第五十二話:大講堂の公開討論会と、一撃の学則六法
舞台は大講堂、千人を超える一般生徒が見守る中での公開立会討論会。
甘言とポピュリズムで先行逃げ切りを図る神代リュウキに対し、アイラ率いる生徒会は集めた「3つの動かぬ物証」で論理の包囲網を敷きます。
大スクリーンに暴かれる、ネット工作、薬理誘導、そして他校の裏金による買収の全貌!
失格処分を突きつけられ、理性を失ったリュウキは全校生徒の面前で禁忌の抜刀へ走る――。
一般人の前で魔法が使えない極限状態の中、首席生徒会長が両手に握りしめたのは……角金で補強された重厚な学則六法全書!?
言論の完全論破と、痛快無比な物理の一撃をお楽しみください!
すり鉢状に広がる大講堂の客席は、千人を超える一般生徒で超満員だ。
客席のあちこちにリュウキの応援うちわや青いリボンが揺れ、生徒会側には完全な逆風の空気が渦巻いている。
教頭が演台の中央でマイクの前に立ち、汗を拭いながら開会を宣言する。
「……ゴホン! これより、学則第18条に基づく『新生徒会長信任選挙・公開立会討論会』を開始します! 両陣営の候補者は演台へ!」
壇上の役員席では、リサが腕を組み、タクトとセナが客席の異様な熱気を険しい表情で見つめている。
ノアは手元の端末を演壇のプロジェクター中継器へサイレント接続完了させて待機する。
セナが役員席から小声で言う。
「うっわ……完全に会場全体があいつのファンクラブ状態じゃん。アウェーすぎでしょ」
「昨日の今日でここまで空気作られるとはね……。けど、こっちには昨晩命懸けで揃えた特大の爆弾があるっすから」
「ええ。まずは相手に思う存分調子に乗らせておきなさい。高く飛んだ豚ほど、落ちた時の衝撃は凄まじいものですから」
左側の演台へ、鷲宮の濃紺ブレザーを着こなしたリュウキが優雅に歩み出る。
一礼しただけで、客席の女子生徒たちから「キャーッ!」「リュウキ会長ー!」と黄色い歓声が飛ぶ。
リュウキはマイクを両手で優しく包み込み、憂いを帯びた聖者のような表情で全校生徒へ語りかける。
「桐花学園の親愛なる友の皆さん。本日、この場に立てたことを心から感謝します」
壇下の目立たない位置では、取り巻きの男子生徒が足元に小型の携帯アロマディフューザーを置き、微弱なリラックス香気を前列へ漂わせている。
「私が掲げるのは、皆様の自由と笑顔を取り戻すための『三つの改革』です。理不尽に高難度化された定期テストの是正。毎日の生活を豊かにする、購買パン・飲料の全品常時半額化。そして、敷地内の完全バリアフリー化と高速Wi-Fiの敷設」
一般生徒たちから割れんばかりの拍手と歓声が湧く。
「そうだー!」「パン半額最高ー!」と叫ぶ声が響く。
拍手を両手で優しく制し、リュウキは右側の演台に立つアイラへ、悲しげな視線を向けてみせる。
爽やかな口調のまま、ナイフのように鋭い言葉で現生徒会を「暴力と浪費の象徴」として大衆の前で徹底的に貶める。
「現生徒会がこれまで成し遂げてきたのは何でしょうか? 度重なる校舎の損壊、莫大な修繕費の浪費、そして反対意見を力でねじ伏せる恐怖政治です」
「現会長は『生徒のため』と仰いますが、その実態は自己満足の破壊活動に過ぎません。昨日も、私の陣営の生徒が廊下で言論を求めた際、生徒会の男子生徒による乱暴なタックルで怪我を負わされました」
一般生徒にざわめきが起きる。
「えっ、暴力振るったの!? 最低……!」
「やっぱりアイラ会長って危ない人なんじゃん……」
タクトが役員席で小声でツッコミを入れる。
「どの口が言ってんだあの野郎! 転んだのは俺の足元だっつーの!」
「皆様、もう怯える必要はありません。私に清き一票を託してください。私が皆様の誇りを守る盾となりましょう!」
大講堂はスタンディングオベーションが起きそうなほどの熱狂的な拍手と歓声に包まれる。
完全に講堂の空気を支配し、満足げに一礼してアイラへ「さあ、どうする?」と侮蔑の視線を送るリュウキ。
教頭が「で、では……後攻、現生徒会長・アイラ君、登壇を」とマイクを促す。
客席からはまばらな拍手と、冷ややかなブーイング混じりの視線。
しかし、私は一切動じることなく、右側の演台へ凛とした足取りで進み出る。
制服の胸元には首席生徒会長の金バッジ。片腕には、厚さ10センチを超える分厚い革張りのハードカバー『桐花学園 生徒会規約全書』がどっしりと抱えられている。
マイクの前に立った私は、不敵な笑みを浮かべてマイクのスイッチをパチンと入れる。
