真 to Assassin
「では、殺れ。七草」
「拙者の名はニャにゃくさにゃ!」
言葉では熱く語っていたとしても、背後から叩き付けられた殺意はとても冷たいものでした。暗殺者ほど冷酷冷徹な殺意ではないものの、人を殺す事に全く迷いのない凍えるような戦慄。背筋に悪寒が走る。そして、間髪入れず俺の首目掛けて走る冷たい刃。
ほぼ零距離から居合い斬り。黒馬ヴェルシュナイツァーの尻部の上で立つという不安定な体勢にも関わらず、背後にいた侍少女は刀の濃口を切り、殺害対象である俺の首へ凶刃を……。
「させません!」
数瞬を分けた勘の冴え。最も早くそれに気が付いていたシン君が、フライング気味に闇色の刃を俺の首目掛けて突き出す。僅か一瞬遅れて回避行動を取った俺の首筋、その場所を守っている鎧金属に沿って防御無視効果を持つ凶刃が、侍少女が放った斬撃の軌道に割り込む。
直後、音叉を打ったような鈍い金属音が響き渡りました。
「にゃにゃ!? 拙者最速の居合い斬りに反応するとは、なかなかやるにゃね。流石は拙者が見込んだ武士にゃ!」
「危なかった……まさかニャにゃくさ氏が本当に敵側だったとは」
危なかった……まさかシン君が思い切り俺の首を真正面から剣で突いてくるとは。恐らくシン君はちゃんと首の横を通るように剣を突いたつもりなのでしょうが、剣系のスキルを持っていない事で手元が狂ったのだと思います。ぞぞぞっと背筋に悪寒が走らなければ、回避行動が間に合いませんでしたよ。いや、本当に危なかったです。
この闇騎士の鎧とセットでついている闇騎士の剣は、攻撃力がまるでない代わりに絶対防御無視という超危険な特性を持っています。その特性の御陰で、どんなに堅い鎧でも刃筋を通せば関係無く突き抜ける事が出来ます。ただし斬れ味は前述の通り皆無なので、普通に斬られただけならダメージをあまり受けません。ほとんど殴られたようなものです。普通に斬られただけならば、ですが。
例え竹刀であっても突きは非常に危険な技。特に喉仏への突きは危険です。だから止めましょう。先が尖っている剣なら尚更です。回避間に合って良かった……。
「パートナーが裏切ったっす!?」
「元々、ニャにゃくさ氏は僕のパートナーじゃなかっただけの事です。そもそも虫が良すぎました。地下牢から兵士がいなくなった時点で何か裏があると思っていたのですが、ラズベリー卿との話でようやく繋がりました。僕達が牢から逃げ出すためには誰かの助けが必要です。たまたまなどという事は普通ありえません。それに、そもそも彼女には危険を冒してまで僕達を助ける理由などありません。皆で逃げるよりも一人で逃げる方が楽なのは言うまでもないでしょう」
「にゃはは、ばれちゃってたにゃね~。主、どうしますかにゃ~?」
「知れておろう。失敗すれば殺すと言った筈だ。俺は優しいからな。だからもう暫く待ってやる。何が何でもダークナイトの首を取れ」
「うう……世知辛い世の中にゃね。そんなに御飯をすり替えたこと、怨んでるにゃか」
「飯を入れ替えたってのは嘘話じゃなくて本当に実行済の話だったのかよ」
「という訳だから、そのお命頂戴致しますにゃ」
「させませんと言った筈です!」
ニャにゃくさの刀が弾かれ、シン君が闇騎士の剣を引く。間髪入れず、刀が風を斬る音が鳴る。と同時に、正面から再び突きの一撃が俺目掛けて、文字通り瞳を刺し貫かんと鋭い切っ先が高速で迫ってきました。
……この剣、高い命中補正でも入ってるのかなぁ。剣スキルがなくて手元が狂ったにしては狙いが正確過ぎまっす。もう一度首を傾けて突きの軌道から逃れました。
再び耳元で音叉のような不協和音が鳴り響き鼓膜を揺らす……だけでは終わらず、シン君が俺に体当たりするようにぶつかり侍少女に肉薄。
「釘掌打!」
「にゃっ!」
俺にも肉薄していたシン君の身体越しに衝撃が伝わり、それと同時に背後にあった気配が後ろへと遠のいていきました。技の名からして、たぶん掌底打ちによる打撃技ですね。見えないので勘です。
