メイド no Stratagem
「ちょっ……これ、どういうことっ!? なんで敵が……」
「これは……」
一番乗りした信号三姉妹の三女、今日は青色の装備を着ていた少女が霞と化して消えた後――これはゲームであって、やっぱりゲームです。だからプレイヤーは死んだらホームポイントへ飛ばされるだけですね。ふ~、死んだのがNPCじゃなくて良かったです。NPCの場合は本当に死んじゃいますからね――後ろから押されるように屋内から外に出た俺達の目には、まず眩しい朝日が入りました。徹夜した瞳にじんわりと涙が滲み、急激に疲労が襲いかかってきます。そしてその後すぐに、まるで太陽風に押し戻されるように足が止まりました。
それもその筈。小さなスーパーの駐車場ぐらいはある入口広場は大勢の敵兵士さん達によってびっしり埋め尽くされ、全員が完全武装した状態でこちらへ武器を向けていました。剣は鞘から引き抜かれ、槍は前と突き出され、弓はいつでもこちらへと矢を射掛けられる体勢。少なく見積もってもざっと200人以上。弓の数だけでも軽く20以上。完全に包囲された状態でした。
「誰が射てと言った!」
「はっ! 申し訳ありません! 緊張で手が滑りました!」
「馬鹿者が! 今回は見逃すが、二度とするな!」
砦の出入口と思われる巨大な閉じた門の前で、精鋭兵と思われる一際屈強な鎧を着た兵士達。武器は構えず、巨大な盾を一列に並べ、如何なる者も通さず、という意思を示しているかのように微動だにしない重装歩兵さん達。
その彼等の前に立つ、指揮官らしき中年騎士。とても良く研かれている鎧は陽光を良く反射して輝いていました。その銀色の鎧には所々に紫色と金色の線が入り、他の兵士さん達とは明らかに違う容姿。その彼の口元にはにやついた笑み。先程のやりとりは明らかに始めから仕組んでいたのだとすぐに分かりました。
「ようこそ、漆黒の覇者ダークナイト・シュちゅルムカイザーX殿」
「……あ、噛んだっす」
「……噛みましたね」
「折角の窮地なのに台無しだろ、おい。責任者出てこい!」
「……」
あ~あ、シリアスな展開だったのにな~。策に嵌り、完全包囲され、誤射という筋書きで仲間を失い、絶体絶命の状況におかれた俺達は、たったその一回の失敗で一気にムードが冷めてしまいました。高い士気にあった敵兵士さん達も、なんか急激にやる気が落ちてますよ。あ、欠伸までしてる。まだこんな時間ですからね。それも仕方がありません。
痛恨のミスを犯した指揮官さんがプルプルと震えています。レイ君のパートナーであるお爺ちゃんみたいにプルプル震えています。これが武者震いだったらどれだけ良かった事か……。
「お……俺はこの砦の守備を任されているラズベリー・グレイコック。ようこそ、漆黒の覇者ダークナイト・シュちゅルムカイザーX殿。飛んで火に入る夏の虫とはこの事かな。さしもの貴殿でも、この状況を覆す事は出来ぬであろう。素直に降伏し、我等が軍門に降りたまえ」
「無理矢理押し通してきたっすね」
「しっ。レイ、そこは気が付かないフリをしてあげるのが大人というものですよ」
「私達、まだ子供ですけど?」
「大人の対応してやれよ。可哀想だろ」
「ミクちゃん、やられ損……折角、美味しい役ゲットしたのに……」
「貴様等、黙って聞いていれば好き勝手な事をほざきおって……どうやら、もう1人ぐらい殺してやらなければ身の程を理解出来ぬようだな。弓兵!」
射つの?みたいな顔をしながら、弓兵さん達がラズベリーを見ました。いやいや、いくらなんでもそれは興が削がれすぎでしょう。俺達、命をやりとりをしてるんですよ?
