第五十一話:偽りの世論工作と、深夜の潜入捜査
バラマキ公約と狡猾なネット世論誘導によって、急速に追い詰められていく桐花学園生徒会。
しかし、「購買パン半額」という公約の不自然な資金源に着目したアイラたちは、水面下で反撃の包囲網を敷き始めます。
ノアのアクセスログ逆探知、セリアの薬学鑑定、そしてセナによる夜の選挙対策本部への単身潜入!
一般生徒の前で魔法が使えない極限の制約下、持ちうる純粋な実務と技術のすべてを結集し、名門・鷲宮の刺客が隠す「動かぬ不正の物証」へと迫る――。
息詰まる潜入捜査と、生徒会の総力調査劇をお楽しみください!
夕暮れの生徒会室。執務机の上には、ノアのノートPCが広げられている。
画面には学内ポータルの掲示板が映し出され、猛烈な勢いで生徒会叩きのスレッドが更新され続けている。
『現生徒会、予算横領疑惑』『暴力会長アイラの過去の破損リスト一覧』『全校生徒の敵』など、悪意に満ちた扇動タイトルがズラリと並ぶ。
セナがソファでスマホを片手に画面をスクロールさせ、呆れたように吐き捨てる。
「うっわ、見てよこれ! 掲示板が全部アイラちゃんへの悪口で埋まってるんだけど! 『暴力生徒会は即刻解散しろ』だってさ!」
「さっき廊下ですれ違った奴らも、スマホ見ながらヒソヒソ笑ってましたよ。昼間の演説が終わってから、書き込みの増え方が異常すぎません?」
私は腕を組み、画面を冷ややかに見据える。
「……明らかにタイミングが良すぎるわね。まるで最初から原稿を用意して、一斉に投下したみたいだわ」
リサも冷ややかな目でそれを見つめる。
「ええ。一般生徒が自発的に書き込んでいるにしては、文体や投稿間隔が整いすぎています」
眼鏡の奥の瞳を据わらせたノアが、キーボードへ指を滑らせる。
画面に黒いコマンドプロンプトが立ち上がり、猛烈なタイピング音とともに緑色のログデータが滝のように流れ落ちていく。
魔法の術式コードではなく、純粋なTCP/IPパケットのルーティング解析とプロキシサーバーの追跡。
指先を止めることなく、淡々とした低体温の声音で事実を読み上げていく。
「学内サーバーのアクセスログ、直近三時間のパケットヘッダを抽出しました。……やはりおかしいですね」
私が身を乗り出して聞く。
「何か掴めたの、ノア?」
「中傷スレッドに書き込まれた320件のアカウント。名前や学年はすべてバラバラですが、使用されているグローバルIPアドレスの経路が完全に同一です」
同じくタクトも身を乗り出す。
「それって、つまり……?」
「学内の生徒が書き込んでいるんじゃありません。外部の同一端末から、学内プロキシを介してアカウントを自動生成し、連続投稿スクリプトを走らせています。完全な自作自演の世論誘導です」
ノアがエンターキーを「ッターン!」と一段高く叩き込む。
画面の中央に、逆探知によって割り出された発信元ネットワークのドメイン情報が赤字で浮かび上がる。
『Host: washinomiya-acad.network / Proxy-Relay-Node-04』
その文字を見た瞬間、私の眉がピクリと跳ね上がり、室内の空気が一気に引き締まる。
「特定完了。発信元の拠点は桐花学園ではありません。……帝都西区、私立鷲宮高等学院・学事情報管理棟の外部回線です」
「出たぁぁぁーっ! やっぱり鷲宮の息がかかったネット工作じゃん!!」
「うっわ、陰湿すぎる……! 自分とこの学校のサーバー使って他校の生徒会を炎上させてたのかよ!」
リサは手帳をパチンと閉じ、眼鏡を押し上げる。
「名門校の看板を掲げながら、他校の選挙への不正介入ですか。明白な選挙管理規約違反、並びにサイバー業務妨害です」
決定的なログを確保し、私の口元に首席生徒会長としての不敵な笑みが戻る。
ノアがUSBメモリを取り出し、追跡ログとアクセス証明書をローカルへ完璧にエクスポートする。
