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善き吸血鬼は血を求める  作者: 岬 葉


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46 金欠の吸血鬼は映画を見る

 テネリス達はショッピングモールの中を歩き、シネマ棟に到着した。


「何だか、不思議な匂いがするな」


「ポップコーンの匂いですかね? 私、この雰囲気、結構好きなんです」


「ふむ。確かに、悪くない」


 客の声や音楽で賑わっているモール側とは違い、ここはどことなく静かで落ち着いた雰囲気だ。同じ施設内で一気に空気感が変わるのは、どことなく趣が感じられる。


「それで、ここで何をするのだ? このまま進めばよいのか」


 テネリスが人が集まっている方へ向かおうとすると、フミが両手を広げて前に立ちふさがる。


「このまま入るのはダメです! まずは見る映画を決めて、チケットを買いましょう! あの中で気になるもの、ありますか?」


 フミが示した先には、十種類程度のポスターが張り出されていた。


 その内容はテネリスでも一見してわかる子供向けなものから、渋そうな雰囲気のものまで多様なラインナップだった。その中でもとりわけテネリスの興味を惹いたのは「レッドリング 血塗られた恐怖の宴」――言うまでもなく、血が見たいだけである。


 ただ、流石にここは真祖の理性が働いた。


 間違ってもフミは「いいですね! 私もちょうど血が見たいと思ってたんですよ!」などと言うような娘ではない。即決でこんなのを選ぼうものなら、常時血のことしか頭にない、野蛮なヴァンパイアだと思われてしまう。


 この刹那の判断により、テネリスは次点で赤の割合が多い作品を指すことにした。


「これはどうだ?」


「『スパイダーウーマン リバイバル』ですか。いいですね、私も気になってたんです。これにしましょう!」


 多分、正解を選んだらしい。テネリスの言葉を聞いたフミは、チケット売り場へと足を運び、流れるように機械を操作してチケットを二枚発券し、片方をテネリスに手渡した。


「ちなみに、『レッドリング』はどんな映画なのだ?」


「えっ? あー……えっと、本当はあっちの方が、よかったり……?」


「いや、別にそういうわけではないが……本当だぞ? だからそんな目で見るでない」


 もしテネリスが欲に忠実なヴァンパイアだったら、今日のフミとのお出かけはこの場で終了、即解散待ったなしであった。




 かくして、テネリス達は約二時間に及ぶ映画を堪能した。内容は蜘蛛に刺されて特別な力に目覚めた女が、その力で街を縦横無尽に飛び回り、悪人を成敗する――おそらく王道なヒーローものだった。


「テネリスさん、どうでしたか?」


「蜘蛛に刺されて力を得る原理はよくわからなかったが……臨場感があって、とても面白かった。これがシネマトグラフの進化形か……」


 最初こそ、ただ巨大な画面でテレビを見るのと何が違うのかと思ったが、音響が治療院のそれとはレベルが違い、没入感も段違いであった。これがテネリスの脳内にあるちっさい箱型の上映機の進化形と考えると、テネリスが如何に時代遅れな怪物かを痛感することになる。


「それに、こういった作品に触れると、人間の営みを知ることができるからの。私はそれが好きなのだ」


「そういう見方もあるんですね。もしかして、この間配信で紹介されてた本もそういうことなんですか?」


「ああ。と言っても中身は戯曲だし、あくまで人間の感情や感覚に触れるのがせいぜいと言ったところだが。今回は人間社会の在り方も描かれていて、一層興味深かった」


 フミの質問に返しつつ、ふと会場からぞろぞろと去っていく客を見ると、その手には空になったポップコーンや飲み物の容器が握られていた。テネリスは、フミの隣にある空のポップコーン箱を回収し、席を立つ。


