第5話 【サブ】静かな部屋を作るための吸音材DIY
宿屋の主人ボルドからせしめた金貨10枚。
俺はその全額を惜しげもなく投じ、村の端にある小さな一軒家(物置同然の空き家)を買い取った。
「今日からここが、俺の『聖域』だ」
埃っぽい木造平屋の真ん中で、俺は腕を組んで宣言した。
しかし、現実は厳しい。
室内に入ると、外の鳥のさえずりや風の音はおろか、俺の呟き声すら「カーン、カーン」と空しく壁に反射して響いてしまう。
「遮音(外からの音を遮る)」と「吸音(室内の音の反響を抑える)」。
防音の二大原則において、この部屋はどちらもレベルゼロだ。
「よし、やるか……異世界初『完全防音オーディオルーム』作戦!」
俺は村の素材屋から買い叩いてきた資材を、部屋いっぱいに並べた。
準備したのは以下の通りだ。
重い鉛鉱石の粉末を混ぜ込んだ高密度ゴムシート(遮音材)
多孔質な火山岩(軽石)を細かく砕いたボード(低音域用吸音材)
ロックウール代わりに加工した高密度羊毛フェルト(中高音域用吸音材)
表面に山型の凹凸加工を施したスライムゲル構造体(乱反射・定在波防止材)
「……よし、施工開始だ」
まずは壁と天井の隙間にコーキング材代わりの粘土を詰め込み、ピンホール(小さな穴)を完全に塞ぐ。音は空気が通る一ミリの隙間からでも漏れ出すからだ。
次に、壁全面に「重いゴムシート」を敷き詰め、質量則(質量が重いほど音を通しにくい)という物理原則を利用し、外からの騒音を物理的に遮断する。
「ふぅ……これだけでも随分静かになったな」
そして最後の仕上げだ。
内側に「多孔質ボード」と「凹凸スライムゲル」を交互に張り巡らせていく。
部屋の中で発生した音がこの表面にぶつかると、無数の微細な穴や複雑な角度によって音のエネルギーが熱に変換され、反響音が瞬時に消滅する仕組みだ。
作業を開始して三日三晩。
俺は全身を埃とスライムまみれにしながら、ひたすら壁と天井、床に吸音・遮音材を貼り続けた。
そして、
「……できた」
部屋の重厚な二重防音ドアを固く閉ざし、鍵をかけた。
シュン。
一瞬で、世界からすべての音が消え去った。
外を吹き抜ける風の音も、近所の犬の鳴き声も、ライナーたちの叫び声すら一切届かない。 それどころか、部屋の中で「あー」と声を上げてみても、壁からの跳ね返りが全くないのだ。声が空間にスッと吸い込まれて消えていく。
静寂。
あまりの静けさに、自分の心臓の鼓動(トックン、トックン)や、耳の奥で流れる血液の微小な音がはっきりと聞き取れるレベルの「完全無音空間」が完成した。
「はは……ははは……! 素晴らしい……完璧だ……!」
俺は部屋の中央に備え付けられた、特注のふかふかローソファに深々と身体を沈めた。
小さなサイドテーブルには、静かに湯気を立てる淹れたてのブラックコーヒー。
手元には、お気に入りの本。
前世でどれほど望んでも手に入らなかった「至高の静寂」。
工事の騒音も、暴走族の爆音も、職場の雑音も、そしてこの異世界のバカでかい詠唱声も、ここには一切届かない。
「……至福だ」
俺は目を閉じ、コーヒーの芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込む。
一口すすると、芳醇な苦みとコクが口いっぱいに広がっていく。
本をめくる「カサッ」というささやかな音すら、この空間では最高に贅沢な音楽のように響いた。
(この部屋があれば、俺は一生ここで生きていける……もう外の世界なんてどうでもいい……)
圧倒的な達成感と幸福感に包まれ、俺が最高の悦に浸っていた、その時だった。
ドゴォォォォン!!!!!
「「「ひぃぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
突如、家全体がグラリと大きく揺れた。
吸音材の隙間を縫って、床底から地鳴りのような振動が伝わってくる。
「……なんだ!?」
俺は眉をひそめ、せっかくの至福の時間を邪魔された殺意を胸に押し込め、二重ドアの鍵を外して外へ出た。
すると、せっかく買った一軒家の庭に、巨大なクレーターが穿たれていた。
そしてその中心には、超音波を放つ怪しい武器を手にした盗賊の残党(第2話で村から逃げ出した連中)が、大汗をかいて立っている。
「ひ……頭目! あのガキ、あの『無音の家』から出てきました!」
「だ、だがあいつの家、俺たちの超音波撃滅砲の衝撃波をまともに喰らっておきながら、壁ひとつ傷ついてねぇぞ……!?どうなってやがる!」
盗賊どもが、青ざめた顔で俺の家を指差して騒ぎ立てていた。
俺は静かにコーヒーカップを庭のテーブルへ置くと、バキバキと首の骨を鳴らした。
「……おい」
俺の口から漏れたのは、自分でも驚くほど低く、冷酷な声だった。
「俺の……俺の至高のオーディオルームに、不快な振動を響かせたのは……お前らか?」