「ノア、そのログデータは討論会で叩きつける証拠としてガッチリ保存しておいて!」
「タイムスタンプとハッシュ値を固定しました。改ざん不能の公的証拠データとして出力完了です」
そこへ、タクトが制服のポケットから「ある証拠品」を取り出して机の上に置く。
「ネット工作はこれで潰せるとして……会長、昼間に演説会場の近くで拾ってきた『コレ』も見てくれませんか?」
タクトが机の上にコトッと置いたのは、小さく焦げた灰色の円錐状の物体――リュウキが演説時に焚いていた「アロマの燃え殻」。
セリアが長机から優雅に歩み寄り、その燃え殻をピンセットでつまみ上げる。
タクトがティッシュに包んで持ってきた、小さく焦げた円錐状の灰の塊を長机の中央に広げる。
私は身を乗り出して眉をひそめる。
「タクト、これ……あいつらの演説台の足元に転がってたやつ?」
「はい。演説台を片付けるどさくさに紛れて拾ってきたんすよ。あいつら、演説中ずっと足元で小型の香炉を焚いてて……なんか妙に頭がふわふわする匂いだったんすよね」
「言われてみれば、中庭にいた連中、目がトロンとして『リュウキ君マジ天使〜』とか言って異様にテンション高かったし!」
セリアが白衣をスッと羽織り、髪を後ろで束ねてピンセットを手に取る。
ピンセットで灰の破片をつまみ、微かに鼻先を近づける。
「……やはりそうですわね。人工的な合成香料の奥に、強い鎮静作用を持つ特有の苦味が混ざっています」
セリアが生徒会室のキャビネットから、一般の理科室にある薬品キット(試験管、ビーカー、メタノール溶媒、呈色反応試薬)を取り出す。
灰の微粒子をすり鉢で丁寧に擂り潰し、溶媒に溶かして試験管へ注ぎ入れる。
「呈色反応が出ましたわ。……主成分は『ネペタラクトン誘導体』と『過濃縮バレリアン抽出液』。さらに中枢神経を過度に弛緩させる合成カンナビノイド類似成分が検出されました」
私は目をパチクリさせて聞く。
「ええっと……つまり、日本語で言うと?」
リサが眼鏡のブリッジを押し上げ、冷徹に解説する。
「市販のハーブとしては合法の範囲内ですが、密閉空間や人混みで過剰に吸入させれば、軽度の酩酊感と判断力の麻痺を引き起こす劇薬ブレンドです」
「ええ。これを吸わされた生徒たちは、リラックスというよりは『考えるのが面倒になり、目の前の心地よい言葉を無批判に受け入れやすい状態』に誘導されていたのですわ」
セリアの論理的な解説を聞き、アイラがバンッと平手で机を叩く。
昼間の街頭演説で、自分の誠実な正論がまるで届かなかった悔しさと、生徒たちを騙し討ちにしたリュウキへの怒りが頂点に達する。
首席生徒会長としての誇りが、瞳に強く宿る。
「やっぱりそうだったのよ! あいつ、自分の顔面と甘言だけじゃ自信がないから、生徒たちの頭を薬草でボーッとさせて騙してたんだわ!」
「うわ……合法のハーブ使ってギリギリ規則をすり抜けるとか、やり方が陰湿すぎるっすよ」
「ですが、効果が合法成分であっても『学校保健安全法』および『学内環境衛生基準』に完全に抵触します。講堂や校舎周辺での無許可散布は即座に使用禁止措置の対象です」
セリアが薬品の成分表をインクで手早く清書し、封筒に収める。
「鑑定書を作成しましたわ。公的な成分分析データとしていつでも提出できます」
「ネットの自作自演ログ」に続き、「違法アロマの鑑定書」を確保した生徒会。
しかし、私とリサはまだ満足しない。
大衆の前で相手の仮面を完全に粉砕するためには、公約の根幹である「購買パン半額の資金源(買収)」の決定的な証拠が必要不可欠であるからだ。
「ネット工作のログに、怪しい香りの正体……外堀は埋まったわ。でも、一番肝心なのはあの『購買パン全品半額』よ」
「ええ。他校の資金で生徒を買収しているという、動かぬ『紙の証拠』が必要です。それがなければ、討論会で『ただの言いがかり』とシラを切られかねません」