などと思っていたら、弓兵さん達が本当に矢を射掛けてきました。でもなんか仕方なしにといった感じです。弦を限界まで引き絞っていないので、矢はそんなに速くありませんでした。それでも当たれば痛いんですけどね。心臓や脳天に当たればお陀仏です。
「おっと、そうはいかねぇぜ。俺達がいる限り誰にも当てさせねぇよ」
「喝! 俺もみんなを守るっす!」
「上のは任せて! ミッキーは守れなかったけど、ピヨコンだけは何としても守り通すから!」
「あねき……私は?」
「ミニーちゃんは自分の身は自分で守れるでしょ。ほら、ちゃっちゃと射っちゃってよ」
「あまり刺激したくないんだけど……矢を撃ち落とすだけなら良いかな?」
屋内から出た所で半円の密集陣形を取る俺達に降り注ぐ矢、矢、矢。真正面からの矢も放物線を描いて落ちてくる矢も、すべて盾職3人が防ぎます。守る範囲は広いので物理的に考えるとまず無理だけど、そこはゲームクオリティ。MPやSPを使って物理結界盾を作ったり、盾をブーメランのように飛ばして矢を蹴散らしたり――使い方間違ってません?――矢の軌道を自分の方へと来るように変えるという奇術を使ってみたりと、様々な方法で敵の矢を全て防いでいました。ついでに、弓職の少女も一本一本丁寧に矢に矢を当てて撃ち落としていました。ほとんど曲芸です。
ちなみにもう一人いる盾職のおじさんは、砦玄関の入口を塞いでいます。巨人NPCさんと協力して重厚な扉を閉めた後、二人で重しになっています。体重を増やして踏ん張るスキルを使っているようです。
「ほぅ……流石に少しはやるようだな。だが、どれだけ頑張ったところでこの数の差は覆せまい。一斉攻撃を仕掛ければそれだけで終わる。それが理解出来ぬ貴殿ではなかろう?」
美味しそうな名前をしているのに実際には食えないラズベリーが俺に話し掛けてきます。別に俺、何も命令してないんだけどね。ここまできたら俺はやることないし~。
……いや、ありましたね。陣形を半月陣形にしておきましょうか。見た目そのままでっす。これでレイ君達も少しは楽になる筈です。
「ラズベリー卿、もし僕達が降伏したとして、その後の処遇はどうなりますか?」
「うん? 何だ貴様は。武器も持たずダークナイトの前に座っているところを見ると、捕虜の一人か」
「僕はシンと言います。お久しぶりですね、ラズベリー・グレイコック副司令官殿。牢では随分とお世話になりました。自己紹介をするのはこれで6度目なのですが、そろそろ覚えて頂けると助かります」
「ふん、捕虜ごときの名前をいちいち覚え……ぬぅっ!?」
随分とお世話になりましただぁ? ぁあ? 貴様、俺のシン君にいったい何のお世話をしたと言うのですかぁ? 事と次第によっちゃ、生きている事を後悔させてあげますよ、ぁあ?
「くっ……なんというプレッシャーだ。これが伝説とまで呼ばれる者の実力なのか。まさかこれほどとは……ミネバ様と同格、いやそれ以上か!?」
……っと。ついカッとなってしまいました。この鎧、なんか感情的になるとそれを増幅して妙な気を飛ばしちゃうんですよね。だからいつも平静でないと敵味方区別なくプレッシャーを与えて押し潰しちゃいます。これ、やっぱり呪い効果なのかなぁ。狂戦士さんとかが着たら物凄く大変な事になりそうです。
ちなみに今のはラズベリーのみにピンポイントで感情をぶつけていたので、被害はあまりありません。攻撃線上にいたシン君だけがちょっと精神的にダメージを受けていました。御免ちゃい。
「ダークナイトよ。その力、俺のために役立てる気はないか?」
「……それは、もしかして僕達に帝國へ寝返れという事でしょうか?」
「俺が欲しいのはダークナイトただ一人。貴様等に用はない。それと、俺はダークナイトと話をしているのだ。雑魚は引っ込んでいろ」
「ダークナイト氏はとてもシャイな方でして。戦場で命令を出す時以外には、誰一人その声を聞いた者はいません。ですので、僕は代弁者だと思って下さい」
もう3度も声を出してしまいましたけどね。その時にはシン君はいませんでした。
「ふむ……噂は本当だったということか。良かろう。貴様、名を何という」
「えっと……また名乗らないといけませんか?」
「名乗る気はないか。それも良かろう。これから死ぬゆく者の名など覚えても仕方がないからな」
「……なるほど。どちらにしても、僕達に生きる道はないと」
「敵国の砦に攻め入っておきながら無事で済まされると思っているのか? それに、帝國の法では牢から脱走した者は皆死刑だ。つまりここは貴様等の処刑場でもあるという事だな」
「最初から僕達はダークナイト氏を釣るための餌だったということですか」
「ほぅ……それに気付ける程度の頭はあるという事か。殺す前に貴様の名前ぐらいは聞いてやろう。名乗るがいい」
「……」
困ったシン君が顔をポリポリ。これ、挑発と受け取って良いのかな? それともただ単に物覚えが物凄く悪いだけです?
