第21話 城壁を砕く「竜の咆哮(ドラゴンロア)」
「ガハハハハハハハッ!! 姿を現したな、小娘ぇぇぇ!!」
西の丘の陣地で、魔将ガラドが身の丈三メートルを超える巨躯を揺らして狂喜の咆哮を上げた。
「たった二人で出向いてくるとは、身の程を知らん愚か者どもめ! 地脈の低周波を防いだ程度で、この俺に勝ったつもりかぁぁぁ!!」
ガラドは手にしていた『超超低周波破砕砲』を無造作に投げ捨てた。
ズシンと重い音を立てて兵器が地面に転がる。
「あんな鉄屑は、ただの『挨拶』に過ぎん! 貴様らがどれほど小細工を弄しようが、俺自身のこの『喉』……古の黒竜の血を引く俺の『竜声帯』の前には無力だと知るがいい!!」
ガラドの胸板が、生物の限界を超えて膨張し始めた。
ドクン、ドクンと、その肋骨の隙間から溢れ出るような禍々しい赤黒い魔力。
彼の喉元が、まるで燃えさかる炉のように赤く発光していく。
「ヒッ……! が、ガラド様が直接『あの魔法』をお使いになるぞ!」
「下がれ! 巻き込まれたら骨も残らんぞ!!」
魔王軍の兵士たちが顔を青ざめ、蜘蛛の子を散らすように後退していった。
「あ、あれは……!」
エルナが息を呑む。
「古代竜の喉の構造を宿すと言われる、黒竜族の秘技……『竜の咆哮』……! 伝承では、ひとたび放たれれば一国の軍隊を一夜で滅ぼすという……!」
ガラドの全身の筋肉が軋む音を立てて隆起し、その口がバカりと大きく開かれた。
直後、彼の喉から放たれたのは、これまでの公害級騒音すら生温い、次元の違う『音圧の暴力』だった。
『グォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!』
ドカァァァァァァァン!!!!!
凄まじい衝撃波の壁が、目に見える『空間の歪み』となって押し寄せてきた。
音圧、およそ160デシベル超。
それは、近代の爆弾が至近距離で炸裂した際の爆発音に匹敵し、直撃を受ければ音波そのものが物質を叩き潰す質量兵器と化す領域だ。
「な……っ!?」
エルナの放った『聖響消音破滅砲』の弾道が、ガラドの絶大な音圧と大気の激しい乱流に押し戻され、着弾する前に空中で霧散した。
「くっ……! 物理的なエネルギーが大きすぎて、空気の乱れでビームの軌道が強制的に歪められてしまいますの……!?」
「ガハハハハ! 無駄だ無駄だぁぁぁ!!」
ガラドの咆哮は止まらない。
押し寄せる音波の津波は、俺たちの頭上を通り越し、背後にそびえる王都第2外郭の巨大な石造りの城壁へと一直線に激突した。
ズガガガガガガガガガアン!!!!!
「「「ひえぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
天地を揺るがす破砕音が響いた。
厚さ5メートル、数百年もの間あらゆる攻城魔法を跳ね返してきた頑強な城壁が、乾燥したビスケットのように一瞬で弾け飛び、粉砕される。
大量の粉塵と瓦礫が天を覆い、王都中から悲鳴が上がった。
「城壁が……! あの頑丈な城壁が、たった一撃の声で……!?」
「ひぃぃぃ! 悪魔だ! バケモノだぁぁぁ!!」
城門の奥で様子を見ていた騎士たちや住民たちが、腰を抜かしてガタガタと震え上がった。
大声こそが強さの象徴とされるこの世界において、ガラドの放った『竜の咆哮』は、まさに神の領域に達した破壊の化身。
誰もが死を覚悟し、王都の終焉を確信した。
「ガハハハハ! 見たか小娘! これぞ真の『音』! 真の『力』だぁぁぁ!!」
舞い上がる粉塵の中、ガラドが勝ち誇ったように胸を叩いて、大声で笑い飛ばす。
「貴様らの小細工など、圧倒的な音圧の前では紙くず同然! 潰れろ! 砕けろ! 我が声の前に平伏せぇぇぇ!!」
暗雲が垂れ込め、絶望が王都全体を支配する。
……だが。
ガラドの怒号が響き渡る中、粉塵の向こうから「あーあ」という、酷くうんざりした溜息がひとつ漏れ聞こえた。
「……たく。せっかく綺麗に積んであった城壁を、派手に散らかしてくれたもんだな」
上着についた石屑をパッパと払いながら、俺、鳴海晃人は、気だるげに砂煙を割って歩み出た。
鼓膜を破られることもなく、その表情には恐怖の欠片すら浮かんでいなかった。




