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善き吸血鬼は血を求める  作者: 岬 葉


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48 金欠の吸血鬼は外を片付ける

 暗い路地裏の中、扉の鍵穴に針金を刺しこみ、カチャカチャと細工する音が響く。


「――鍵山。まだかかりそうか?」


「ここは旧式だから時間がかかる。集中したいから静かにしててくれ」


「ったく、仕方ねえな……」


 彼らは、人攫いや盗みを専門として活動する裏社会側の人間だ。そして今回の目標は日隠ユウジ――非合法な個人病院を経営する、闇医者であった。


 狙われている理由は誰も知らないが、どうせ法外な治療費を吹っ掛けたとか、致命的な医療ミスの「責任」を取らされるとか、その辺りだろうという共通認識があった。彼らの業界ではよくある話だった。


 だから今日もいつも通りに仕事をしてさっさと引き上げるだけ……の予定だったが、オートロックなどのセキュリティが浸透したこの時代に、いまだに物理的な鍵を使っている施設があるのは想定外だった。


 ゆえに、現在ピッキングをしている男――鍵山は、他のメンバーの視線を背に受けながら苦労する羽目になっているのである。


「まったくよぉ、せっかく持ってきたハッキング装置が無駄じゃねえか」


「せっかく大金出したのに勿体ないっすね。かさばるだろうし、俺が車に戻してきますよ」


 舎弟然とした男が、「ハッキング装置」を手に取ってその場を立ち去った。


「で、あと何分かかりそうなんだ?」


「最低でも五分、長くても十分はかからないはずだ。落ち着かないなら、見張りついでにその辺で一服してきたらいい」


「……そうさせてもらう」


 鍵山の言葉には遠回しに「どこかに行ってろ」と言っているのが見え透いていたが、彼は貴重な技術者枠、つまりグループに欠かせない存在だった。ゆえに喧嘩などに発展することもなく、ぽつぽつと何人かが扉前から離れていった。




 五分ほど経ったところで、玄関扉からガチャリと小気味よい音が響く。


「――よし、一丁上がり。いつでも突入できるぞ……って、まだ誰も戻ってないのか?」


 ピッキングを終えた鍵山が振り返ると、そこには当人を含めて五人しかいなかった。


 元々作戦の主要メンバーは九人だったが、ハッキング装置を戻しに行った者が一名と、タバコを吸いに行った者三名不在――つまり、半分近い人数が欠けているということになる。


「まさかあいつら、俺に働かせるだけ働かせておいて車で休んでやがるのか?」


「俺が呼んできましょうか」


「頼む。俺が行ったら、その勢いで殴っちまいそうだ」


 鍵山の指示により、また一人その場から姿を消し――そして、戻ってくることはなかった。




「……嫌な予感がする」


 この場から離れた者が、誰一人として戻ってこない。こうなると、もはや何らかの異常を疑わざるを得なかった。


「俺らだけで突入した方がいいんじゃ?」


「ああ。……いや……」


 流れで指揮を執ることになってしまった鍵山は思考を巡らせる。


 今回の計画は、元々九人で進めることになっている。というか、鍵山はたった今己の仕事を終わらせたので、実質的に後のことは荒事担当の三人に任せることになる……ますます、強行するのは難しいだろう。


「一度、全員で戻らないか? 何かがあったのかもしれない」


「賛成だ」


 総意が固まったところで、四人は警戒しつつ車を目指して路地裏を進み――角を一つ曲がったところで、それを見た。


「なんだ、これ……!?」


 たった数分前、車に戻るよう指示を出した男が、深紅の結晶で固められて磔にされていた。その幻想的とも言える、しかし非現実な光景に、彼らは背筋に何かが這い上がっているかのような恐怖を抱いた。