「あー、あー。ちょっと聞いても良いっすか?」
「なんだ? 時世の句でも聞いて欲しいのか?」
「いや、そういうのはあと50年ぐらいは詠む気ないっす。聞きたいのは、どうして俺達の襲撃がばれたかって事なんすけど。まさか毎日ずっと網をはってたんすか?」
シン君が捕まったのは昨日。俺達がシン君の救出作戦を決行したのは今日。なので、俺達の感覚からすれば昨日の今日なので、それは別に不思議じゃありません。でもこの世界は現実の時間の流れとは異なります。リアルで1日過ぎれば、こちらの世界では3日が経ったことになります。
それに加えて、夜に行動を起こすだろうと山勘はったとしても、夜中の間ずっと起きているというのは大変です。にも関わらず、用水路にはそれなりの数の兵が配置されていました。見回りする程度の兵数ならば兎も角、あの数の兵を配置していたという事は、今日このタイミングで俺達が救出作戦を決行するという事が分かっていたという事になります。
用水路の情報が敵に漏れていたとしても、今現在劣勢にある皇国にとってこの砦はそれほど重要な拠点ではありません。中長期的に見れば西の穀倉地帯を取り戻すことで兵站が確保出来ますが、マスコンで手に入る戦績ポイントを消費して受ける事が出来るミッションは南から攻めてくる帝國軍の拠点攻略に重きを置き、この西の砦には低い報酬しか出していません。つまりそれは、皇国にとってやはり重要でない事の裏付けになります。
にも関わらず、守りやすく攻めにくいこの砦に十分すぎるほどの兵を集めていました。昨晩、リアルのシン君に聞いた情報では砦に詰めている敵の数は少ないとも聞いています。3日も経てば状況は代わるとはいえ、だからといって襲撃を予想して明朝に兵を配置しておくなどというのはちょっとおかしいですね。
そもそも、ダークナイトである俺が、戦争を放棄してまでシン君救出のために動くという情報はいったいどこから知ったのでしょうか? たまたま混じっていた、にしては用意周到すぎます。かと思えば、牢には見回り兵士の姿すらなく、まさにどうぞ連れて行ってくださいと言わんばかりのもぬけの殻……いや、用水路を突破したらモンスターの大軍によって用水路を塞がれたというのが策だったとするなら、初めから牢屋に捕らえていたNPCは全員殺す予定だった? 俺達に捕虜を救出させて、処刑してもいいという口実を作ったとも考えられます。もしそうだとするなら、この副司令官は平気で捕虜を虐殺しようと思うゲスという事になります。
最初にわざと誤射の演技をしたということと、思い切り口元にゲスな笑みを浮かべていた事からしてその可能性は高いかもしれませんね。うん、人間のクズです。殺しちゃっても良いNPCさんです。というか、殺される事を前提とした設定をされているNPCさんなのかな? だとしたら気兼ねなくサクッとやっちゃいますけど~。
「何を馬鹿なことを。空から隕石を降らせておいて気付かない訳がなかろう。普通、あれだけの音を出されれば皆飛び起き、襲撃を予想して鎧を着込むぞ」
「……ああ、そういえばそういう予定だったっすね。すっかり忘れてたっす」
うん、俺もすっかり忘れていました。襲撃開始時刻はかなり前の事です。予定では隕石を降らすのは丑三つ時……つまり、午前2時ぐらいです。用水路の中での第三クォーターが開始されたのはそれよりほんの少し前のこと。マリリンがフライングしましたからね。しかし用水路の突破に少し時間が掛かっているので、砦への突入のタイミングは予定より後ろにずれました。
