第五十話:甘言の公約と、届かぬ生徒会長の正論
名門・鷲宮の刺客、神代リュウキによる桐花学園リコール選挙戦が開幕。
大衆受けを狙ったバラマキ公約の熱狂を前に、アイラが訴える誠実な正論はあっけなく押し流され、現生徒会の支持率は急落してしまいます。
さらに生徒会を失脚させようと仕掛けられる、狡猾な暴力誘発トラップ。
一般生徒の前で魔法も暴力も使えない中、タクトの機転で窮地を脱した生徒会は、敵の公約に隠された「違法な裏金の匂い」を察知する――。
正論の壁にぶつかった生徒会が、誇りを懸けて実務と潜入の総力戦へシフトする緊迫の展開をお楽しみください!
昇降口を抜けた中央掲示板前。普段の登校風景とは打って変わり、人だかりができてお祭り騒ぎになっている。
掲示板の特等席には、リュウキの爽やかすぎるドヤ顔スマイルがデカデカと印刷されたフルカラーポスター。
『桐花学園に、真の自由と透明性を――神代リュウキ』の文字と、テスト易化、購買全品半額、高速Wi-Fiなど、太字で躍るバラマキ公約。
「見てよこれ! 購買のパンもジュースも全部半額だって!?」
「リュウキ君マジで神すぎない!? テストも簡単にしてくれるらしいよ!」
「前の生徒会なんて、アイラ会長が校舎壊した弁償ばっかりで何にもしてくれなかったもんね〜」
そこに生徒会腕章をつけた生徒会メンバーが通りかかる。
「うっわ……! 朝からすっごい人だかりじゃん! ていうかアイツ、自分の顔面アピール凄すぎっしょ!」
「一晩で校内中の掲示板ジャックする金と行動力、エグいっすね……」
腕を組んでポスターを見上げるアイラの後ろから、ノアが手元の小型情報端末を操作し、手帳の陰から学内アンケートの集計グラフをチラ見せしてくる。
「学内ポータルの緊急支持率調査です。神代リュウキ陣営の支持率、早くも78%。……対して、我がアイラ生徒会長の信任支持率は、前日の65%から『18%』まで大暴落しました」
私は驚きで目をひん剥いてノアの手帳を覗き込む。
「大衆とは現金なものです。泣き言を言っている場合ではありませんよ、会長」
悔しそうに地団駄を踏みかけた私だったが、ポスターの文字を睨みつけるうちに、切れ長の瞳がギラリと光る。
「……はっ! よく見たらツッコミどころ満載じゃないのよ! 何が購買全品半額よ!」
「えっ、でもパン半額とか俺も普通に嬉しいっすけど……」
首席の頭脳がトップスピードで回転し、腕を組んで鼻先でフンと笑う。いつもの負けん気と自信に満ちたアイラ節が炸裂する。
「バッカじゃないの!? うちの全校生徒千人が毎日半額で買い食いしたら、その差額補填で年間いくら赤字が出ると思ってんのよ! 生徒会予算の3割が一瞬で蒸発するわ! どこから金出す気よ、鷲宮の裏金バラ撒いて買収する気満々じゃない!」
「ええ。残る予算枠では部活動の遠征費も図書室の新刊購入も全て凍結せざるを得ません」
「テスト簡単にするって公約もそう! うちが進学校として指定校推薦を山ほどキープできてるのは、テストが難しくて評定の信用が高いからでしょ! 全員に下駄履かせて平均点上げたら、大学側から『桐花の推薦枠全廃ね』って切られて終わるわよ! 目先のパンに釣られて進路ドブに捨てる気!?」
「うわ、言われてみればぐうの音も出ない正論……! さすがアイラ会長、頭の回転エグいっすね」
しかし、アイラの的確すぎる分析も虚しく、目の前の一般生徒たちは「リュウキ君超イケメン〜!」とキャッキャ盛り上がり続けている。
自分の実績と正論が甘言の前にガン無視されている光景に、私は生徒会長バッジを親指でビシッと弾く。
魔法を封じられようが、絶対に引き下がらないアイラらしい好戦的な笑みが浮かぶ。
「ま、アイラちゃんの言う通りだけどさ〜、あいつら完全にリュウキの甘言と顔面に脳みそトロかされてるから、そんな数字の話聞こえてないよ〜」
「聞こえてないなら、耳の穴かっぽじって叩き込んでやるわよ! あのエリート坊ちゃんのペテンに騙されて、うちの学園をめちゃくちゃにされてたまるもんですか!」
私は皆に指示をする。
「タクト、演説台担ぎなさい! リサ、マイクの予備バッテリー! 昼休みの中庭で街頭演説ぶちかまして、あの猫かぶりの詐欺マニフェストを正論で粉々に論破してやるわ――ッ!」