演台に六法全書をドスンと置き、澄み切った声をマイクに向ける。
「……素晴らしい演説だったわ、神代リュウキ君」
リュウキは眉をピクリと動かし、薄笑いを返す。
「感謝します、アイラ会長。反論があればどうぞ?」
「反論なんて生ぬるいものをする気はないわ。……ここからはね、あんたがついた『嘘の答え合わせ』の時間よ」
「ノア、プロジェクター全開! 全校生徒の皆さん、前方の巨大スクリーンにご注目くださーい!」
アイラの鋭い合図とともに、大講堂の正面スクリーンが白く発光する。
演壇に立ったアイラが、両手を広げて穏やかに全校生徒を見渡す。
ブーイングや私語でざわついていた客席が、アイラの凛とした佇まいと落ち着き払った声音に、自然と静まり返っていく。
アイラはリュウキの掲げたマニフェストの用紙を指先で軽く弾く。
「神代君、あなたの掲げた『購買パン全品半額』の公約、本当に魅力的よね。でも、私は現職の生徒会長として、この学園の年間予算をすべて把握しているわ」
「全校生徒が毎日半額で利用した場合、不足する補填額は年間で約四百万円。学園理事会の予備費にも、生徒会費の余剰金にも、そんな財源は一ペニーたりとも存在しない」
リュウキは涼しい顔でマイクへ。
「おや、私は『外部の篤志家による寄付金を充当する』と説明したはずですが? 私の人脈を疑うのですか?」
私は不敵に口元を吊り上げる。
「いいえ。疑ってなんかないわ。……だって、その『資金の出どころ』も『あなたのやり口』も、全部調べがついたんですもの」
「ノア、第一ファイル、オープン!」
壇下の役員席で、ノアが手元のノートPCのエンターキーを静かに叩く。
大講堂の正面スクリーンに、昨日学内掲示板を埋め尽くした「生徒会誹謗中傷スレッド」のパケット解析ログがデカデカと映し出される。
320件の誹謗中傷アカウントが、すべて同一の外部IPアドレスから自動生成スクリプトで投稿されていた事実が、分かりやすい対比グラフで赤字表示される。
「生徒会を『暴力集団』と叩いていた掲示板の数百件の書き込み。一般生徒の声に見せかけていたけれど、発信元はすべて単一の外部サーバーよ」
「ドメイン名、私立鷲宮高等学院・学事情報管理棟。……神代君、これ、あなたの本校の回線よね? 自作自演で世論を捏造して楽しい?」
リュウキの眉がピクリと跳ね上がるが、笑みを崩さず言う。
「な……根拠のない偽造ログだ。私を陥れるための捏造に過ぎない!」
私は次にセリアへ視線を送る。セリアが優雅に立ち上がり、手にした公的な鑑定書を掲げてみせる。
スクリーンが切り替わり、理科室の試薬テストの写真と、学内環境衛生基準の照合データが映し出される。
壇下でアロマディフューザーを隠し持っていたリュウキ派の生徒が、顔を青ざめさせて後退る。
「そして第二。あなたの演説会場周辺で焚かれていた、妙に心地いいアロマの正体よ」
セリアが客席へ向けて凛と通る声で言う。
「主成分はネペタラクトンおよび過濃縮バレリアン抽出液。中枢神経を過度に弛緩させ、軽度の酩酊と判断力低下を引き起こす劇薬ブレンドですわ」
「学内環境衛生基準、および学校保健安全法に明白に違反する危険物です。皆様が彼の甘言を無批判に信じ込まされていたのは、この香気による薬理誘導ですわ」
一般生徒からざわめきが起きる。
「嘘……! 私たち、薬で頭をぼーっとさせられてたの!?」
「最低! イケメンぶってそんな小細工してたわけ!?」
リュウキの額に冷や汗が滲み、爽やかな仮面が引き攣り始める。
アイラが演壇をバンッと叩き、最後にして最大の決定打を突きつける。
セナが役員席から立ち上がり、誇らしげに親指を立てる。
スクリーンに映し出されたのは、セナが昨夜激写した「黒革の裏帳簿」の高解像度写真だ。
各運動部・文化部の部長たちの直筆受領印、高級焼肉券のナンバリング、そして最下部に捺された『私立鷲宮高等学院・渉外特別使途金』の真っ赤な公印が鮮明に浮かび上がる。
「そしてこれが、あなたの言う『篤志家の寄付』の正体よ! サッカー部への遠征費、吹奏楽部への特注楽器、各クラス委員への高級焼肉招待券!」
「全校生徒の票を、鷲宮の裏金で丸ごと買い取っていた動かぬ証拠! 領収書の原本写真よ!!」
客席の部長たちが立ち上がり、青ざめて絶句する。
「ヒッ……!? な、なんでそれが……!?」
「うわあああっ!!」「買収じゃん!!」「騙しやがったな!!」と、割れんばかりの怒号と怒りの声がリュウキ陣営へ一斉に浴びせられる!
