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善き吸血鬼は血を求める  作者: 岬 葉


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45 金欠の吸血鬼は夜景を映す

 それから、テネリスは三日に一回程度の間隔で回収屋として活動するのが習慣となった。


 初めこそ中々に癖の強い依頼を受ける羽目になったが、自分で依頼を選べるようになってからは、何時間も夜空を飛ぶ必要もなくなり、散歩のついでくらいの感覚でこなせるようになった。


「案外、これが天職だったりするのかもしれぬな……」


 立ち入り禁止区域から回収したそこそこ大きい金庫の納品を終えたテネリスは、「すまほ」を見ながらぼやきつつ、治療院へ向かって夜空を飛ぶ。


 依頼を受けたのは二週間で延べ五回、稼いだ額は五十五万円ほどだ。つまり百回くらい同じことをすれば、テネリスが映せる配信用ドローンの購入だって夢ではない。


「そう考えると、どれも割のいい仕事だと思うのだがな」


 実を言うと、テネリスはあえて不人気の依頼――つまり、古い順に並べたら一番上に来るような依頼ばかりを引き受けていた。


 それは単純に名声稼ぎのためというのもあるが、もう一つ、テネリスにとっては美味しい依頼なことも多いから、というのがある。


 冷静に考えれば当然のことだが、普通の人間がこの仕事をこなそうとすると、立ち入り禁止区域までの交通手段や依頼物の運搬方法などを考える必要があり、当然そこにはコストが発生する。不人気の依頼というのは、そのコストが報酬を加味しても重すぎるのだ。


 だが一方、ヴァンパイアなテネリスであれば、自前で空を飛べるし怪力も使えるし、血も操れる――つまり、その身一つで大体のコストを踏み倒し、報酬を全額ポケットに入れることができる。強いて言えば、依頼物が銀製でないことは確認しなくてはならないが、せいぜいそのくらいだ。


 これはヴァンパイアならではの強みと言えるだろう。このまま続けていけば、不人気依頼専門の回収屋として名声を上げることもできそうだ。


「ユウジも、もっと早くこれを紹介してくれたらよかったのだが……む?」


 テネリスがぼやいた直後、ぽこんと音が鳴り、メッセージを受信した。送り主は――フミだった。




『テネリスさん』


『触れたらダメかと思って聞かないでいたのですが、もしかして配信、やめちゃったんですか?』


『<メッセージは撤回されました>』


『すみません、今のは見なかったことにしてください!』


『明日、またお買い物に行きませんか?』




「……そういえば、魔物討伐の配信をして以降、何もしておらんな」


 感覚的にはそこまで間を開けたつもりはないのだが、荒れに荒れた配信を最後に二週間音沙汰無しとなると、些か意味深に映っても仕方ないのかもしれない。


 フミとは頻繁にメッセージを送りあっているが、まさか裏でそんな心配をさせてしまっていたとは思わなかった。少し考えたテネリスは、「すまほ」を落とさないように細心の注意を払いながら、ぽちぽちと文字を打ち込んでいく。


『買い物に廃坑』


『いこう』


『配信は最近は別のことをしていたからできてなかったな』


『いま配信する』


 メッセージを打ち込んだテネリスは、早速配信アプリを起動し――しばし指が迷子になったのち、配信開始ボタンを押下した。「すまほ」を使った配信はこれが初めてだが、画面に「配信を開始します」の文字が表示されているので問題はないだろう。


「……この画面、前にも見た気が……気のせいか」


 いわゆるデジャヴというやつだ。テネリスが呟いている間に、あっという間に視聴者数が増えていく。


 ・配信キタ!!!

 ・待ってました!!!

 ・音うるさ ジェット機みたいな音する

 ・ウィンドノイズで耳が壊される^~

 ・スマホ配信? 映像も音声もぶっちぶちや

 ・前回荒らされた腹いせ?


「誰がそんなみみっちい復讐をするか。そうではなくて、しばらく間が開いて心配させてしまったようだからの、少し顔を見せようと思ったのだ」


 ・何言ってるか全然わからん

 ・「顔を見せようと」はギリわかった

 ・見せる顔がないんですが

 ・顔見せてくれない?