弾き飛ばした侍少女を追って、シン君が俺の着ている鎧兜に手をかけ俺の膝を踏み台にして跳躍。振り返ると、侍少女がレイ君の頭を踏んでジャンプするところでした。
「先に邪魔者を排除する必要がありそうにゃね」
「いでっ」
「相手に取って不足無し。お相手致しましょう」
足場にされたレイ君を蹴り倒し跳躍した侍少女が空中で猫のように一回転。遠心力をのせた一撃をシン君へと鋭く撃ち降ろす。
空中でその一撃を剣で受けるシン君。しかし攻撃に耐えきれず地面へと向けて急加速。その先で体勢を崩し今にも倒れそうにしてたレイ君の身体の上に着地。
「ぶげっ」
「まだまだっ!」
「うぎゃっ」
トゲトゲしているレイ君の鎧が地面に激突。そのトゲに若干ダメージを受けながらもシン君は気にした様子なくレイ君を踏みしめて再び空へと跳びます。
地面にトゲがめり込むほどの衝撃を受けたレイ君。その上空で再び2人が激突。侍少女が両手で握った刀で斬撃を放ち、それを跳躍の力を上乗せした闇の剣で撃ち弾きます。と、そこで侍少女が空中で移動しました。は?
「秘技、空中闊歩にゃ~」
「ならばこちらも。飛翔脚破!」
普通なら驚くところ。しかしシン君は予想していたのか一切動揺せず、侍少女を追ってシン君も空中で跳躍致しました。
「飛んだ!?」
「……は?」
空中闊歩という謎技を連続使用しシン君から一度距離を取り、高度をあげて再びシン君へと斬り掛かろうとしていた侍少女目掛けてシン君が加速します。
「気功硬・飛燕脚!」
そして侍少女の斬撃を、シン君は空中回し蹴りで迎撃しました。刀刃を、蹴撃で迎撃です。
うーん、やはりこの世界はゲームなんですね。さっきから凄いものばかり見ています。
「にゃっ! 拙者の刀が!?」
カーンという鐘を打ち鳴らすような音を響かせながら侍少女の刀を蹴り弾いたシン君がそのまま更に回転。驚く侍少女の身体に後ろ回し蹴りを叩き込み、そのまま地面へと向けて蹴り落としました。
「味な真似をするにゃね。それでこそ拙者が認めた好敵手にゃ!」
「きゃあっ」
その先にいた黄色い全身鎧を着た少女――信号三姉妹の次女を踏み台にして再び空中に躍り出た侍少女が、まるで階段をのぼるように空中を駆けてシン君のいる高度へとあがっていく。
「やはり僕には剣はあいませんね。これはお返しします」
そう言葉を返したシン君が、手に持っていた剣を俺へと向けて投擲。真っ直ぐ男の急所目掛けて飛んでくる闇騎士の剣。わっ、あぶっ。ヴェル君のお腹を蹴って回避しました。
標的から外れた剣が鍔まで地面に突き刺さり止まります。防御無視の効果は大地にも影響するようですね。こわ……。
その光景を見届けることなく、シン君が空中で後転。上下が逆様になった所で天空を蹴る。
「気功硬・双手刀!」
「天翔斬・居合い断ちにゃ!」
3つの刃が交差し終わった時、二人は90度角度を変えて弾かれるように離れていきました。しかしその距離はすぐに空中ジャンプという物理法則を無視した技によって零へと返され、再び二人は空中で切り結びます。
侍少女は刀で、シン君は気功硬という不思議技で一点防御した部位による生身の身体で十合、二十合と攻撃を重ねていく。その光景を、地上にいるほとんどの者は呆気にとられた様子で眺め続けていました。
「シン、いつの間に雑伎団に入ったんすかね……」
「あれは武闘スキルでしょうか? でも、今までシンさんがそのスキルを使うのは一度も見た事ないのですが……」
「捕まってる間、暇だったからスキル総入れ替えでもしたんじゃねぇか? じゃないとありゃ説明つかねぇぞ。気功硬とか空中ジャンプとか、武闘スキルの中にある技扱いじゃなくて、確かスキル枠1つ潰しちまうスキルだぞ」
「あっ、あの技見た事ある。友達がクエスト達成で解放された派生スキル覚えた際に見せてくれた技だ。あれ、解放条件かなり難しかったと思うんだけど」
