第26話 限界突破のハウリング
「……ガハッ、カハッ……!」
自慢の軍勢を「聞こえない音」で一瞬にして無力化され、ガラドは喉から血を吐きながら荒野にひれ伏していた。
だが、その瞳から理性の光は完全に消え去っていた。
残されていたのは、誇りを泥に塗られたことへの狂乱と、どす黒い執念のみ。
「認めん……認めんぞぉぉぉ……! この俺様が……『咆哮のガラド』が……声すら出せずに敗北するなどぉぉぉ!!」
ガラドは血に濡れた地面を爪で抉りながら立ち上がった。
皮膚が裂け、赤黒い血管が浮き上がり、骨格がメリメリと軋みながら異形へと膨張していく。
「ガラド様!? おやめください! これ以上命を燃やせば、貴方様の声帯どころか肉体そのものが持ちません!!」
地面に這いつくばっていた配下の兵が、恐怖に引きつった悲鳴を上げる。
だが、ガラドは耳を貸さない。
自身の生命力、魔力、魂のすべてを燃料として【黒竜の喉】へと注ぎ込んでいく。
「ガハハハハハ! 壊れろ! 俺様の身体ごと吹き飛べぇぇぇ!!」
ガラドの喉元が、禍々しい紫黒色の光を帯び始めた。
その光は全身を蝕み、やがて彼の周囲の空間そのものが高密度の音響魔力によって激しく歪み、陽炎のように揺らめく。
「アキト様……! 敵の魔力数値が際限なく跳ね上がっていますわ!」
エルナが細剣を構え直すが、その表情は険しい。
「……マイクとスピーカーを近づけすぎた時のアレか」
俺は眉をひそめた。
ガラドがやろうとしていること。
それは【自己フィードバック(限界突破のハウリング)】だ。
自身が放った高音を自身の増幅魔術で拾い、減衰させずに喉へと再入力する。
それを何千、何万回と一瞬でループさせることで、音圧とエネルギーを指数関数的に跳ね上げる。
音のループがループを呼び、エネルギーが無限に膨張していく死の連鎖。
それは自身の声帯と肉体を確実に自滅させる捨て身の技だが、完成してしまえば王都全体はおろか、この地方一帯を更地に変える【超極大・全方位ハウリング爆発】となる。
「ピィィィィィィィィィィィィィィィィィン――――――ッ!!!」
大気を押し潰すような、耳をつんざくハウリング音が世界を満たし始めた。
周囲の石畳が粉砕されて宙に浮き、大気が高熱で歪み、王都の空が紫黒色の音波の渦に呑まれていく。
「ガハハハハハ! 消せ! 消せるものなら消してみろ小僧ぉぉぉ!!」
崩壊しかけた顔面を歪ませ、 ガラドが狂った笑みを浮かべる。
「このハウリングは巡るたびに周波数も振幅もランダムに変化し、威力は無限に膨れ上がる! 貴様のその小賢しい『自動追従』の計算速度を置き去りにして、世界ごと消し炭になりやがれぇぇぇ!!!」
「アキト様!!」
エルナが俺の前に出ようと足を踏み出す。
「下がるんだ、エルナ」
俺は彼女の肩を優しく叩き、一歩前へ出た。
無秩序に変化し、際限なく増幅していく凶悪なハウリング。
大気が軋み、空間そのものが音圧の過剰負荷に耐えきれず悲鳴を上げている。
だが、俺の表情には、焦りも恐怖もなかった。
「フィードバックによるハウリング……確かに、増幅スピードに計算が追いつかなくなれば詰みだな」
俺はゆっくりと右手を掲げ、親指と中指を重ね合わせた。
「だがな、ガラド。音響の現場でハウリングが起きた時の『一番手っ取り早い対処法』を、あんたは知らないらしい 」
「何……だと……!?」
俺は冷ややかな、どこか哀れみすら込めた視線をガラドに向けた。
「計算して打ち消すのが間に合わないなら 、『マイクの電源(元栓)』を引っこ抜けばいいんだよ」