リアはため息をつきつつも、手帳をパチンと閉じる。
「……仕方がありませんね。会長の失言防止用に、数字の根拠データをまとめたフリップを用意しておきます」
「よし、中庭へ突撃よ!」と気合いたっぷりに拳を掲げる。
中庭の噴水脇に、タクトが木製の演説台を「よいしょっと」と汗を拭いながら設置する。
「マイクのテストOKっす! 会長、昼休みで中庭に生徒めっちゃ集まってますよ」
背後でノアがポータブルスピーカーの音量調整を行い、リサが数字の根拠データをまとめたクリップボードをアイラへ手渡す。
「感情論に走ってはいけません。相手の公約の矛盾点を、数字と制度の面から淡々と突くのです」
「アイラちゃん、ビシッとキメてあいつらの目を覚まさせちゃいな!」
深呼吸を一つ落とした私は、いつものヤンチャな表情を完全に引っ込め、背筋をピンと伸ばす。
私は前を見据え、静かで芯の通った声で言う。
「……任せなさい。この学園を一年間守ってきた意地を見せてあげるわ」
アイラがマイクを握り、澄み渡る通る声で中庭中へ語りかける。その場にいた生徒たちが「あ、生徒会長だ」「アイラ先輩だ」と足を止め、ざわざわと振り返る。
「桐花学園の皆さん、生徒会長のアイラです。昼休みの貴重な時間を少しだけ私にください」
私は感情的な糾弾を避け、穏やかでありながら説得力に満ちた言葉でリュウキの掲げたマニフェストを一つずつ解体していく。
「新候補者が掲げた魅力的な公約の数々、皆さんも目にしたと思います。ですが、私は現職の生徒会長として、そして皆さんの未来を預かる立場として、あえて現実をお伝えしなければなりません」
「『購買パンの常時全品半額』――魅力的に聞こえますが、千人分の差額補填を学園予算から支出し続ければ、年間で約三割の生徒会費が消失します。その結果何が起きるか。各部活動の遠征費補助の全額凍結、図書室の新刊購入停止、冷暖房の稼働制限です」
「『テスト難易度の大幅緩和』も同様です。点数の底上げは一時の快楽にしかなりません。我が校の定期考査の信頼性が崩れれば、難関大学から頂いている多数の指定校推薦枠は即座に取り消されます。目先の耳触りの良さのために、皆さんの三年間の努力と進路を犠牲にするわけにはいかないのです」
非の打ち所がない、完璧で誠実な首席生徒会長の正論。
しかし、足を止めた一般生徒たちの反応はアイラの期待とは真逆のものだった。
「なんかお説教くさくない?」「真面目すぎて引くわー」「リュウキ君はお金持ちのツテでなんとかするって言ってたし〜」と、小声の囁きが波紋のように広がる。
「正論ばっかりで夢がないよね。アイラ会長って頭良すぎて私たちの気持ち分かってないんじゃない?」
「それにさ、アイラ会長だって校舎壊して修理代使ってたくせに、人のこと言えなくない?」
私は胸元に痛みが走り、マイクを握る指先が白くなる。
「……っ、皆さん、待って……!」
生徒たちはアイラから顔を背け、一人、また一人と踵を返して購買や教室へ去っていく。
セナは去っていく生徒たちの背中を見て悔しげに歯噛みする。
「ちょっ……待ちなよアンタたち! アイラちゃんはアンタたちの進路を守るために言ってんの!」
それをタクトはすかさず止める。
「セナ先輩、抑えてください……! ここで突っかかったら生徒会の心象がさらに悪化するっす……!」
誰も足を止めなくなった中庭で、私は静かにマイクを下ろす。
演説台から降りた私は、悔しさとやるせなさで唇をギリッと噛み締める。
「……くっそ……! 一言も間違ったこと言ってないのに……! なんであんなペテンの甘言ばっかり信じるのよ……!」
そこへ、リサが静かに歩み寄り、アイラの肩へそっと手を置く。
「演説の内容、論理構成、話し方……すべて満点でしたよ、会長。誇りなさい」
「でも、誰も聞いてくれなかったじゃん……」
「大衆とは、耳に痛い真実よりも、心地の良い甘い嘘を愛するものです。正論だけで勝てるほど、選挙というものは単純ではありません」
ノアは端末を見つめて言う。
しかし私は顔を上げ、瞳をギラリと燃やす。
私は顔を伏せつつも、いつもの負けん気の強さを絞り出すように呟く。
「……こうなったら意地でもあいつらの尻尾を掴んでやるわ! 行くわよ生徒会室へ!」