リュウキは演台を両手で握り締め、白目を剥きかける。
「な……な、ぜだ……! なぜあの帳簿を……貴様ら、どこから手に入れたァッ!?」
ペテンの化けの皮を完全に剥がされ、全校生徒の前で公開処刑されたリュウキ。
買収の原本写真を突きつけられ、客席にいた運動部・文化部の部長たちや、壇下のリュウキ派取り巻き生徒たちが顔面蒼白で講堂の出口へ蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
教頭は「ば、買収……!? 鷲宮からの裏金だと……!?」と腰を抜かして演台にしがみつく。
壇上の役員席から、リサが凛とした足取りで壇上中央へ進み出る。
手にした『桐花学園 生徒会規約全書』を開き、眼鏡の奥の瞳で冷たくリュウキを見据える。
「桐花学園生徒会規約・選挙管理規定第7条、並びに第11条」
「外部資金による生徒買収、虚偽情報の流布による選挙妨害、および学内環境衛生基準違反。……選挙管理委員会、並びに教頭代理。この場で審議の余地はありませんね?」
選挙管理委員長の生徒が震えながら立ち上がりマイクへ向かう。
「は、はい! 全証拠の真正性を確認! 学則に基づき――神代リュウキ候補の立候補資格を【即時剥奪・失格処分】とします!」
生徒たちから「当然だ!」「帰れ!」「ペテン師!」と割れんばかりのシュプレヒコールが沸き起こる。
演壇に両手をついたリュウキの肩が、小刻みにガタガタと震え出す。
白磁のような美貌は醜く歪み、額にはびっしりと青筋が浮かぶ。
自らが誇る鷲宮の看板も、狡猾な策略も、すべてアイラたちが集めた「泥臭い実務と物証」の前にゴミのように粉砕された屈辱。
リュウキは口元から血が出るほど下唇を噛み締め、演壇のマイクをガタガタと軋ませる。
リュウキは掠れた声でブツブツと呟く。
「……馬鹿な……あり得ない……。この僕が……名門・鷲宮の頂点に立つはずのこの僕が……」
私は演台越しに静かに告げる。
「あなたの負けよ、神代リュウキ。生徒の生活も未来も考えず、ただ自分のプライドのために学園を弄ぼうとした報いよ」
リュウキのカッと見開かれた両目に、狂気と血走った殺意が宿る。
「……黙れ。黙れ黙れ黙れェッ!!」
リュウキが演台を蹴倒す勢いで身を乗り出す。
「一般人の前で魔法を使ってはならない」という、この世界の絶対の鉄則が、激昂した少年の脳内から完全に焼き切れる。
制服のブレザーの内ポケットへ手を突っ込み、鈍く銀色に輝く金属製の短杖――『鷲宮製・特注魔導杖』を白日の下に引き抜く。
杖の切っ先が、わずか数メートルの距離にいるアイラの眉間へ真っ直ぐに向けられる。
「薄汚い野蛮人の分際で……僕をコケにしおってェッ!!」
タクトが役員席から飛び出す。
「しまっ……!? あいつ、魔法を隠す気配すら捨てやがった!!」
一般生徒たちは
「え……? なにあれ、銀色の棒……?」「リュウキ君、何を取り出したの……?」
と、まだ何が起きているか理解できず、呆然と壇上を見つめている。
リュウキが魔導杖へ全魔力を流し込み、杖の先端に紫黒の禍々しい圧縮魔力球が急速に膨張を開始する。
キィィィィン……!と鼓膜を劈く高周波の魔力チャージ音が大講堂に鳴り響く。
「死ねェッ、出来損ないがァァァーーッ!!」
タクトが一般生徒への余波を防ぐため、壇上へ身体ごと滑り込もうと地を蹴る。
しかし、私は一歩も引かない。
ここで自分が魔法を使えば、同罪として失脚・退学になる。
アイラは演台の上に置かれていた、角金で補強された厚さ10センチ・全1200ページの重厚なハードカバー『学則六法全書』の両端を、躊躇なく両手でガッシリと掴む。
私は瞳を鋭く輝かせ、腰を深く落として六法全書をフルスイングの軌道へ構える。
「……一般人の前で杖を抜くなんて、救いようのない大馬鹿野郎ね!!」
