第6話 共振(レゾナンス)の恐怖
「ヒハハハハ! 出てきやがったな、無音のガキめ!」
庭のクレーターの中心で、盗賊の頭目が狂ったように高笑いしていた。
その手に握られているのは、前回の戦闘で砕かれたはずの武器を、さらに一回り巨大化させた『改・超音波斧』だ。
「この日のために、魔導技師に大金を払って作らせたんだよ! 毎秒数万回の振動を放つ、俺の新しい相棒だ! 先刻の一撃で分かったろ? 俺たちの超音波撃滅砲は、家ごと……ひぃっ!?」
頭目の威勢の良い言葉が、喉の奥で引きつった。
俺が、ゆっくりと庭へ足を踏み出したからだ。
「おい」
自分の声が、自分でも引くほど低く響くのが分かった。
俺は買い取ったばかりの愛しのマイホームを振り返る。
鉛シート、火山岩ボード、スライムゲル吸音材……三日三晩、血と汗と埃にまみれて組み上げた、俺の至高のオーディオルーム。
その壁に、外から「余計な振動」を響かせただと?
「俺が……どれだけの苦労をして、あの完璧な静寂を作り上げたか……お前らに分かるか?」
「な、なんだお前……雰囲気が違いすぎるぞ……! 怯むな野郎ども! 囲んで叩き潰せぇぇぇ!!」
頭目の怒号に背中を押され、5人の子分が一斉に襲いかかってきた。
全員が超音波を発するナイフや槍を構えている。
「死ねぇぇぇ!!」
襲い来る凶刃 。だが、俺は避ける動作すらしない。
「うっとうしい」
(ノイズキャンセリング、全方位近接展開)
『……フッ』
子分たちが振るう刃が俺の数センチ手前に達した瞬間、そこから放たれていた耳障りな高音振動が、一瞬で完全な「無音」に変わった。
指向性の逆位相波によって超音波属性を奪われた武器は、ただの「なまくら」と化し、俺の綿の服の生地すら破れずに虚しく弾かれた。
「な……魔法が、効かねぇ!?」
「音が出ねぇぞ!?」
「邪魔だ。しっしっ」
俺は子分たちに向かって、無造作に手を振った。
(指向性衝撃波、低周波パルス)
人間の三半規管を激しく狂わせる低周波の空気波が、子分たちの全身を打ち抜く。
「ぶふっ!?」と吐血混じりの悲鳴を上げ、子分たちは猛烈なめまいと吐き気に襲われ、その場に崩れ落ちて嘔吐し始めた。
「ひっ……!? 下っ端どもが一瞬で……!」
顔を青ざめさせた頭目が、なりふり構わず『改・超音波斧』を両手で構え直す。
「ふ、ふざけるな! この『メガ・ソニックアックス』の振動圧なら、お前の無音化すら力任せに突き破るぅぅぅ!!」
キィィィィィィィィィン――――ッ!!
金属が悲鳴をあげるような、凄まじい高周波が周囲の空気を引き裂く。
庭の雑草が一瞬で微塵切りになり、土の粒子が跳ね上がる。確かに前回の比ではないエネルギーだ。
だが、
「周波数、21,450ヘルツ」
俺は冷ややかに言い放ち、歩みを止めなかった。
「どんなに振動を大きくしようが、音である以上はただの『波』だ。そして……この世のすべての物質には、最も揺れやすい決まった波長が存在する」
「な、何をぶつぶつ言ってやがる!!」
「『固有振動数』だよ」
俺は頭目の目前まで踏み込み、左手をすっと掲げた。
ワイングラスに特定の高さの声をぶつけると、グラス自体が共振を起こして木っ端微塵に割れる。それと同じ原理だ。
頭目の持つ巨大な斧の金属組成、密度、そして内部を駆け巡る超音波の周期。
そのすべてをスキャンし、俺は斧自体が最も耐えられない「共振の周波数」を割り出した。
「君のその自慢の斧……21,450ヘルツの波を、あと『ほんの少し』足されるだけで、形を保てなくなるよ」
俺は頭目の目を見つめたまま、右手の親指と中指を重ねた。
「ひ……ひぃぁぁぁっ……!?」
頭目が恐怖に顔を歪ませ、引きつった悲鳴を上げる。
「静かな日常を邪魔した罪は重い」
パチンッ。
指を鳴らした、その瞬間。
俺の指先から、斧の固有振動数と寸分違わぬ魔力音波が、指向性レーザーのように斧の核心へと打ち込まれた。
次の瞬間、
ズドォォォォォンッ!!!!!
「ギャアアアアアアアぁぁぁぁっっ!!??」
音圧の限界を超えた『改・超音波斧』が、爆発的な共振を引き起こした。
爆発音すら置き去りにする甲高い金属悲鳴と共に、巨大な斧がミクロ単位の金属粉末となって、一瞬で弾け飛ぶ。
柄の木部分すら粉々になり、衝撃波で頭目は後方へ吹き飛ばされた。
庭のクレーターに叩きつけられ、全身傷だらけになりながら、自分の手元(握りこぶしだけが残っている)を見て激しくガタガタと震えている。
「あ……あぁ……俺の……俺のメガ・ソニックアックスが……煙に……」
「次はないぞ」
俺は、粉塵が舞う中で静かに見下ろした。
「今度は斧じゃなく、君の『骨』の固有振動数を測定して鳴らす。人体の骨は、だいたい数キロヘルツで共振するからね。全身の骨が粉々になりたくなければ……分かってるな?」
「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃっ!! わかりました! わかりましたからぁぁぁ!!」
頭目は涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、嘔吐している子分たちの服を強引に引っ張り、這いずるようにして逃げて行った。
「二度と……二度と来ませんんんん!! 騒音も立てませんんん!!」
嵐のような盗賊たちが去り、庭には再び静けさが戻ってきた。
「ふぅ……」
俺は肩の力を抜き、深く息を吐いた。
手元のコーヒーカップ(無傷)を持ち上げ、一口すする。
「やれやれ……せっかくのコーヒーが冷めちまったじゃないか」
俺は足早にお気に入りのオーディオルームへと戻り、重厚な二重ドアを固く閉ざした。
再び訪れた「完全なる無音」の中で、俺は深くソファへ沈み込み、心から満たされた笑みを浮かべるのだった。