機材を片付け、昇降口の廊下へ向かう生徒会一行。
演説台を抱えたタクトを先頭に、渡り廊下から1階昇降口前へ差し掛かる生徒会一行。
そこへ、腕を組んだリュウキ派の男子生徒3名が壁際からわざとらしく進路を塞ぐように立ちふさがる。
「おやおや〜? 中庭で偉そうに大演説ぶちかましてた『学園首席の優等生サマ』じゃないですか! 誰も聞いてくれなくて残念でしたね〜!」
胸元にはリュウキ陣営の推薦バッジ。先頭の男子が、制服の胸ポケットからスマホを取り出し、録画モードのレンズをアイラの顔面へ至近距離で向けてくる。
その生徒は横からスマホを構えてヘラヘラ笑う。
「頭良すぎて一般庶民のパン半額のありがたみが分かんないんですかぁ? それとも、また怒って壁でも殴り壊す気ですか?」
タクトは演説台を抱えたまま前に出る。
「おい、通行の邪魔だ。そこどけよ」
「邪魔なのはお前らだろ! 暴力で校舎壊しまくって修理代垂れ流してきた無能集団が、どの面下げて廊下歩いてんだよ!」
周囲を通りかかる一般生徒たちが「何あれ?」「生徒会が揉めてる……?」と足を止め、遠巻きに注目し始める。
理不尽な暴言に、セナが「んだとコラァッ!?」と袖をまくりかけるが、リサが即座に手帳の角でセナの肩を制止する。
私は一度深く息を吸い込み、首席生徒会長としての冷徹な理性を保ちながら一歩前へ出る。
感情を押し殺し、凛とした声で
「学則第8条・校内通行妨害です。公務中の生徒会役員の進路を故意に遮る行為は処罰対象になります。そこを通しなさい」
と言う。
しかし男子生徒はドンッとアイラの右肩を突く。
「ハッ、処罰ぅ? 脅しかよ! 怖いな〜! ほら、殴りたいなら殴れば? ここで手ぇ出したら一発で退学処分だけどねぇ!」
スマホを構えてた男子生徒はスマホをズームさせながら
「いいねぇ、睨みつけてる顔! これネットに上げたら『生徒会長、一般生徒を威圧・暴行未遂』で大炎上確定っしょ!」
と言う。
私は肩を押された衝撃で立ち止まり、右拳がギリリ……と音を立てて震える。
リサが小声で緊迫した警告する。
「会長、我慢しなさい! 撮られています!」
相手の男子がさらに調子に乗り、私の胸元の生徒会長バッジを指先で小突こうと手を伸ばしたその瞬間。
私が反射的に手首を掴んでねじ伏せそうになるコンマ数秒前――
背後で演説台を抱えていたタクトが、一切の魔法を使わず、純粋な肉体と役者魂で動く。
「うわぁぁぁぁぁっっっ!? 靴紐踏んで足がもつれたぁぁぁぁーーーっっっ!?」
と大根役者のようなわざとらしい絶叫を上げながら、抱えていた木製の演説台ごと、前方の男子生徒たちの足元へ向けて豪快にダイブする。
「は……!? ぶ、ぎゃああっ!?」
「す、滑ったぁぁーっ!!」
タクトの巨躯と頑丈な演説台が、男子生徒たちのスネを完璧なボウリングの球のように薙ぎ払う。
男子2名が「ぐえっ!」と声を上げて派手に宙を舞い、スマホを床へ取り落として画面がバキバキにクラッシュ。
タクトは相手の足元に覆いかぶさるように廊下の床へ盛大に滑り込み、私と挑発役の間に完全に物理的な肉体の防壁を作り出す。
床に転がって悶絶する男子生徒たちの上で、タクトが頭をペコペコと激しく下げながら、誰が見ても「ただの不運な事故」の体裁で騒ぎ立てる。
「だ、大丈夫っすかぁー!? すんません! 重い台持ってたら足がもつれちゃって! 怪我ないっすか!? 保健室行きます!?」
「い、痛ってぇぇぇ……! なんだコイツ……! クソッ、行くぞ!」
集まっていた一般生徒たちから「うわ、派手に転んだ……」「足元見てないからだよー」と苦笑が漏れ、緊迫した一触即発の空気が一瞬でコミカルな事故処理の空気へと塗り替えられる。
撮影データも破損し、完全に計画を潰された男子たちは痛む腰を押さえながら逃げ出す。
セナは落ちた相手のスマホを蹴っ飛ばしつつニヤニヤする。
「あーあ、逃げてっちゃった〜。撮影大失敗だね〜」
私は拳の力を抜き、床のタクトへ手を差し伸べる。
「……タクト。ナイスファイト」
タクトは私の手を取って立ち上がりつつ、擦りむいた肘をさすって苦笑いする。
「……へへっ、痛かったっすけど。会長の手が汚れるよりは百倍マシっすよ」