部屋の隅で、ブレザーの袖をまくり上げてストレッチをしていたセナがニヤリと八重歯を見せる。
カチャリとピッキングツールをポケットに滑り込ませる。
「なら、アタシの出番だね!」
タクトが心配そうに言う。
「セナ先輩、本当に一人で忍び込む気っすか? 見回りの先生に見つかったら一発アウトっすよ」
「心配ご無用! 忍び込むのは夜の旧館、あいつらの選挙事務所! 一番ヤバい裏帳簿、カメラにバッチリ収めてきてあげるから待ってな!」
自信満々にウインクを残し、夜の校舎へと足音を殺して飛び出していくセナだった。
月明かりだけが青白く差し込む旧館の廊下。足音を完全に殺し、セナが猫のように身を低くして移動してくる。
目的の扉――『第3被服準備室(※ドアに神代リュウキ選挙対策本部と貼られた紙)』の前でピタリと停止。
ドアノブには真新しい南京錠とシリンダー錠の二重ロック。
セナがブレザーのポケットから細い金属製のピックとテンションレンチを取り出し、鍵穴へ滑り込ませる。
耳を鍵穴に寄せ、指先の微小なピンの感触に集中する。
(ふふん、エリート坊ちゃんのくせに防犯対策は市販のディンプルキーね。アタシの手にかかれば――)
『カチリ……カチッ』
音もなくノブを回し、隙間から身体を滑り込ませて素早く扉を閉め、内側から再び鍵を仮がけする。
教室内はカーテンが閉め切られ、机の上にはリュウキの予備ポスターやチラシの束が散乱している。
机を物色しようとしたその瞬間、ギシ……ギシ……と廊下のきしむ床板を踏みしめる重い足音が近づいてくる。
ドアのガラス窓越しに、左右へ揺れる懐中電灯の丸い光条。
セナは反射的に姿勢を低く滑らせ、壁際に置かれたスチール製ロッカーの中へ滑り込んで扉をわずか数ミリ残して閉じる。
見回りの教師が
「……ん? 鍵は閉まってるな。旧館は誰もいないか」
と言う。
ロッカーの細いスリット越しに、外を通り過ぎる教師の背中と懐中電灯の光を見送る。
セナは胸元を手で押さえ、心拍数を抑えるように息を止める。
(ふぅ……あぶなっ! ここで捕まったらアイラちゃんに顔向けできないどころか、生徒会室ごと即終了だし……!)
足音が完全に遠ざかったのを確認し、ロッカーから音もなく抜け出る。
教卓の奥に置かれた、リュウキ専用の重厚なエグゼクティブデスクへ直行。
引き出しを漁るが、一番上の段には綺麗な公約原稿しか入っていない。
セナの鋭いパパラッチの勘が働き、一番下の深い引き出しを引き抜き、底板を指先でトントンと叩く。空洞の軽い音。
底板の隙間に爪を引っ掛けて持ち上げると、隠しスペースに分厚い黒革のファイルが現れる。
セナはニヤリと八重歯を見せる。
「あった……! お約束の二重底! 悪巧みする奴の隠し場所なんて世界共通なんだよ!」
ファイルを開く。そこには驚愕の生々しいリストが並んでいる。
・『サッカー部:遠征用マイクロバス燃料費全額支給(部長・受領印済)』
・『吹奏楽部:特注金管楽器の無償貸与(鷲宮推薦枠確約)』
・『各クラス委員長:帝都高級焼肉店ペア招待券(署名捺印済)』
最下部には『支出元:私立鷲宮高等学院・渉外特別使途金』の公印がある。
「うっわ……エグすぎ。全校の部活と幹部、他校の裏金で丸ごと買い取ってんじゃん……!」
セナがブレザーの内ポケットから、超高解像度の小型デジタルカメラを取り出す。
シャッター音とフラッシュを物理的に無効化したカスタム機。
裏帳簿の見開き、受領印、鷲宮の公印、日付のページをカシャカシャと無音で確実に接写・激写していく。
「(カメラのプレビュー画面を確認し、琥珀色の瞳をギラリと光らせる)バッチリ! 証拠の写真は全ページ確保! これ見せられたら、あいつの爽やかイケメン面も真っ青だね!」
撮り終えた帳簿を元の二重底へミリ単位の狂いもなく戻し、引き出しを閉めて痕跡を消去。
窓の鍵を内側から外し、カーテンの隙間から夜の中庭へ視線を走らせる。