「さしずめ、新シンっすね」
「語呂悪いのでその呼び名は却下です」
「つーか、誰かあいつらが空飛んでる事につっこめよ」
上段から振り降ろされた刀を空中垂直蹴りで迎撃したシン君が、返す足で踵落としを放ちます。空中闊歩で後ろに下がる侍少女。その手に握られた刀が一度鞘に収められる。
鞘に収められた刀。当然、その次にやってくるのは強烈な居合い斬りの刃。
通常の斬撃であれば気功硬で固めた腕で受けきれると思いますが、流石にその斬撃はまともに受けると危険と判断したのか、シン君は咄嗟に身体を仰け反らせて回避する事を選択しました。
空中マト○クスを決めたシン君のお腹の上と眼前を侍少女の放った凶刃が刹那の間に通り過ぎます。マト○クスならばそこから腹筋の力を身体を起こすところ。だけど空中故か、それとも単純に腹筋が足りないだけか。シン君はその選択肢は選ばず、飛翔脚破を使って地面と水平に跳びました。
そのシン君を追って侍少女が空中闊歩。鋭い踏み込みを空中で繰り返し、シン君が体勢を立て直す前に刃を振るう。しかし僅かに間に合わず。再び飛翔脚破を使って急加速したシン君の身体が、追いついてきたばかりの侍少女をその場に置き去りにして離れていきます。但し今度は重力に引かれ、斜め下方へと向かって。
「あ、降りてきまちたね」
「だな。だが、この方角……次は俺の鎧を踏み台にする気か?」
「あ、ビンゴ」
「ぐっ……まぁ別に良いけどよ。つーか、あの二人、地上に降りたら負けとか、妙なルール作って遊んでないか?」
「あ、猫さんの足場はダークナイトさんみたいですね。避けちゃダメですよ」
避けませんよ。中身はどうあれ、美少女侍に踏まれるなんて光栄な役割、回避したらもったいないじゃないですか。
ぐっ。
……いくら鎧兜で守られているとはいえ、流石に顔は踏まれたくなかったなぁ。でも何気に眺めが良かったです。次も是非ウェルカム!
「剣閃・翡翠断ち!」
「気功硬・烈破破衝掌!」
線の攻撃を半球の衝撃波で防御したシン君が、続けて拳で殴ります。それを侍少女は鞘で受け、空中闊歩で一歩下がったのちに反対の手に握った刀を振るう。だが既にシン君の身体はその場にはなく、飛翔脚破で離脱した後でした。
空中闊歩が小回りのきく空中ジャンプとすれば、飛翔脚破は速度重視の空中ダッシュと言ったところでしょうか。連続使用が可能な空中闊歩は速度を出すためには何度も空中を蹴る必要があり、もしくは高度を一度取って重力を利用して加速する必要があります。その点、飛翔脚破はどの方角に進むにしても高い初速を得られる代わりに、明らかにクールタイムが存在するうえに小回りがききません。
次第に2人の空中戦は探り合いから互いに長所を生かし相手の短所を狙う攻防へと切り替わっていきました。ヒット&アウェイ戦法と、肉薄した状態から飛翔脚破による高速度高威力攻撃を叩き込もうとするシン君。対して侍少女は小刻みに位置を変えシン君の攻撃を誘いつつ空で躍るように次々と斬撃を叩き込んでいきます。その斬撃を、シン君は気功硬によって適確に防御し、または攻撃手で迎撃。そのたびにフライパンの裏をお玉で叩いたような奇妙な音色が周囲に鳴り響いていました。
「シン、楽しそうっすね~。今日はずっと出番もなく牢屋に入りっぱなしだったっすからね~」
「いえ、たぶんあれはリアルで貯め込んだストレスを発散しているだけだと思います。珍しく寝る前に愚痴ってましたし」
「あ、シンさんとユリリンは今日は私の家にお泊まりしてるんですよ」
「そうなんだ」
「あ、良いな~お泊まり会。今度、私達も泊めてよ~」
「それは別に構いませんが、一応先に親御さんとカズミちゃんの両方に許可を取ってからにしてくださいね」
「ん? なんでカズミン?」
「一応、家主なので」
「そういえば私達が最初にお泊まりした後、カズミさんとパパがリアルバトルしてましたね。あれって結局、何が原因だったんですか?」
