47 金欠の吸血鬼は部屋を掃除する
「――今日は、掃除をしていくぞ」
テネリスは汚れてもよさそうな服に着替え、配信を開始して開口一番に宣言した。足元には、バケツやほうきなど、ユウジから借りた適当な掃除用具が転がされている。
・いきなり何言ってんだこの人外
・こんばんは お掃除回ですか?
・今日はジャージか かわいい
・掃除って変な隠語とかじゃないですよね?
「私を何だと思っておるのだ。掃除は掃除だ。それ以上でもそれ以下でもない」
・相変わらずよくわからん場所で配信するね
・これまでの配信場所:森、禁足地、空
・改めて見るとすごいラインナップ
・で、今回はどこですか? 暗闇?
「ああ、暗くて見えないのだな? 少し待て」
夜目が効くテネリスは照明無しでも平気だったが、普通の人間はそうではないことを失念していた。テネリスは配信用ドローンを抱え、備え付けのライトを使って「廃墟」を照らす。
「わけあって、配信時はこの場所を使えることになったのだ。今日はここを掃除する」
・えっ心霊スポットか何か…?
・リミナルスペースでこんなところ見たことある
・怖い配信はナシでお願いします!!
「怖い配信? 実質幽霊の私を見ておいて、今更怖いも何もないだろう……」
・たしかにインビジブルが一番怖い存在ではあるか
・俺たち、ずっと心霊配信見てたんだ…
「それでも怖いなら、幽霊が出たら私が殴り倒してやる。安心しておれ」
・キュン…
・インビジブルちゃんなら何があっても安心して見られる
・てかさっきからチャット欄平和じゃね? どしたん?
「ああ、私の友人が色々と設定をしてくれたのだ。今回はその検証も兼ねておるのだが……見たところ、上手くいっているのではないか?」
視聴者数はとうに四桁に到達しているが、今もコメントの流れは緩やかで、気を抜いて会話をすることができる。以前テネリスが楽しいと感じた空気感は、無事取り戻すことができたようだ。
・友人有能すぎる
・ちゃんと設定されてるね 試しに荒らしっぽいチャット流そうとしたら弾かれた
・俺、インビジブルの服装褒めようとしただけなのにセクハラってAIに止められた…
・今の時代、容姿に触れるのはNGだよ
・ダウト さっき「かわいい」程度の投稿は許されていたぞ つまりこいつは
・へ、変態だー!!!
「……変態はコメント禁止だぞ」
・ジト目たすかる(幻視)
・ちょくちょく幻覚見る人がいますよね、ここの視聴者…
「さて、改めて本題だ。今後の配信で使える場所を作るために、今日はここを掃除していく」
・結構広くない? そこそこのオフィスくらいありそう
・道具はあるけど、一人で何とかなるの
「ああ……実を言うと、掃除で何をしたらいいのか、あまりわからなくての……」
思い返せば、テネリスが掃除をする場面というのは、嵐で住処が倒壊して何もかもメチャクチャになったか、保護した人間を招き入れ、一晩過ごさせるときくらいのものだった。それもせいぜい、見える場所の砂埃を手ではらって、なけなしの私物を隅にまとめる程度――本格的な掃除のセオリーなど、知る訳もなかった。
・いきなり全部は無理だから、場所を絞ったほうがいいと思う
「うむ、それは私も同意見だ」
テネリスは配信用ドローンを率いて室内を巡回する。外を映すと大変なことになると聞いた手前、心配な部分もあったが……幸い、カーテンがかかっている窓が多く、見えても夜空か隣の建物の壁だったので、杞憂で済んだ。
そのついでに、照明のスイッチも発見した。電気も問題なく通っているようで、この部屋の惨状がよりはっきりと見えるようになった。
さて、部屋の構造を簡単に説明すると、治療院から細かい仕切りを全部取っ払ったような形だ。全体の半分近くを占める広間があり、残りを埋めるように小部屋や洗面所、トイレなどが設けられている。
当然、テネリス一人で使うには広すぎるので、適当に入口から一番近い部屋を配信用の部屋にすることにした。狭いログハウスで生きてきたテネリスには、これくらいが落ち着く。
「さて、どうするか」
・とりあえず換気しよ
・いらない物をまとめたら?
・要るもの、要らないものを分けるのが簡単そうだね
「ふむ。ならば全部いらん」
テネリスは足元にあった段ボールを足で部屋の外へ追いやった。その衝撃で段ボールに積もっていた埃が舞い上がり、テネリスに襲い掛かる。わずかにやり場のない苛立ちを覚えつつ、テネリスは部屋に備え付けられていた小さな窓を開けて換気した。
・動作がいちいち豪快だなw
・わざととかじゃなくて本当に慣れてなさそう笑
・これ、魔物を蹂躙してたインビジブルさんと同じ人?
・人じゃなくて人外定期
「それで? 次はどうすればいい」
テネリスは視聴者に指示を仰ぎつつ、部屋の掃除を進めていった。
「――ほう、そんな映画があるのだな。……なに? 『スパイダーウーマン』には幻の続編がある? 幻とはどういう意味なのだ」
テネリスは視聴者と会話しつつ、壁や床を掃除していた。何となくこの間見た映画の話をしたら、そこから思いのほか話題が発展したのである。
その途中、ずっと「すまほ」を見るのが面倒だとぼやいたら、親切な視聴者が、テネリスが使っているドローンにはコメントを表示させる機能があると教えてくれた。きっと、テネリスが知らないだけで活かせていない機能もたくさんあるのだろう。
こういった有意義な時間が過ごせると、コメント欄を平和にした意味があったというものだ。設定をするよう提案してくれたフミには感謝が尽きないし、今度、何か礼をすべきだろう――そう思った直後のことだった。
換気のために開けていた窓を通じて、複数台の車が近くに停車した音が聞こえた。それだけならばさほど気にならなかったが、ほどなくして、何人もの足音がこちらに向けて接近していることが分かった。
「……少し外の空気を吸ってくる。すぐに戻るから、待っておれ」
・はーい
・いってらっしゃい!
テネリスは視聴者に断ると、配信用のドローンを待機させたままに部屋を出て、階段から治療院の入り口を覗き込んだ。
そして目に入ったのは、拳銃やナイフで武装した、十人ほどの黒いスーツを着た集団であった。彼らは玄関の前で陣形を組んでいて、このまま静観していれば、すぐにでも治療院の玄関が蹴破られることは想像に難くなかった。
だが、ここで静かに彼らの動向を見守るようなテネリスではない。
「……ふふ、ようやく私の出番というわけだ」
テネリスは震えていた。それは恐怖ではなく、ついに真っ当な仕事を果たすときが来たことに対する高揚によるものだった。
「さあ、この私が丁重にもてなしてやろう」
テネリスは紅い瞳を輝かせながら、招かれざる客に向け、軽やかに一歩を踏み出した。




