第23話 【サブ】ガラド視点:なぜ声が届かない!?
(な……なんだ……!? 何が起きてやがる……!?)
俺の名はガラド、『咆哮のガラド』。
魔王様より賜りし【黒竜の喉】を持ち、そのひと叫びで城塞を粉砕し、数多の軍勢を血の海に変えてきた魔将だ。
『大声こそが力』『音圧こそが絶対の正義』。
それがこの世界の、そして俺様の生きてきた理そのものだった。
その俺様が……いま、人生で味わったこともない恐怖と混乱の渦中に叩き落とされている。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」
喉がちぎれんばかりに張り詰めている。
胸郭は軋み、肋骨の隙間から溢れ出る赤紫の魔力が大気を焼き焦がしているはずだ。
放っているのは、間違いなく俺様の最大奥義『竜の咆哮』。
山をも穿ち、城壁を紙クズのように粉砕する170デシベル超の物理破壊波だ!
それなのに、
(声が出ねえ……!?)
音が出ない。 耳鳴りすら起きない。
目の前に立つ、あのひょろっとした黒髪のガキの手前数十センチの空間で、俺様の魂の叫びが、破壊の衝撃波が、まるで底なしの闇に呑み込まれるように「フッ」と消滅していく。
風すら起きない。
めくれ上がった土煙ひとつ舞ってこない。
「〜〜〜〜!?(なぜだ!? なぜ届かん!? 俺様の声はどこへ消えた!?)」
俺様は必死に喉元を掻きむしり、肺胞が破裂する限界まで魔力を注ぎ込んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」
(響け! ぶっ壊せ! あのガキをミンチにしやがれぇぇぇ!!)
だが、返ってくるのは静寂だけだ。
不気味なほどに、恐ろしいほどに、世界はしんと静まり返っている。
自分の声すら、自分の耳に届かない。
自分が本当に叫んでいるのか、それとも声帯ごと死に絶えたのかすら分からなくなってくる。
(なんだ……あのガキは……!? どんな強力な防護魔法だ!? 物理障壁か!? 魔力の相殺か!?)
違う。
障壁なら、俺様の音圧が激突した瞬間に凄まじい衝撃音や爆発、あるいは魔力の亀裂が走るはずだ。
だが、あのガキの周囲には何の反応もない。
ただ……ポケットに片手を突っ込んだまま 、右手で『パチン』と指を鳴らした、それだけだ。
指を鳴らした瞬間、俺様の『竜の咆哮』という現象そのものが、この世界から跡形もなく消し去られたのだ!
(バカな……バカなバカなバカなッ!! 魔法を詠唱すらしてねぇぞ!? 魔力の高まりすら感じなかった! なぜだ!? なぜ俺様の声が届かん!?)
俺様の額から、滝のような冷や汗が噴き出した。
物心ついた頃から信じ切っていた「大声=最強」という世界の絶対法則が、目の前の少年の冷たい眼差しひとつで、木っ端微塵に砕かれていく。
ふと視界の端を見れば、背後に控えていたはずの手下どもが、白目を剥いて地面に転がっていた。
外傷を負ったのではない。「絶対的な無音」という狂気の空間に耐えかねて、恐怖のあまり発狂し、気絶したのだ。
(あ……悪魔だ……)
俺様の巨躯が、膝からガタガタと震え出した。
どれだけ喉を裂いて叫ぼうが、何も起きない。
己の誇りも、武力も、己の存在価値すらも、あのガキの指先ひとつで「無」にされる。
(消される……! 次は俺様自身が、あの無音の中に呑み込まれて消される……ッ!!)
「……ふぅ」
静寂の中、ガキの小さく吐き捨てた溜息だけが、俺様の脳髄に直接響いた。
「言っただろ。どれだけ大声を張り上げようが……ただの空気の揺れなんだよ」
ガキが、ゆっくりと俺様に向かって靴音を響かせた。
その一歩が、まるで死神が間合いを詰めてくる足音のように聴こえた。
「ひ……っ」
俺様の口から、情けない引きつった悲鳴が漏れた。
その小さな悲鳴だけが、なぜか自分自身の耳に、恐ろしく鮮明に届いていた。




