第20話 決戦の地へ
「ガラド様! 王都側の地鳴り反応が完全に消失しました!」
「なんだとぉ!? 我が『超超低周波破砕砲』の地脈共振が消えただと!? どんな防音結界を張ろうが、地脈を伝わる重低音を防げるはずがねぇ!!」
西の丘の陣地で、魔王軍幹部『咆哮のガラド』が巨躯を震わせて怒鳴り散らしていた。
巨大な筒状の音波兵器からは、だが、その暴力的な振動は王都の手前ですべて透明な穴に吸い込まれるように掻き消え、 完全に消滅していた。
「な、なぜだ……!? 王都の連中はなぜ悶絶していねぇ!? なぜ城壁がひとつも崩れねぇんだぁぁぁ!!」
ガラドが血走った目で王都の正面城門を睨みつけた、その時。
ギィィィ……
と重苦しい音を立てて、王都の主城門がゆっくりと左右へ開いた。
軍勢の突撃を告げる怒号も、進軍のファンファーレも一切響かない。
開いた門の奥から静かに歩み出てきたのは、わずか二人だった。
白銀の甲冑を纏い、背筋を凛と伸ばした聖女エルナ。
そして、ポケットに両手を突っ込んだまま、面倒くさそうに欠伸を噛み殺す黒髪の青年、鳴海アキトだった。
「……あ、あの二人だけだと……!? 騎士団の軍勢はどうした!?」
魔王軍の兵士たちのあいだに、動揺と困惑がさざ波のように広がる。
城門の前に進み出た俺は、耳を塞ぐことすらなく、西の丘の上に鎮座する巨大な音波兵器を冷めた目で見上げた。
空気の振動、地脈の揺れ、音波の波形。
すべての「振動」が、脳内のスクリーンで完璧にデータ化され、可視化されている。
「ガラドとか言ったか。……本当に、胃に響く不快な重低音だな」
「アキト様……」
隣に並ぶエルナが、静かに息を整えながら視線を合わせてくる。
その首元や喉には、かつてのような無駄な力みは一切ない。
声帯を削る絶叫詠唱を完全に捨て去り、彼女の体内では純化された魔力が、40,000ヘルツの【指向性超音波】へと鋭く収束していた。
「準備はいいか、エルナ」
「はい、アキト師匠。標準座標の固定、完了しておりますわ」
「よし」
俺はポケットから右手を抜き、西の丘に鎮座するガラドの兵器へ向けて、すっと指先を向けた。
「あの馬鹿でかいスピーカーのせいで、せっかく淹れたコーヒーが冷めちまったんだ。……騒音元の主には、即刻退場してもらおうか」
「はいっ……! 私たちの『静かな日常』を取り戻すために!」
エルナが可憐な唇をわずかに動かし、吐息と変わらない密やかな声で、呟いた。
「……『聖響消音破滅砲』」
――シュン。
放たれたのは、大気を震わせない完全な無音の衝撃波。
大声を張り上げて己の力を誇示する時代の終わり。
「音響物理学」を携えた転生者と、静けさの価値を知った聖女の手によって、異世界の騒音の歴史に静かな終止符が打たれようとしていた。