「く、砕いて助けるぞ!」


 その声を皮切りに、()()は各々手に持っていた武器を叩きつけてみるが、結晶はヒビの一つすら入る気配がなかった。


「ダメだ! こいつはこのまま置いていく!」


 もはや冷静に行動できるほどの余裕もなく、三人は一心不乱に路地裏を進む。


 その道中で、他の仲間も磔にされているのも確認し、頭の中が恐怖と混乱でごちゃごちゃになりながらも、何とか車が待機している場所へとたどり着いた。


 そして目にすることになったのは、木っ端微塵に破壊されている車と、気絶して道路に転がっているドライバーの姿だった。


「なっ……なんだ、これ……?」


「――遅かったではないか。待ちくたびれたぞ?」


「っ!?」


 その場に似つかわしくない、鈴を転がすようで、しかし芯の通った少女の声に、()()が振り返って武器を構える。しかし、そこには誰も居なかった。


「ど、どこに――ぁっ」


 一瞬だけ黒い影が過ぎ去ると同時に、鍵山の隣にいた最後の仲間が、悲鳴ともとれない声を残して姿を消した。そして再び、少女の声が鍵山の背後から響く。


「ふふ。私のサプライズは気に入ってもらえたようだな?」


 その事実に鍵山は本能的に命の危機を感じ、震える息を押し殺しつつ、ゆっくりと振り向いた。


「お、お前、は……?」


 そこに立っていたのは、月のような長い銀髪を靡かせ、紅い瞳をギラギラと輝かせた、人形のような少女だった。


 今はジャージを着ていて台無しだが、着飾れば大層美人だろうことは間違いなかった。だが、今の鍵山にとってこの少女は、可憐な少女の皮を被った化物でしかなかった。


 鍵山は震える手を押さえつけ、手に握っていた銃を目の前の化物に向けた。しかし、化物は柔らかな笑みを崩さず、銃口にそっと手を添え――紙粘土を潰すかのごとく、簡単に握りつぶした。


「私の初仕事を作ってくれたこと、感謝するぞ?」


 その言葉と行動は、鍵山の心を折るには十分であった。彼は、恐怖のあまりその場で失神することになった。




=================================




「――襲撃者を片付けてきたぞ」


 ヴァンパイア流の「おもてなし」を終えたテネリスは、早速ユウジに声をかけた。


 表の惨状が誰かに見られる前に、さっさと収拾をつける必要があるのだが、そんな事情を知らないユウジは暢気に歯磨きをしながらテネリスに向き直る。


「何だって? お前、配信中じゃなかったのか」


「途中で不穏な気配を感じたのでな。生け捕りにしてあるが、どうする」


 はじめて本来の仕事を完了できたテネリスは、さながら褒められ待ちの犬のように晴れやかな表情であった。


「そうだな……情報を引き出すことはできそうか?」


「ああ、しっかり真祖の恐怖を刻み込んでやったからの。二度と反抗的な態度は取れまい」


「お前が言うと洒落にならんな……外がボロボロになってたりしないだろうな?」


「……少し血を無駄使いしてしまったせいで大変なことになっておるが、片付けは簡単だ」


「ならいいが……」


 今回は初仕事ということもあって、少々血を大盤振る舞いしてしまった。外に戻る前に、一つ血液製剤を補給しておいた方がいいかもしれない。


「で、どうするのだ?」


「ひとまず、まとめてどこかに閉じ込めておこう。明日、情報を引き出したら警察に突き出す」


 ユウジはすでに寝支度を進めていたようなので、今から何かするのは嫌なのだろう。それならばと、テネリスはある提案を持ち掛けることにした。


「それならば、今夜は二階に閉じ込めてもよいか? 私が見張っておくから、逃げることもない」


「別に構わないが、いいのか?」


「ああ。治療院に置いておいたら、不安で眠れないだろう」


「それはそうだな。悪いが、よろしく頼む」


「うむ、任せるがいい」


 ユウジの言葉に、テネリスは胸に手を当てて返した。




 結晶で拘束した襲撃者を回収し、可能な限り痕跡を隠蔽してから雑に二階に放り込んだところで、テネリスは再び配信用ドローンの前に姿を見せる。


「――戻った。少々時間がかかってしまったな」


 ・おかえりなさい!

 ・長かったね

 ・さっき大きな音が聞こえたけど、何かあった?


「ああ、近くで事故があったようでの。気にする必要はない」


 ・何か荷物持ってきた?

 ・ゴトゴト聞こえたよね

 ・もしかして家具か


「家具……まあ、そんなところか? 私の代わりに掃除をしてくれる奴らだ」


 ・おお、お掃除ドローンか!

 ・高くなかったですか?

 ・よく手に入ったな


「親切なことに、無料で手に入ったのだ。まあ、使えるのは今日限りだが」


 ・レンタルってことね

 ・お掃除ロボットって、本格的な汚れには弱いんじゃ?

 ・時間はかかるけど、意外と綺麗にしてくれるよ


「その辺は詳しくないが、やらせてみればわかるだろう。というわけで、今日の配信は終わりだ。良い夜を過ごすがよい」


 ・えっ急に終わるじゃん

 ・別れはいつも、唐突だ

 ・もっとお話ししたかったです!

 ・次の配信も待ってる、おつ

 ・良い夜を!




「……これでよし、と」


 視聴者への挨拶も終えたところで、テネリスは配信を停止し――床に転がっている襲撃者を叩き起こす。


「起きろ、掃除の時間だ。反抗的な態度を見せたらどうなるか、わかっておるな?」


 テネリスの言葉に、襲撃者の面々は青ざめた表情で頷いた。

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― 新着の感想 ―
テネリスさん、別の意味でもやはり夜の世界にお似合いですね…でもそのおかけでユウジさん結構危ない状況回避できた気がします。結晶は安定に血の供給できたおかけにばんばん使えるでしょうか、これからも出番ありそ…
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