、こっちで引き受けよう。拘束だけ手伝ってもらえるか?」


「うむ。お安い御用だ。……お前ら、その場で止まれ!」


 テネリスが声を上げると、男達は訓練された軍人のごとく機敏な動きでその場に直立した。


 そんな彼らに対し、テネリスは袖の下から生み出した血の糸を操り、しゅるしゅると全員の手を縛り上げた。一瞬で仕事を終えたテネリスは、得意げな表情でユウジに向き直る。


「ふふ、どうだ。昨日見た映画の主人公の技の真似だ」


「『スパイダーウーマン』か? 現実で見ると少しキモいな」


「は?」


 テネリスの唸るような低い声に、拘束された襲撃者たちは「これ以上刺激するな」と言わんばかりに震えていた。




 午前十時を回った頃、忠実な下僕が残していった掃除を片付けたテネリスは、配信用ドローンを抱えて治療院へと戻った。


 そこでテネリスを出迎えたのは、尋問を受ける強面達――ではなく、この治療院に通う患者たちであった。奥に歩を進めると、ユウジがいつも通りに診察をしている姿も見える。


「あんなことがあったというのに、普通に営業しておるのか? とんでもない奴だな……」


 テネリスは自室の小さな冷蔵庫から血液製剤を取り出しながら呟いた。


 襲撃慣れしているとでも言うべきか。普段はテネリスを前にさも常識人風に振舞っているが、ユウジも大概、異常者である。


「ま、ヴァンパイアを受け入れておるわけだし、今更といえば今更か」


 テネリスは、血液製剤のチューブを口に運び、一気に飲み干した。


 疲れた体に冷えた血液が染み渡る、この充足感に浸ったら、あとは柔らかなベッドと毛布に包まれるだけ――そう思いながらベッドに目を向けたところ、一枚のノートの切れ端が置かれていることに気が付いた。


『埃まみれでベッドに横になるな』


「……」


 真祖のヴァンパイアに対し、そうと知りながら堂々と指示を出せる人間は、やはり異常である。




 風呂に入り、部屋着に着替えたテネリスは、改めてベッドで「すまほ」を確認する。普段テネリスが配信をした後は、決まってフミから感想が届くのだ。


『配信、お疲れ様でした。今日も楽しかったです! 後半はほとんど、ファン同士のチャット交流会場でしたけど……』


『ところで、今日配信してた場所にお邪魔したりって、できますか?』


『ご迷惑でしたら、断ってくださって大丈夫です!』


 その文面に目を通したテネリスは「すまほ」を腹の上に下ろして考える。


 察するに、フミは友人の家に遊びに行く際のそれと同じ感覚で尋ねてきている。それも当然のことだ。まさか、テネリスが闇病院の真上で配信をしていたと思うわけがないのだ。


 忘れがちだが、テネリスとフミは「こっそり」とした関係なのだ。この点については、少し距離を置いておくのが互いのためである。


『まだ汚くていられたものではない』


『当分はむりだ』


 テネリスはぽちぽちと「すまほ」に返信を打ち込んだ。


 実のところ掃除自体はもうほとんど終わっているのだが、ここは嘘も方便――理性ある真祖としての配慮である。


「……よし、と」


 日課のニュースチェックは後回しにして、テネリスは「すまほ」を机に置いた。


 近頃、ICOはインビジブルの件が面倒になったのか知らないが、コメントすらも出さなくなった。おかげでインビジブル絡みのニュースが見出しに出てくることも減ったし、警戒を緩めてもよいだろう、というのがテネリスの見立てである。


 しかも、昨晩は部屋の掃除をしただけだから、なおのこと世間が騒ぐ余地がない。これでニュースになるようなら、それはもはや揚げ足取り以外の何者でもない。気にするだけ無駄だ。