「まあそう急くでない。それよりも皆、高いところは好きか? 今日も良い夜だからの、皆に夜景を見せてやろう」


 一言そう言ったテネリスは、手に持っていた「すまほ」を裏向きにひっくり返した。下には街灯や車の明かりが点在する夜景が広がっている。高さは……大体一キロメートルくらいだろうか。気にしたことがないので正確なところは不明だ。


 画面を裏向きにしてしまったのでテネリスからは視聴者の反応は見えないが、きっと普段はできない体験に大喜びしているに違いない。視聴者の反応を想像して満足しながら、テネリスは夜空を飛び続けた。




「――チャットとコメントをどうにかしましょう」


 翌日、ショッピングモールの一角にあるカフェでフミに告げられる。


「昨日の配信は、かなり酷かったです」


「なっ……確かに準備も何もない配信だったが、そうか。つまらなかったか……」


「あっ違いますよっ!? 酷いって言うのは配信の内容じゃなくて、視聴者の話です!」


 肩を落としたテネリスを前に、フミが慌てて弁明した。見ず知らずの人間にあれこれ言われるより、近くにいる人間から酷評される方がよほど効くのは、ヴァンパイアも人間も変わらないのだ。


 ただ、今回は面と向かってテネリスにダメ出しをしたわけではないらしい。


「テネリスさんが空からの景色を映すまでの間はまだマシでしたけど、それ以降のチャットが……その……」


「ああ。私に向けて罵詈雑言を吐いている者のことなら、別に気にしておらぬぞ?」


「テネリスさんがよくても、私が許せません!」


 フミは吠えると、手元にあった「アイスライトシロップエクストラソースキャラメルマキアート」をぐいと飲んだ。


 ……ちなみに、テネリスの手元には「ココア」がある。レシートの品書きを見ないと名前すらわからない飲み物を飲むくらいなら、こういうシンプルなので十分だ。


「折角テネリスさんの配信を見ているのに、嫌なコメントばかり流れて台無しです。はっきり言います。ムカつきます!」


「そ、そうか」


「それにテネリスさんだって、コメントが見られなくて残念に思ってましたよね?」


「う、うむ。そうだな……」


 テネリスはやや気圧され気味に頷いた。今のフミには真祖すら圧倒する迫力がある。


「だが、何か方法があるのか? 視聴者を消す以外の方法は思いつかぬが……殺るか?」


「やりませんよ……」


 ご立腹なフミだったが、テネリスの究極的かつ根本的な対処法には反対のようである。


「こういうときのための対策用の設定が色々あるんです。任せてください!」


「ああ、頼りにしている。……ついでに例の……収益化?のことも聞きたいのだが、よいか?」


「いいですよ! 簡単ですから、一緒に見ましょうか」


 テネリスは「すまほ」をテーブルの上に置き、フミと共に設定を進めていった。




「――と、これで平和なチャット欄ができあがるはずです。収益化も多分、一週間くらいで通ると思います。後で試しに、配信してみてください」


「ああ。フミ、感謝する」


「いえ、ほぼ私のお節介みたいなものですから!」


 配信の設定を終えて用済みとなった「すまほ」を懐にしまい、テネリスはコップに残っていたココアを飲み干した。


「さて、そろそろどこかに行くか。また服を見るか?」


 今のテネリスは前回よりも資金があるので、前回は流し見しただけのゴシック系の服なんかも買えるだろう。現代的な服もいいが、自分に馴染む服も何着か用意しておきたいところだ。


 そう思っていたテネリスだったが、フミの提案はまた別のものだった。


「それもいいんですけど、映画を見たいなって! テネリスさん、映画はご存じですか?」


「映画か。もちろん知っているぞ。あれだろう、シネマトグラフだろう? 私は実物を見たことがあるぞ」


「あっ何か、私が知ってる映画と違う映画の気がします……」


 ドヤ顔で告げるテネリスと、テネリスの手を引くフミの間には、三桁年分のジェネレーションギャップがあった。

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