「それは話せば長くなるので、また今度で」
「じゃ、お泊まりした時にその話、聞かせてね~。絶対だよー」
「はい。約束です」
「シンのストレスの原因っすか~。なんか思い当たる事がありすぎて困るっすねー。全部カズミ関連っすけど」
「……貴様等、随分と余裕だな。この状況下で約束とは、余程死にたいと見える」
たまに地上に降りてきて誰かを足場にまた空へと舞い戻っていく2人。その戦闘を固形物タイプのプチポちゃん――お菓子バージョンでっす――をポリポリと鎧の中で食べながら眺めてると、ラズベリー副司令官殿が額に青筋を立ててこちらを見ていました。その声に釣られて敵味方半数以上の人が地上に視線を戻します。何人かは首が痛くなったのか、ちょっとコキコキ。あの戦闘は、砦の最上階辺りで観戦するのが良さそうですね。
「処刑されるところを助けてやったというのに、七草の奴は役に立たぬと見える。やはり兵を動かす必要があるか」
「お、ついにボス戦か? つっても、この数の敵も一緒に相手しなきゃならんからな。勝つのは至難の業か」
「ほらほらお母さん、そろそろ起きて下さい」
「ん……そろそろ血の時間?」
「安心しろ、血ならいくらで流させてやる。貴様等の血をたっぷりとな」
「その言葉、てめぇにそっくり返してやるよ」
「出来るか? この俺の血を流させる事が出来るというのか? 舐められたものだな」
「あなたの血、とても不味そう……こっちの黒い鎧着た人の血の方は、だんだん美味しそうに思えてきた。吸ってみていい?」
ダメでっす。この姿の時は吸っちゃいやん。味で俺の素性がばれちゃうじゃないですか。
「ふん、ここまでコケにされたのは初めてだ。良かろう。兵達の手でなぶり殺しにするつもりだったが気が変わった。貴様等は俺自ら殺してくれよう。雑兵如きとは格が違うという事を見せてやる」
「あ゛? 一人で俺達と殺りあう気か? いくらなんでもそりゃ俺達を舐めすぎだろう」
「ほざきおる。貴様も俺と同じ防御重視のタイプようだが、その程度の堅さでいったい何を守るというのか。本格的に帝國と戦を交えるつもりならば、せめて俺ぐらいの堅さはないと帝國の化け物達の攻撃には耐えられぬぞ」
「……なに?」
「光栄に思うんだな。ミネバ様の攻撃すらも耐えうる俺の強靭な盾を貴様等にも見せてやる」
そう言い放ったラズベリーの瞳がランと輝き、凶器を宿した笑みをその口に浮かべます。同時に、彼の背後にズラッと並んでいた精兵達が彼から距離を取り、砦入口の警備が若干手薄となりました。ちゃ~んす。
その好機に、しかしレイ君達は誰も動きませんでした。どうせイベント中だから強引に突破しても入口の門は開かないんじゃないかな~、っと思っている訳ではなく。牢から助け出したNPC達を含めレイ君達は全員、ラズベリーから発せられる巨大な闘気と禍々しい魔力にあてられ、固唾を飲んで動けないでいるようでした。
その様子を愉快そうに眺めながら、ラズベリーがブツブツと何かを呟き始めます。恐らく詠唱。それはすぐに完成したのか、彼は俺の方を見てニヤッと不気味に笑った後、盾の先端を大地に突き刺して力ある言葉を発しました。
「我が身に降臨せよ、魔導の騎士ザナルフェルト! 我が身の盾となり、御敵より我が身を守護したまえ! 召喚!」
瞬間。ラズベリーの背後に巨大な騎士が現れました。うぉ、ちょっと格好良いですよ。
半分透けている騎士は瞳を輝かせながらまるで憑依するようにラズベリーの身体に重なり、そして消えます。否。透明になって消えたのはラズベリーの方でした。まるで吸い込まれるようにラズベリーの姿が掻き消え、それとは反対に一時は消えかけた巨大騎士の姿が徐々に鮮明となってきます。
「おおぉ……マジでボスらしくなってきたな、おい」
「あんな事も出来るんすね~。やっぱマリリンみたいにレアスキル扱いっすかね?」