「見事な機転でしたね、タクト。……ですが、向こうも手段を選ばなくなってきました。生徒会室へ戻り、反撃の策を講じましょう」
タクトを支えながら、生徒会室へと足早に戻る6人。
生徒会室のソファに腰掛けるタクト。セリアが救急箱から湿布と包帯を取り出し、擦りむいた肘へ手際よく手当てを施す。
ノアが淹れた温かい緑茶をタクトへ手渡す。
「はい、これで痛みは引くはずですわ。骨に異常がなくて本当に良かったです」
「あざっすセリア先輩。……いやぁ、演説台抱えてダイブした時はどうなるかと思いましたけど、スマホ割れてザマァ見ろって感じっすね」
私は執務机の前で腕を組み、静かに窓の外の夕景を見つめている。
昼間の街頭演説での悔しさや廊下での怒りはすっかり消え去り、首席生徒会長としての冷徹な思考モードへと完全に切り替わっている。
私は振り返り、タクトに柔らかく微笑む。
「本当にありがとう、タクト。あんたが体を張ってくれなかったら、今頃私は停学処分だったわ」
「へへっ、会長に頭下げられると調子狂うっすよ」
私は執務机の椅子を引き、バインダーに挟まれたリュウキのマニフェストをペラリとめくる。
赤ペンを取り出し、ある項目をグルグルと丸で囲んで机へ叩きつける。
「……ねえリサ、やっぱりおかしいわ。この『購買パン全品半額』の公約」
「財政的に学園予算からの補填が不可能な件ですね?」
「そう。生徒会予算からは絶対に出せない。学園理事会が追加予算を出すはずもない。……なら、あの半額分の差額、一体『誰の金』で穴埋めするつもりなのよ?」
タクトがハッと顔を上げる。
「あ……! そっか、公約として掲げてる以上、どっかから金が出てるはず……!」
「リュウキ個人の財産、あるいは鷲宮高等学院からの裏資金よ。もし学外の資金をバラ撒いて生徒の票を買おうとしてるなら――」
リサは眼鏡のブリッジを押し上げ、冷たく微笑む。
「生徒会選挙規約・第7条【金品の供与、および外部資金による不当な利益誘導の禁止】。明確な『事前買収』の違反行為です」
突破口を見出したアイラの言葉に、室内の空気が一気に引き締まる。
ノアが私物のノートPCを開き、高速タイピングで学内掲示板のサーバーログへ魔法ではなく純粋なネットワーク技術でアクセスを開始する。
「学内ポータルでの誹謗中傷スレッド、パケット解析を開始します。……同一端末から複数アカウントを偽装している痕跡がすでに見受けられます。アクセス元IPの物理位置を割り出します」
リサは分厚い『桐花学園 生徒会規約全書』を開き、違反を告発するための手続き要件を箇条書きでチェックしていく。
「私は選挙管理委員会への正式抗議書、および証拠提出用の法制フォーマットを作成します。物証さえ揃えば、討論会の場ですべてを無効化できます」
「相手が学校のルールで乗っ取りに来るなら、こっちはルールを完璧に使いこなして叩き潰すわよ!」
ソファから身軽に飛び降りたセナが、ブレザーのポケットから小型の望遠高精度カメラと、使い慣れた針金状のピッキングツールを取り出す。
悪戯っぽく八重歯を覗かせ、親指をビシッと立てる。
「決まりだね! 購買の帳簿の控え、部活動の部長連中への根回しメモ……物証の原本は、あいつらの選挙事務所に絶対あるはず!」
「見つかったら不法侵入でこっちが失脚よ。絶対に無理はしないで、セナ」
「誰に言ってんのさ! アタシを誰だと思ってんの? 桐花学園ナンバーワン・パパラッチのセナ様だよ!」
セナはドアノブに手をかけ、不敵にウインクする。
「あいつの爽やかイケメン面の裏にある真っ黒な裏帳簿、バッチリ激写してきてあげる!」
夕闇が濃くなり、校舎に夜の帳が下りる中、リュウキ陣営が拠点にしている旧館の空き教室へ向けてセナが静かに走り出す。
夜の静まり返った廊下へ、影のように滑り出していくセナの背中。
大講堂での公開立会討論会まで、あと数日――。
わーい!!記念すべき第五十話!!
よく書いてるなと自分でも思いますが、執筆以外のやることぜ〜〜〜んぶ放棄してます()
冬コミの原稿とかね()
ひっさびさに真面目なアイラを書いた気がします。
そういえば首席生徒会長なんですよアイラ(今更)
それはそうと鷲宮に裏金問題って似合うよね