 そうして、一仕事終えた充足感に満たされたテネリスは、清潔なベッドで毛布に包まり、目を閉じた。




 夜の七時頃に起床したテネリスは、まず初めに「すまほ」を確認する。


 予想通り、今日もニュースはテネリスに関係なさそうな話題ばかりだ。それに、申し出を断ったフミからは残念そうな動物の絵が送られてきていた。代わりと言っては何だが、今度また出かける約束を取り付けておいた。


 ベッドから立ち上がったテネリスは治療院内を徘徊し、診察室で書類を整理しているユウジのもとに顔を出した。とくに何か用があるわけではないが、ユウジが起きている時は、彼が寝る前になんとなく顔を合わせておくのが習慣になっていた。


 ちょうどいい機会だったので、テネリスは寝る前に抱いた疑問を投げかけてみることにした。


「ユウジ。昨日の襲撃者はどうしたのだ?」


「ん? 自白剤で吐くこと吐かせて、とっくに警察に引き渡したぞ」


 ユウジは書類を分ける手を止めることもなく平然と答えた。しれっと自白剤などという物騒な単語も出てきたが……闇医者ならそれくらい持っていても不思議ではない。


「……というか、そもそもの話。ユウジも大概、警察に世話になる側ではないのか?」


「そこは伝手だよ、伝手」


 腕をぺちぺちと叩きながら自慢げに答えるユウジに、テネリスはじとりとした目を向けた。


「闇医者が警察と繋がっておるのか? 世も末だな」


「違う違う、間に外のやつを挟むんだよ。金を出せば何でも運んでくれる奴がいるからな」


「ああ、『回収屋』と似たようなものか。なるほど」


 金庫にある大量の備蓄は、「伝手」を頼るための資金も兼ねているようである。テネリスがここに来る前は、他所から戦力を呼び出して対処させたりしていたのだろう。ユウジの生存戦略を垣間見た瞬間である。


「しかし、金だけの関係を『伝手』と表現するのは、どうかと思うぞ?」


「うるせ」


 テネリスの言葉に、ユウジはぴしゃりと返した。


 果たして、ユウジにとって正しい意味で「伝手」と呼べる人脈はどの程度あるのか――気にならないこともないが、ユウジとフミしかまともな人脈がないテネリスにもいくらかダメージが入りそうなので、触れないでおくことにした。


「話は変わるんだが。テネリス、今日は『回収屋』の仕事に行くのか?」


「む? そうだな、よさそうな依頼があれば行く程度には思っておったが。……ああ、昨晩の件で警戒しておるのだな?」


 ユウジの問いの意図するところをテネリスは察した。確かに、この治療院の唯一にして最高戦力たるテネリスが不在となれば、ユウジは恐怖に震えながら一晩を明かすことになってしまう。


「お前が遠出しているとして、緊急で呼び出したらどれくらいで戻ってこられる?」


「ふーむ。あらゆる事情を考慮せんでよいのなら、呼び出しから十秒もかからず戻ってこられると思うが」


 血の消費を考慮しなければ、音速以上を出すこともできなくはない。ただ、ヴァンパイアの肉体は頑丈だが、無敵ではないのだ。純粋に速度を出すだけでは、周囲はもちろん、テネリス自身の身体や衣服も無事では済まない。


 そういった裏を察したのか、ユウジは首を振る。


「理論上じゃなくて、現実的な範囲の時間を教えてくれ」


「そうだな……私が依頼を受けている範囲なら、おおよそ五分程度ではないか」


「五分……五分か……」


 テネリスの言葉にユウジは唸る。一個体が出せる速度としては間違いなく一級品だが、ユウジのようなひ弱人間に対し、命の危機が迫っている状態で五分耐えろというのは酷かもしれない。


「そんなに悩むくらいなら、別に依頼を受けねばならぬ道理もなし、しばらくはここで引き籠っておいてやろう」


「ああ……悪いな」


「構わぬ、元よりそういう約束だからの。もし悪いと思うのならば、私が飽きないような漫画を用意するがよい」


 テネリスの言葉に、ユウジは肩をすくめて返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