「待っててね、アイラちゃん、リサ副会長。特大のスクープ持って帰るから!」
セナが窓枠に身軽に足をかけ、月明かりの中庭へ音もなく飛び降りる。
生徒会室の窓が静かに開き、セナが身軽に室内へ滑り込んで着地する。
待ちわびていたタクトが「セナ先輩!」と駆け寄り、セリアが湯気の立つ温かいココアのマグカップを差し出す。
セナは八重歯を覗かせて悪戯っぽく笑い、首から下げた小型デジタルカメラのストラップを誇らしげに掲げてみせる。
「ただいまー! 桐花学園の敏腕パパラッチ・セナ様、ミッションコンプリートだよ!」
「無事で良かったっす! 見回りの先生に捕まってたらどうしようかとヒヤヒヤしましたよ!」
「よく戻られましたわ、セナさん。冷えた体を温めてくださいな」
セナはココアをゴクゴク飲んで息を吐く。
「ぷはーっ、あったまるぅ! ほら見てよこれ、あいつらのデスクの二重底から激写した超ド級の特大スクープ!」
セナがデジカメのSDカードを抜き、ノアのノートPCへ差し込む。
PC画面に高解像度で展開されたのは、サッカー部や吹奏楽部、各クラス委員長への「遠征費補助」「特注楽器」「高級焼肉招待」と、各部長の受領印、そして鷲宮高等学院の公印が捺された裏帳簿の全ページ。
私は画面を食い入るように見つめ、思わず唸る。
「……部活動の予算不足につけ込んで、他校の裏金で丸ごと買い取ってたわけね。エグいことしてくれるじゃないの」
長机の上には、すでに揃っていた証拠が綺麗に並べられる。
ノアの成果:外部サーバー(鷲宮)からの同一IP中傷ログ(電脳証拠)
セリアの成果:生徒の判断力を麻痺させる過濃縮アロマの成分鑑定書(医学証拠)
セナの成果:他校資金による買収裏帳簿の完全写真データ(物証原本)
「写真のタイムスタンプと被写体のExif情報を固定しました。学内ログ、薬品鑑定書と統合し、公的監査パケットとしてパッケージング完了です」
タクトは唖然として言う。
「魔法なんて一回も使ってないのに、ここまで完璧に相手の尻尾を掴むなんて……うちの生徒会、普通に警察より優秀なんじゃないすか?」
リサが分厚い『桐花学園 生徒会規約全書』の該当ページを指先でトントンと叩く。
眼鏡のブリッジを押し上げ、冷たく美しい笑みを浮かべる。
「桐花学園生徒会選挙管理規約・第7条『外部資金による利益誘導および事前買収』、第11条『虚偽情報の流布による選挙妨害』、並びに学内環境衛生基準違反」
「これら三点の物証を明日の立会討論会で公開した瞬間、神代リュウキの掲げた全公約は無効化、陣営は即時資格剥奪、つまり失格処分となります」
「へへっ、あの爽やかイケメンが真っ青になって泡吹くツラ、今から楽しみすぎる〜!」
私は執務デスクの前へ歩み出て、胸元の「首席生徒会長バッジ」を指先で強く握りしめる。
瞳には、昼間の悔しさなど微塵もなく、学園の主としての凛とした気品と、猛烈な好戦の炎が宿る。
「手を出したら即退学? 暴力会長? 上等じゃないの」
「魔法もパンチも一切使わず、あいつが持ち込んできた『学校のルール』だけで、全校生徒の前で息の根を止めてあげるわ!」
私は拳をビシッと突き出す。
「明日の公開立会討論会――桐花学園生徒会長の仕事を、あのエリート坊ちゃんに骨の髄まで教えてやるわよ!!」
「「「おーーっ!!!」」」
窓の外、夜明け前の水平線がかすかに白み始めている。
最初にセナを出した時はこんなに生徒会に貢献するキャラになると思って書いてませんでした。
ずっと下っ端なんだろうなって()
でもここまで見てみると、セナって実はめちゃくちゃ活躍してるし、今回初めてセナにスポットを当てた回になりましたが、セナめちゃくちゃ優秀じゃんって。
最初のパシリ役はどこへやら、魔法省の首席監察官(魔法はちっともできないが)って流石ですね。
そのうちセナにしっかりスポットを当てた章を書きたいなと思います。