「じゃ、なんで地下の用水路に兵が配置してあったんすか?」
「兵だと? ……いったいなんのことだ。誰か知ってるいるか?」
「はっ。ミネバ様主導により、数日前より地下用水路の探索が行われております……まさか、お忘れになられたのですか?」
「……ああ、そうだったな。うむ、確かそうだった」
その反応、忘れていましたね。どうやらとっても忘れっぽい御方のようです。なら、このラズベリー相手にあんまり勘繰っても仕方がなさそうですね。うん、無駄に考えすぎました。
「ただ、地下用水路の攻略はかなり難航していまして……大量のモンスターが蔓延っているため、ここ数日は掃討作戦で四六時中ずっと兵を配置していた模様です。先日の報告では、ようやく砦から近い部分の占拠に成功し、モンスター達が戻ってこないよう陣取って縄張りを主張しているとの事でした」
縄張り主張って……ゲーム的に言うなら、陣地占領度を100%にするために待機し続けていましたって事かな? あれ、そうなると……。
「しかし、この者達が本当に用水路を突破してきたという事は……」
「報告がなかったということは、部隊は全滅か。貴様等を殺す明確な理由が出来たな」
え~と……報告、忘れちゃってるだけじゃありません? あ、他の人達もなんか初めてそれを知りました的な感じでショックを受けてます。てか、どんどん士気下がっていくね、貴方達。それもこれも副司令官殿の能力の賜です?
「んじゃ、なにか? 後からやってきたモンスターの大軍はあんたらの作戦じゃなく、俺達が帝國兵を蹴散らしてしまったことでモンスター達が一斉攻撃を仕掛けて来たってことか?」
「そうなると、用水路に入ってすぐの頃に襲い掛かってきたモンスター達は、大規模な攻勢を仕掛けるための威力偵察の斥候か何かだった可能性がありますね」
「なんだと? だとすれば、貴様等がやってこなくとも部隊は全滅していた可能性があったということか」
うーん、それはどうでしょうね~。俺、伝令を潰すよう心掛けていましたから。最後の最後には伝令さん達をローレライの歌声ならぬ魔のBGM渦潮で引き寄せて倒しちゃいましたし。モンスターさん達だったら伝令さん達まで倒せなかったんじゃないでしょうか。そして伝令からの報告もきっと貴方達の耳に入っていると思います。
うん、俺は悪だね。まぁその罪は全部ダークナイトという伝説の存在になすりつけちゃいますけど。ぐーりぐーり。
「だが貴様等が俺の部下を殺した事実は変わらぬ」
「俺達はほぼ全員、ミネバ様の部下だけどな。グレイコック様はただ兵を一時的に預かっているだけで、ミネバ様が帰還すれば誰もあんたの言う事は聞かねぇよ」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、なにも」
ああ……士気が下がりすぎて無駄口や上官批判まで叩き始めましたよ。結構嫌われているんですね。
ちなみに、俺は別に地獄耳じゃありません。ちょっと口を読んだだけです。読心術というやつでっす。
昔遊んでたVRゲーム内で面白半分に習得したVRスキルです。リアル読心術とは違って、対象の唇に強く意識を向けるとあら不思議、対象が喋っている言葉が勝手に脳の中に思い浮かんでくるのです。あ、妄想じゃありませんからね。例えるならデータの窃盗にあたります。つまりこれ、盗賊系のスキルです。あれ、これって読心術って言いません?