「もしくは上級職クラスにならないと使用出来ないスキルか何かですね」
「魔力を使っているところをみると、ただ単に盾職を育てるだけじゃ無理かも」
「あねき、一歩リード?」
「私、聖鎧着てるんだけど……どこからどう見てもレイ君みたいに禍々しくないでしょうが」
「俺も一応聖の方に偏らせて成長させてるんすけどね。この鎧は不可抗力っす」
「いや、説得力まるでねぇし。完全に魔の側に偏ってるとしか見えん」
降臨召喚?が完成したのか、巨大騎士がゆっくりと動き始めました。その右手には自身の身体ほどの大きさを持つ巨大な金属盾。砦の門よりも強固そうなその城盾を構え、巨大騎士が盾の後ろに収納されている剣を引き抜きます。ジャキン。
「さぁ、かかってくるがいい。俺を見事倒す事が出来ればこの砦より逃がしてやろう」
まるで極大スピーカーから鳴り響いてくるような声でラズベリーが挑発してきます。
「おっ、良いんすか? 約束っすよ?」
「相変わらずにほざきおる。俺も帝國貴族の端くれ、約束は守ろう。もっとも……」
「一番乗り、いきます!」
「あ、ずるい!」
シン君と侍少女の白熱バトルを見て高揚してしまい我慢が出来なくなったのか、センねぇちゃんが我先にと飛び出していきました。僅か数歩の踏み込みで零から一気にトップスピードへと至り、両手で握った薄水色の剣――水竜剣スイフィードセイバー改を巨大騎士へと振り降ろします。
「いきなり裏・秘奥義・断罪烈破斬!」
そして、相手の防御力が高ければ高いほど攻撃力があがるという必殺技を放ちました。この敵を相手にまさに打って付けと思われる秘奥義ですね。流石にその一撃で決まってしまうとは思いませんが、それでも大きなダメージを与えられるだろうとみんなは思ったと思います。
しかし――。
「貴様等は俺に掠り傷すらつけられないがなっ!」
「え、きゃぁ!」
水竜剣の刃は巨大騎士へと届く事はありませんでした。
巨大騎士が一喝。巨大な盾を地面に突き刺し、地響きと烈風と衝撃波を同時に巻き起こします。離れた場所にいる俺達にはちょっとした地面の震えとそよ風程度にしか感じられませんでしたが、間近にいたセンねぇちゃんだけは違いました。
まるで空気の壁に弾かれるように剣が押し戻され、遅れてやってきた烈風と衝撃波にセンねぇちゃんの身体が後ろへと吹き飛ばされるます。あ、危ない!
「きゃっ」
そのセンねぇちゃんの身体をヴェル君が空中キャッチ。
「あ、センが食われたっす」
頭をパクリと咥えて、落下によるダメージからセンねぇちゃんを守りましたよ。そしてそのままヴェル君ったらもしゃもしゃと口を動かして……コラコラ、食べちゃダメでしょう。ほら、吐き出しなさい。
ぺっ。
「うう……酷い目にあいました」
唾液塗れになったセンねぇちゃんが少し涙目になってみんなの元に戻っていきました。その頭に誰かが水の法術をかけてバシャバシャと。う~ん、慰めてあげたいけど、今はこの鎧を着ているしな~。ここはぐっと堪えましょう。
「一筋縄ではいかないようっすね。次は誰が行くっす?」
「ありゃ総力戦じゃねぇと無理だろ。てめぇら、そろそろ本気で行くぞ!」
「う~っす」
「……え? 本気出して良いの?」
「あ、前言撤回。作戦は、切り札温存でガンガン行こうぜだ!」
「ちぇ……」
「どこまでも巫山戯た奴等だ。だが、その余裕もいつまで続くかな? さぁ、かかってくるがいい!」
♪♪♪♪♪♪♪♪姪とオンライン♪♪♪♪♪♪♪♪
空の上で戦い続けてる2人を置き去りにして、ついにボスバトルが開始されました。
敵はたった一人。されどその堅さはどこからどう見ても折り紙付き。滅茶苦茶分厚い金属鎧と金属盾に守られた巨大騎士ラズベリー・グレイコック副司令官に、非戦闘系のNPCを除く総勢20余名規模のプレイヤー達が襲い掛かります。