リュウキの魔力砲が放たれる寸前のコンマ数秒――。
リュウキの銀色の杖の切っ先に、紫黒の魔力光が膨れ上がる。キリキリと空気が軋み、客席の最前列の生徒たちが「え……何あの光……?」と息を呑む。
魔法の行使は即座に大パニックと規律違反を引き起こす最悪の事態。
役員席から飛び出したタクトが、魔法を使わず、純粋な疾走で壇上と客席の境目へ割り込む。
両手を広げ、客席の生徒たちを背にかばうようにして仁王立ちの体勢を取る。
リュウキは我を失ってる。
「消えろォッ! 出来損ないの落ちこぼれがァァッ!!」
タクトが叫ぶ。
「全員伏せろッ! ……って、会長ォォッ!?」
リサも続けて叫ぶ。
「会長、撃たせてはいけません!」
魔力光が弾け飛ぶコンマ数秒前。
両手で握りしめたのは、厚さ10センチ、重量約3キロ、四隅が頑丈な真鍮の角金で覆われた『桐花学園 生徒会規約・学則六法全書』。
全身のバネと背筋、腕力を極限まで連動させ、腰の回転を利かせた目にも留まらぬ高速フルスイングを解き放つ。
私は大講堂の天井を突き破るような大喝で叫ぶ。
「――全校生徒の目の前で凶器を抜くなんて!!」
「学則第1条・校内暴力禁止違反よ、大馬鹿野郎がァァァーーーッッ!!」
「は……えっ――!?」
と、タクトは唖然とした瞬間だった。
『ガゴォォォォンッッッ!!!!』
大講堂中に、魔法の爆発音とはまったく違う、凄まじく重厚な「鈍器が肉骨に激突した物理破壊音」が轟き渡る。
六法全書の分厚い革張りの背表紙が、リュウキの整った鼻っ柱へミリ単位の狂いもなくクリーンヒットする。
杖の先の紫黒の魔力球は撃ち出される間もなく雲散霧消。
リュウキは鼻血を噴き出し、白目を剥いて真横へ豪快に吹き飛ぶ。
「ぶべらッ……!?」
と、素っ頓狂な声をあげて完全失神するリュウキ。
教頭もその様子を見てこれまた素っ頓狂な声をあげる。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!? か、神代くぅぅぅん!?」
――静寂。千人を超える生徒全員が、あまりの衝撃映像に言葉を失い、アゴが外れそうな顔で固まる。
私は振り抜いた六法全書を、ブンッと一振りして風を切り、何事もなかったかのように右肩にヒョイと担ぐ。
ブレザーの裾をパッとはらい、琥珀色の瞳で講堂全体をぐるりと見渡す。
タクトがポカンと口を開け、セナが「ぶはっ!」と吹き出し、リサが静かに眼鏡のブリッジを押し上げる。
私は演台の中央のマイクへ歩み寄り、胸元の生徒会長バッジを親指で弾いて凛と告げる。
「――凶器所持による現行犯、これにて無力化完了!」
「誰がこの学園の生徒会長か、これでハッキリしたわよね! 文句がある奴は、この六法全書を読んでからかかってきなさい!」
一般生徒たちは一瞬の沈黙の後――
「うおおおおおおっっっ!!」「アイラ会長ー!!」「やっぱりアイラ会長しか勝たん!!」
地鳴りのような凄まじい拍手と歓声、スタンディングオベーションが大講堂を包み込む。
「……ふぅ。魔法を使わなかった点だけは、満点をあげましょう」
「いや、魔法より六法の角で殴る方がよっぽど凶悪っすよ会長……!」
セナは笑いながらスマホを構える。
「ギャハハハ! 神代のドヤ顔イケメンが完全に潰れたアンパンになってる〜! 超特大スクープ激写完了〜!」
完全にノックアウトされたリュウキと、熱狂の中で現職信任を勝ち取った桐花学園生徒会。
かし、倒れた敵の回収と鷲宮への正式抗議、そして何より「壇上で六法全書フルスイングした事後処理」というお約束の始末書が待ち受ける――
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魔法が通じないなら物理で解決する。
アイラらしいっちゃアイラらしい。




