第6話
「なんだか、うちの父親が、借金とりに見えてきたわ」
借りるほうも借りるほうだが、貸すほうも、人の弱味につけ込んで、高利貸しをしている。
「まあ、世の中、そんなに甘くないわ。仕方ないことよ」
リリアンは、あっさりと受け流す。
「それで、二人の暮らしぶりは、相当やばいの?」
「そう、それにね、言いにくいのだけど、、いつかわかることだから、報告するわ。最近、ミンティアが妊娠したのよ」
「妊娠?」
「だから、ミンティアも働けないし、カールにはお金も職もないしで、道端の草とか、パン屋であまったミミとかを炒めて食べているみたいよ」
「なんだか、乞食みたいな生活ね」
「自業自得だけどね。カールは、生まれてくる赤子のこともあって、窮地に立たされて、アルルのところに忍び込んだ、こんなところじゃないかしら」
リリアンは、溜め息をついて、封書をデスクに投げた。
「なんだかね、アルルの気持ちを考えたら、あいつらの罪はまだまだ消えないけど、この生活を聞くと、なんとも言えない気持ちになるわ」
リリアンは、煙草に火を付けて吸った。高校時代から、リリアンの煙草の本数は、増えたようだ。
何かと、人の裏を調べていたら、嫌で見たくないことや、不条理なことは、絶えないのだろう。
私は、カールの住所を教えてもらうと、リリアンに謝礼金を払い、探偵屋を出た。
カールの生活がどんな風なのか、この目で見たかった。
まさか、もう身籠っていたなんて。
少しでも、期待した私がバカだった。もう一発、叩いてやれば良かった。
リリアンに教えてもらった住所に着くと、そこはまごうことなく、貧困街のアパートの一室だった。
アパートは、ぼろぼろで、その周囲には、路上で寝る人々がうようよといた。
「お姉さん、良い服着てるね。たのむよ、少し恵んでくれよ」
浮浪者が私のドレスの裾を引っ張ってくる。
(なに?!アルコールの臭い?臭いし、汚なすぎる。お風呂入ってるのかしら)
「離せ!」
目一杯、裾を引く浮浪者を足蹴にしてやる。私に触らないで!
浮浪者は、足蹴をくらうとドレスの裾を離したが、赤黒い顔をにやけさせて笑っている。
「気持ち悪いのよ」
「あんたみたいな金持ちに、俺たちの気持ちはわからねぇさ」
浮浪者はにやにや笑う。まるで私を馬鹿にしているようだ。
「靴を磨きましょうか?」
不意に、呼びかけられる声がした。
「?」
振り向くと、ミンティアが膝をついて私を見上げていた。
「ミンティア令嬢?何してるの?」
「見ての通り、靴磨きです。カールに聞いたと思いますが、お金がないのです。なので、少しでも稼ぎになればと、靴を磨いています」
ミンティア令嬢は、ボロ布を合わせた服に、靴墨をあちこちにつけていた。
「どうですか?靴を磨きましょうか?」
「え、ええ」
何を言ったらいいのかわからない私に、ミンティアは、私の下に跪き、てきぱきと準備をすると、白い布で靴を磨いていく。
「カールがあなた様のところに行ったのですね」
ミンティアは、丁寧に靴を磨きながら話し出す。
「まあね。生活が苦しいから、グランデール伯爵に許しを乞えって言われてね、一体どんな暮らしぶりか見てみないとね」
「見ての通りの暮らしぶりです。今日食べるものもない状態です」
ミンティアの茶色の髪は、何日も洗っていないのか、白いフケの粉がこびりつき、パサパサだった。
「それでも良いの?」
「あなたのものを奪えたのだから、後悔はありません」
ミンティアは不意にこちらに顔を上げて言った。顔には黒い煤がついているのに、勝ち誇った目をしていた。
「なに?!どういうこと」
「アルル令嬢のものなら、何でも欲しいのです。それが、あなた様が大切にしていればいるほど、私にとって奪う価値があるのです」
ミンティアは、優位に満ちた、上品な微笑みを浮かべていた。
「何で?なんのために?」
「アルル令嬢は、上流伯爵家で、お金に困らず、欲しいものは何でも手に入れていらっしゃる。私の家は貧しく、借金だらけです。私も少しは頂かないと、不平等です」
ミンティアは、靴を磨く手をとめて、私の目を一心に見て話す。
「私がお金持ちだから、羨ましくて、愛してないカールを奪ったということ?」
予想外の話しに、動揺していた。手が震え、目が泳いでいるのが、自分でもよくわかる。
「そうかもしれませんね」
ミンティアは、私の質問に、同意とも不同意ともつかぬ、謎に満ちた目で笑い、また靴を磨き出した。