周囲にいる敵兵士さん達が日和見を決め込んでいるのを良い事に、まずは盾職3人が前にズラッと並び、その後ろから矢や法術を次々と放っていきます。初撃から必殺の矢を放つ信号三姉妹次女、全員にバフをかけたのちにあまり多くない聖術による攻撃を行うユリアちゃん、同じく水の魔法を放つセンねぇちゃん。
あれ、そういえばダメージディーラーの導士系職の人がいませんね。脳筋戦士さんばっかりです。相性悪いなぁ。昔から鎧騎士には遠距離からの魔法でサクッとというのが定番なのに。剣も法術も使える人はいますけど、やっぱり本職の人達よりも法術火力は数段落ちます。
「ふっ、まるできかぬわ!」
予想通りというか、火力不足の攻撃は全てラズベリーが持つ巨大盾によって防がれました。しかしそれは皆分かっていたのでしょう。あれぐらいの火力ならレイ君でも一応防げるレベルですからね。
「いでっ」
溜め時間が必要な技の準備が終わったフレイヤちゃんが、レイ君を足蹴に跳躍。
「私の剣の錆となるがいい。必殺、ブラストブレイク!」
紫電をまとった剣でラズベリーの巨大盾を斬ります。
「おっ、雷系の技か。あれ、ピリピリして地味に痛ぇんだよな」
「どうでもいいけど、俺を足場にするとダメージ受けるっすよ。足場にするなら隣にいる2人にするっす」
しかしフレイヤちゃんの放った雷は避雷針効果で地面に逃げてしまいました。盾を大地に突き刺している時点で対策済でっす。発想は良いんですけどね~。あともう二工夫ぐらい欲しいです。
「なら水を被せて通電率をあげましょう。ウォーターウェーブ!」
「ウォーターウェーブ!」「ウォーターウェーブ!」「ウォーターウェーブ!」
一つ一つの威力は低くても4人同時となれば何とやら。見事に息のあった親子4人の法術によって地面からサブーンと人間大サイズの4つの波が現れラズベリーへと向かいます。波は途中で合流し、一際大きな波へと進化。サーフボードで波乗りしたくなる大波が、地上を不自然に滑っていきます。
しかし直前でラズベリーが再び一喝し、大波はバシャッといってこちら側に降りかかりました。冷たいな~、もう。
そんな絶妙な悪いタイミングで……。
「ライトニングアロー! ……あっ」
赤信号の次女さんがやっちゃいました。
アババババババっ。ビリビリ痛いです。相手が巨大サイズという事で斜め上に向けて矢を放った結果、ヴェル君に騎乗してるせいで矢から一番近い位置にいた俺に雷がカクッと曲がって襲い掛かってきました。
「ふ~、危なかった」
思い切り被害被ってるんですけど……何か俺に怨みでもあります? あまりおイタが過ぎると後でひぃひぃ言わせちゃいますよ、お嬢ちゃん。
「雷はダメだな。やっぱ力に頼るしかないか」
それを皮切りに、今度こそ巨大騎士ラズベリーに皆が殺到。前衛戦士さん達が飛んだり跳ねたりして四方八方から襲い掛かります。
ラズベリーの振るう剣を盾職さん達が順番に受け止め、守りに隙が出来た瞬間を狙って脳筋さん達が大技を叩き込んでいきます。たまに剣を受け損ない誰かが斬られて吹き飛ばされますが、すぐに後方から回復法術が飛んできてHP全快。あんな大きな剣で斬られても攻撃力は大したことないのでしょう。まともにズバッと斬られても即死だけは誰もしないようでした。
日本狼が足に齧り付き、巨大ひよこが盾にひよこキックをかまし、センねぇちゃんが鎧の隙間を狙って剣を振るい、たまにレイ君が巨大騎士の剣目掛けて体当たりして体勢を崩そうと頑張ります。しかしラズベリーの防御は予想以上に硬く、見た限りではほとんどダメージを与えていないようです。流石に言うだけの事はあるみたいです。
こういう時、圧倒的な火力を誇るマリリンがいれば、隕石法術でプチッとやっちゃえるんですけどね。といっても小隕石だと盾で受け止められそうですけど、全力全開で放つ天災級の隕石ならばきっと一溜まりもないでしょう。まぁその時には俺達も一溜まりもないと思いますけど。
そんな折、どこからともなくタッタッタッタッという誰かがどこかを走っている音が聞こえてきました。ん?
