第7話
ミンティアは、それ以上は何も話さず、靴磨きの続きに戻った。
何かを聞きたいのに、ミンティアから発せられる拒否のオーラが強くて、何も口に出せなかった。
(私は、怒ってもいい立場よね?なぜ、何も言えないのかしら)
「終わりました」
ミンティアは、靴磨きが終わると、機械的に道具をしまい始める。
青い目と筋の通った鼻、女性らしからぬ太く、真っ直ぐな気高い眉根。
無表情で、何の感情も読み取れなかった。
「いくらかしら?」
「100セントです」
「100セント?そんな安くていいの?」
あまりにも安値だった。膝をついて、汚い靴を磨くんだから、5000セントは払ってもいいのに。
「あなたにとっては安いかもしれませんが、私たちにとっては、3日は食べられる大きなお金です」
ミンティアは無感情に言い、手を伸ばしてくる。借金だらけとはいえ、伯爵家とは程遠く、乞食のようだった。
「こまかいお金持ってないから、1000セントでいいかしら」
「おつりはありません」
「おつりはいらないわ」
ミンティアの掌に1000セントをのせる。
「ありがとうございます。生まれてくる赤子の服やミルクを買うお金にします」
ミンティアの固い表情は、少し緩み、一瞬だけ笑顔が浮かぶ。
生活は、かなり苦しそうだった。
ミンティアは、お金を受け取ると、大事そうに懐に入れ、次の客をつかまえようと、私から離れて行った。
帰りがけに、二人のアパートをのぞいてみた。鍵はかかっていない。木製のドアは、簡易で、すぐに人が入ってこれる。
6畳一間に、小さなコンロ一つと、水場が備えつけられた狭い部屋だった。
もう秋口に入ろうとしているのに、水場には、ゴキブリの死骸が横たわっている。
カールはいなかった。妻にこんな苦労をさせていて、どこに行っているのだろう。
そのままアパートから出て、家路についた。
道中、ミンティアの言葉が脳裏に蘇ってくる。
‘’あなたのものを奪えたから、後悔はありません‘’
‘’あなたにとっては、安いかもしれませんが、私たちにとっては、大きなお金です‘’
ミンティアは、カールを愛しているのではなく、私のものを奪いたかったのだ。
それは、私が上流伯爵家で、お金持ちだからなのだろうか。
考えてみれば、私はお金には不自由なく、好きなものを与えられ、小遣いは欲しいだけもらっている。
生まれたときから、環境が整えられ、姉のカミーラも何の疑問もなく同じように暮らしていたので、それが当たり前だと思っていた。
親のお金に頼るのは、間違っているのだろうか!?
貧困で靴磨きをして自立して生きるているミンティアが、気高く感じられる。
私は、自立できていない分、半人前なのだろうか。
もんもんと頭に疑問が生まれてくる。
カールを手に入れられても、あのような暮らしは、私にはできない。
私には、真実の愛ではなかったのかしら。
でも、グランデール伯爵に、許すように手配するのも、なんだか癪だった。
こちらは、結婚式当日に、カールに逃げられて、大恥をかいたのだ。
裏切られたことが許せないのか、恥をかかされたから許せないのか、わからなくなってくる。
うじうじ考えていても仕方ない。
私は帰るなり、一つの結論を出した。
親を頼らずに、生きてみよう!