「そして、貴様等は大変に運が悪かった。ここにいる者達は、もう少しでこの砦を出て王都へと向かう予定だったのだ。今暫く身を潜めてさえいれば、貴様等だけは助かったというのに」
「? それはどういう意味ですか?」
「なに、砦にいる兵のほぼ全てを外に出すのだ。ならば残っている者達に余計な負担を掛けぬよう、無駄飯食らいの邪魔な捕虜は片付けていった方が何かと楽であろう。わざと脱走させて、出発前に兵達の士気高揚のために最初からここで皆殺しにするつもりだったのだよ」
「なっ!? 捕虜を虐殺するつもりだったのかよ、この野郎!」
うわ……非道を通り越して悪道ですよ、それ。
「都合良くミネバ様が出払ってくれた御陰でスムーズに事が進むと思っていたのだが……まぁ予定外の客が現れはしたが、事前に見つかるという愚行を犯してくれた御陰でこうして包囲する事も出来ている。この国の伝説的な存在と一緒にな。やはり、皇国の天馬騎士と空の赤い悪魔のいるところにダークナイトは必ず現れるというのは本当だったか。ここで待っていて正解だった」
「この砦から兵を出すのですか? それはつまり、皇国を本気で落としにかかるということでしょうか」
「それを今頃知ったところで貴様等には何も出来ぬよ」
「砦の部隊を足止めしてる時点で十分役になってると思うっすけど……」
「足止め? 何を勘違いしている。元々、我々は捕虜をここで始末する予定だったと言っただろう。むしろ予定していた時刻よりも少し早いぐらいだ」
「させませんよ。ポチは殺させません」
『主、私の名はポチではなくアーヴュルウュというのだがな』
『可愛くないので却下です』
「世迷い言を。この状況をどうやって覆すというのだ。まさかこの期に及んでダークナイトの神懸かり的な戦術で切り抜けられるとでも?」
『アーヴルウって呼びにくいっすよね。俺のセヴァチャンとは大違いっす』
『間違っている、間違っているぞ。私の名はアーヴュルウュだ』
『アーちゃん良いな~。私もワンコにすれば良かったかな~』
『ぴよっ!?』
「貴様等に打つ手はない。どう足掻こうと貴様等は全員ここで果てる。そして、ダークナイトという頼みの綱を失った皇国もすぐに落ちる。今日にでもな」
「そしてあなたはこの戦で最大の功績を得る。ダークナイトという最大の障害をこの砦に誘き出し、討つことが出来るのだから」
「ほう、分かっているな。もっとも、俺としてはダークナイトが我が軍門に降ってくれた方が助かったのだが。ダークナイトがいようと皇国など帝國の戦力を以てすればいつでも落とす事は出来た。だが、優秀な将はそう簡単には手に入れる事は出来ない。貴様等、この間の戦で討ち取った将がいったい誰だったか知っているか?」
『ぴよぴよ!』
『あーもう、分かった分かった。あとでジャイアントミミズとってきてあげるから機嫌なおしてピヨコン』
『ぴよ♪』
「生憎と知りません。帝國の将は数が多く層の厚いうえに皇国は情報収集能力が低いので、なかなか敵将の情報が入ってきません。それでも戦争初期の頃は情報があったのですが……」
「そこにいる化け物の手にかかれば誰が来ようと関係がないからな。もちろん、我が帝國もそのつもりで功を焦り失っても痛くない将ばかり送り込んでいたがな。あの戦以外は」
「さぞや名のある方だったのでしょう」
「名は、まぁそこそこだろう。だが、戦上手の将だった事は確かだ。この十数年、彼の老将が戦で敗北したと聞いた事はなかった。個人的には好きではなかったが、それでもいなくなると寂しいものだ」
『私の名はアーヴュルウュ。ア・ー・ヴ・ュ・ル・ウ・ュだ』
『アーヴルユ?』『アヴュユルウ?』『アーヴュルっ!? うげ、舌噛んだっす』
『念話に舌は関係ないのだが……』
『心の舌っす』
『舌の心? ……はっ、まさか下心っ!? ユダちゃんに言ーつけてや~ろっと』
『勘弁してくれっす』
「奴は死に場所を求めていた。戦という名のな。ふん、ダークナイト、貴様には感謝しているぞ。貴様が奴に引導をわたしてくれた御陰で今の俺がある訳だからな。まさかその上、自らの首を差し出してくるとは思わなかったが」