「隙ありにゃ!」
ないですよ、そんなもの。
謎の足音に耳を傾けていると真上から突然に振り降ろされてきた刀。ひょいっと躱し、お返しとばかりに足を掴んでシン君目掛けて放り投げます。あとお願いしまーす。
「天魔降旋風脚!」
「うにゃっ!」
まるで槍のような脚撃が侍少女の背中にジャストミート。空中で強制的に海老ぞりに仰け反った侍少女が悲痛な悲鳴をあげます。容赦ないな~。
しかし侍少女は持ち前の運動神経ですぐに身体を捻り、蹴りの威力を横へと逃がしました。あのままだと蹴られたまま地面に大激突ですからね。
「痛いにゃね! これはお返しにゃ!」
「くっ……あの体勢からこれほどの斬撃を放ってくるとは」
身体を捻った動作で刃を振り回してきた侍少女に、シン君は咄嗟に腕を十字に構えて受けます。再びフライパンの底をお玉で打ったような音が鳴り響きました。なんでこんな音がなるんでしょうね。音響担当さん、ちょっとお仕事間違ってますよ。
続けて襲ってきた凶刃を、シン君は受けきれないと判断したのか飛翔脚破による高速跳躍で回避。
「ちゃ~んす」
それを見届けた侍少女が口をにやけさせながら俺の方へと向き直ります。遠ざかっていくシン君の顔にはしまったという表情。
そんな折、またどこからともなくシタタタタタタッという謎の足音が聞こえてきました。音と言うより声? 耳を澄ませば徐々に近づいてきます。音源を探してチラッと視線を向けると、砦を囲っている高い塀、そこに三角帽子を被った謎の黒いシルエットが。
などとよそ見している場合じゃありませんでしたね。侍少女がにゃんにゃんにゃんと鳴きながら空中でスキップして近づいてきます。シン君は空の彼方。他のみんなは巨大騎士と化したラズベリーに殺到して奮闘中。つまり俺を守る人は誰もいないということ。
近くには非戦闘員のNPCさん達が20名ちょっといましたが、彼等に肉盾となれというのは酷でしょう。あとついでに、シン君が返してくれた闇騎士の剣はまだ地面に突き刺さったまま。まさかの大ピンチでっす。
「これで王手にゃ!」
さて、ここで問題です。王手というのは、それで終わりという意味でしょうか?
答えは否です。
王手というのはあくまで『次手で王の首を取る事が出来ますよ』という状況に過ぎません。それとは違い、チェックメイトというのは、早く言えば『これで終わりです』という意味です。相手を追い詰めた時に言う勝利宣言。将棋で言うと詰みになります。
つまり、まだ追い詰めきれていないこの状況下において、侍少女が口にする言葉としては実は正しかったりするんですね。うん、まだ俺は全然追い詰められていません。ただ単に敵将が単身で襲い掛かってきただけです。
なので、王手をかけてきた駒を退けるために、横から伏兵が飛び出してくる事もある訳です。
鞘に刀を一度収め、空中で居合い斬りに体勢を取った侍少女。しかし同時に、耳に聞こえてくる「ま~り~り~ん~」という謎の声。いえ、思い切り誰の声か宣言してますけど。
「奥義、天刃降りゅ……」
「キーーーーーックにゃーーっ!」
「ふぎゃっ!?」
今まさに最後の一踏みを行おうと、足を前に出し鞘から刀を引き抜こうとした瞬間。砦の塀から飛んできた謎の魔女が放ったキックが侍少女に見事命中致しました。
「じゃっじゃじゃーん。マリリン参上にゃ~!」
「マリリン!?」「マリちゃん!?」「嬢ちゃん!?」
「ブイ!」
俺の頭の上に着地してブイサインを決めるマリリン。見えませんけど。
「やっほ~、おまたにゃ~。上は何だか危ないお姉さんが守ってて突破出来なかったから、下を走って来たにゃよ~」
「マジかよ。単身でよく無事だったな」