「さて、次はどこに行く? 私は前見られなかった服を見たいのだが」


「いいですね。是非行きましょう!」


 客の中に混ざってシアタールームを後にした二人は、前と同じように色々な店を巡り、あっという間に時間が過ぎていった。




 そして夕暮れ時。


 フミを家まで送り届けたテネリスは、そのまま治療院へと帰還した。自室に戻る途中、ユウジの部屋を横切るついでに声をかけておく。


「ユウジ、今戻った。何か問題は?」


「いや、何もない。お前が来てからというもの、愉快なお友達が静かになって喜ばしい限りさ」


「ふふ、本能的に真祖たる私を恐れているのやもしれぬな」


「どうかな。そんなに賢くて分別がつく相手なら、俺もお前に用心棒なんて頼まなかったろうよ」


「む、それは困る。今すぐそいつらを呼べ。一撃で刈り取ってやる」


「それは本末転倒じゃねえか……」


 適当に軽口を交えたところで、自室に今日買ったものが入った紙袋を床に置く。


 その中身は、ショッピングモール中を探して見つけた、漆黒のゴシックなドレスである。以前、フミがドレスを着た姿を見たがっていたのを覚えていたので、ちょうど良い機会であった。


 テネリスは早速ドレスに着替え、洗面所の鏡の前に立ち、軽く体を捻る。その動きに合わせてフリルがふわりと揺れ、テネリスの長い銀髪と共に靡く。


「ふむ、悪くない」


 血操術で補強してやれば、これを着たままでも十分に戦闘をこなせるだろう。あるいは、配信でこれを着てもかまわない。


「……そういえばせっかくフミが調整してくれたのだし、少し配信してみるか。場所はどうするか……」


 テネリスは来た道を引き返し、再びユウジの部屋に顔を出す。


「ユウジ」


「ん、何……ってなんだその服」


 机に向かって「のーとぱそこん」を眺めていたユウジは、ゴシックドレスを着たテネリスの姿にあんぐりと口を開けていた。


「今日、フミとの買い物で見つけたのだ。どうだ、真祖たる私にピッタリであろう」


「……ヴァンパイアっぽくていいと思うぞ。それで?」


 見るからに「面倒だから適当に褒めておこう」という魂胆が見え透いたユウジに思うところはあるが、話が拗れても面倒だと理性的な判断を下したテネリスは、冷静に本題を告げる。


「この治療院の中で配信できそうな場所はないか? 別に暴れたりはせん。ただ話すだけだ」


「雑談か? そうだなぁ、変なもんが映っても面倒だしな……」


「ああ。なら、そこの金庫の中はどうだ?」


 テネリスは部屋の壁を指して尋ねた。すでに出入りの方法は教えてもらっているし、金庫というからにはそこそこ遮音性もあるはずだ。


「金庫か。俺がいる場所の隣で配信できるのなら、別に構わないが……」


「やっぱりなしだ」


 なんというか、なんか嫌だった。


「仕方ない。場所がないのであれば、この建物の屋上でも使うとしよう」


「いや、外を見せるのは一番ダメだ。覚えておけ。今の時代、その辺の看板一つで居場所が特定されるぞ」


「そ、そうなのか? 恐ろしい時代だな……」


「んー……仕方ねえ。ここの上の階を使っていい」


「上の階?」


 確かにこの治療院はビルの中に入っているが。そういえば、他の階に何があるのかを確かめたことはなかった。


「何も知らん奴が他所から来ないように、このビルを丸々買い取っているんだ」


「確かに、同居人がいないとは思っていたが」


 仮にも闇病院を営業している以上、他の階に住民などがいては不都合なこともあるだろう。中々に力業ではあるが、納得のいく話ではある。


「つまり、この建物は自由に使って問題ないということか」


「そういうことだ。とりあえず、二階の鍵を渡しておく。一度外に出て左手に向かうと階段がある」


 ユウジは机の引き出しから小さな鍵を取りだすと、テネリスに向けて投げ渡した。


「一切手入れはしてないから、軽く掃除はしておいたほうがいい」


「わかった。感謝する」


 礼を告げたテネリスは、早速配信用ドローンを抱えて外に出て、ユウジに言われた通りにして二階の扉を開いた。


 そしてテネリスを出迎えたのは、埃を被った机やひっくり返ったぼろい椅子、隅に積まれた段ボール、天井から落下した蛍光灯、剥がれた壁紙であった。


「……廃墟か?」


 清潔で整備が行き届いた治療院との温度差に、テネリスは思わずぼやいた。

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