「もう首を取ったつもりでいるのですか。例え勝てなくとも、あなた方の守りを突破してこの砦から逃げる事はまだ可能です。もちろん、その際には多大な犠牲を強いる事になりますが」
「クククッ。言葉だけならなんとでも言える。貴様は代弁者だと言うが、その言葉は本当にダークナイトが思っている言葉なのかな? 違うだろう?」
「……違いますね。正直、僕はこの人がいつも何を考えているのかよく分かりません。せめて顔だけでも見えていれば、表情から察する事が出来るのですが……」
「案外、中身は亡霊かも知れぬぞ?」
『!? 聞こえない聞こえない、何にも聞こえないっす~』
『ぬっ、危ない! ……急にどうした。守りが薄くなっているぞ』
『ああ、御免なさい。レイは幽霊がとても苦手でして』
『暫く私が矢を防ぎますね』
『つーか、いつまで彼奴等はお喋りしてるんだろうな。殺るなら殺るで、サッサと始めてくれりゃあいいものを。好い加減、疲れてきたぜ』
『それは敵の弓兵さん達も同じみたいだね~。なんかかなりへとってるよ~?』
『私もちょっと疲れたから休憩するね~。あ、スキル熟練度が意外にあがってる。やっぱ矢を直接撃ち落とすとあがりやすいんだね』
う~ん、みんな自由だね~。すっかり緊張感がなくなってます。シン君の無事な笑顔を見る事が出来たのと、パートナーという新しいコンテンツが始まった事で少し舞い上がっているんですかね?
でも俺の予想では、このミッションに失敗したらどっちもふりだしに戻る気がします。シン君は死んだら強制的に変えられているどこかのホームポイントに飛ばされてまた捕虜生活に舞い戻りそうですし、NPCは死んだらそれでお終いです。
となると……やっぱり俺が頑張らないといけないのかなぁ。用水路の戦いでもうお役目御免だと思ってたのに、なんだかまだ出番がありそうです。
後ろにいるあの御方も、どうやら……みたいですし。
「あの、ラズベリー様?」
「ん、どうした。まさか皆殺しにするのに怖じ気づいたとでも言うのか?」
「いえ、そういう訳では」
『怖じ気づいてないんすね……』
『ふん、兵士の鏡だな』
『褒め言葉になってませんよ』
「そろそろ矢の備蓄が尽きてしまいそうなのですが……」
「矢が無ければ石を投げれば良かろう」
『えっ、パンがなければお菓子を食べればいいノリ!?』
「はぁ。どちらにしても、彼等に対し弓矢の攻撃だけではほとんど被害を与えられそうにありません。ですので、そろそろご命令を」
「そうか。御前達も早く奴等を殺したくてウズウズしているということか。仕方がない奴等だ。良かろう。そろそろ俺も奴等との会話にも飽きていたところだ。彼等にはご退場願おうか」
「……」
別に彼は俺達を殺したくて進言した訳じゃなさそうなんですけどね。部下の心、上司は知らず。上司の心、部下は理解出来ず。これで副司令官なんだから、上官のミネバという人の能力もたかが知れていそうです。
「ダークナイトよ、最後に何か言い残しておきたい事はあるか?」
『ダークナイト氏、腰の武器をお借り致しますね』
『お? シンも戦うっすか?』
『……ほとんど賭けのようなものですが、上手くいけば敵を一時的に混乱させる事が出来るかも知れません』
『無茶はしないでくださいね。シンさんの命はもうシンさんだけのものではないのですから』
『分かっています』
「……そうか。何も言うことはないか。潔いことだ」
『あれ? シンって剣使えましたっけ?』
『使えません。振るう事ぐらいは出来ますが、剣関連のスキルは取っていませんのでほとんど鉄の棒と同じですね。恐らく何も斬る事は出来ないでしょう』
『盾にでもなるつもりですか?』
『それはレイにお任せ致します。僕の役目は……』
「では、殺れ」
そして、ミッションは第五クォーターから第六クォーターへ――砦内の隠密行動から、激闘の副将戦へと進みました。