「マリリンが来れば百人力ですね」
「これで私も120%の出力がだせます」
「というか、なんで語尾ににゃがついてるんっすか」
「うつっちゃったにゃ」
「いやいや、接触感染にしても空気感染にしてもうつるの早すぎるだろ」
「気にしない気にしないにゃ」
「うう……拙者はとっても気にするにゃ……」
あ、まだ生きてる。シン君の槍のようなキックに続いてマリリンのバズーカのようなドロップキックを受けてよく立ち上がれますね。もろに入ってましたよ。
「雑魚は放っておいて……」
「ざ、雑魚にゃ!? 拙者は雑魚なのかにゃ!?」
「天知る、地知る、我知る、人知る。私が来たからにはみんなの好きにはさせないよ! この砦は私が灰燼に帰す!」
「いや、言ってる意味わかんねぇって……」
「やっぱり、随分とストレス溜まってたんですね。一人だけ陽動作戦で、しかも自由に隕石を降らせられなかった事が相当きてるみたいです」
「何となく分かる気がする。たぶん今頃ミクちゃん寂しがってるだろうな~」
「兎に角、マリリンが来てくれて助かったっす。どうにも火力不足だったっすからね」
「ぐぬぅ……まさか空の赤い悪魔までやってくるとは。あやつら、まさかしくじったというのか」
さしものラズベリーもマリリンの隕石法術の威力を聞き知っているのか、少し焦りの色を浮かべていました。
「七草! 命令を変更する! 何としてでもそいつに隕石を降らせるな!」
「拙者の名前はニャにゃくさにゃ!」
「そんな事はどうでもいい! 全軍、抜刀!」
「げっ。まさかこの期に及んで総力戦か?」
「ふん、俺にも誇りはある。そんな事はせぬよ。但し、赤い悪魔が乱入してきたからにはそれなりの対処をさせてもらうぞ」
赤い悪魔、赤い悪魔って、俺の可愛い可愛い姪を差して何て言いぐさでしょう。そりゃ確かにマリリンはいつも安全圏内から天災ともいえる隕石の雨を降らせまくってましたが、中身はとってもキュートな女の子なんですよ。だから、あんまり悪魔だ悪魔だって言ったら可哀想じゃないですか。
そろそろお仕置きが必要かなぁ。でもあんまり戦闘では目立つ事したくないし。さて、どうしたものか。
「全軍聞けぃ! もしそいつが隕石を降らせたら直ちに全員を討ち取れぃ! 容赦はいらん! 老若男女、ついでに獣もすべて斬り伏せよ!」
「むっ……私の十八番が封じられちゃった」
「抜き足差し足忍びの猫足にゃ~っと。後ろが隙だら……ぶにゃっ!」
「その言葉、そっくりお返ししますね。僕の存在を忘れてもらっては困ります」
背後から忍び寄ってきた魔の手猫の手を上から降ってきたシン君が排除。猫踏んじゃった。
「これで邪魔者はいなくなりました。今度こそ本当に全員でラズベリー卿と戦えますね」
「あ、シン君。やっほー」
「マリリンは相変わらずお元気そうで何よりです」
「ん~、そうでもないんだけどね~」
「? 何かありましたか?」
「ん、まぁ色々と。後で話すね」
「あまり良い話題ではなさそうですね。僕の話すべき話も良い話題ではないのですが、とりあえずそれはこの窮地を脱してからに致しましょう」
マリリンが俺の頭からピョンっと飛び降ります。シン君がまるで武闘家のように構え、巨大な騎士を睨め付けます。
「さぁ、後半戦といきましょうか。いきますよ!」
「おうっす!」
「はい!」
「うっしゃ!」
マリリンが現れたことで士気が一気に増大。やっぱりムードメーカーは必要ですね。
「マリリンキーーーック!」
「いやいや、魔法士なんすから魔法使うっすよ……」
開幕から飛び蹴りするマリリンに、すかさずレイ君のツッコミが入りました。その攻撃を皮切りに、再び発熱のボスバトルが始まり始まり!




