第2話 音の「逆位相」でノイズキャンセリング
「おいおい、あの村のガキ、恐怖で動けなくなってやがるぜ!」
村へと土足で踏み込んできた盗賊どもが、アキトを見てゲラゲラと下品に笑い始める。
彼らの足元では、村の自警団エースであるライナーが、血を吐いて倒れ伏していた。
「くそっ……あいつ……声量が桁違いだ……! アキト……逃げろ……!」
ライナーの悔しそうな声が届く。
彼が放った「110デシベル(車のホーン並み)」の風魔法は、盗賊の頭目が放った「130デシベル(ジェットエンジン並み)」の怒号によって呆気なく打ち消され、その衝撃波で吹き飛ばされたのだ。
「……はぁ。」
俺は盗賊たちの前に、両手をポケットに突っ込んだままゆっくりと歩み出た。
「おいアキト!? やめろ、お前みたいな声の小さい奴が行っても死ぬだけだ!」
倒れたライナーが叫ぶ。
ライナーが悲鳴のような声を上げるが、無視だ。
俺はポケットから静かに手を出し、深呼吸をひとつ整えた。
転生した時、俺に宿っていた力。
それは前世の知識と、魔力を「音波」として自在に変換・操作する、この世界の誰も知らない異端の術式だった。
「あぁん? なんだこのヒョロいガキは? 恐怖で頭がおかしくなったか?」
盗賊の頭目が、顔を真っ赤にして喉を破裂させんばかりの顔で叫ぶ。
『死ねぇぇぇぇぇぇ!!!! 『極大爆風連散陣』ぁぁぁぁぁぁぁ―――!!!!』
大気を激しく震わせる、死の爆音が放たれた。
ズドドドドドッ!! と重低音が空気を引き裂き、空間が歪む。
家屋を根こそぎ粉砕するほどの、不可視の超巨大な衝撃波(音波)が俺に向かって押し寄せてくる。
直撃まで、あと1秒。
俺は目を細め、目の前に迫る巨大な音波の「波形」と「周波数」を、意識のスクリーンへ瞬時にスキャンした。
(振幅、波長、周波数……よし、解析完了)
音というのは、空気を媒体にして伝わるただの「物理的な波」なんだよ。
(密)と(疎)の波形を持って押し寄せる音波に対し、全く同じ周期で、真逆の密と疎を持つ波――つまり『逆位相』の波をぶつければ、波同士が打ち消し合ってエネルギーはプラスマイナスゼロになる。
ただの音響工学の基礎だ。
俺は練り上げた魔力を指先に集中させ、すっと一本立てた。
そして、目の前に迫る破滅の衝撃波へ向け、 まったく同じ周波数で真逆の波形(逆位相)の魔力波を静かに空間全体へ放つ。
言葉なんて発する必要すらない。
鍛え上げた俺の術式に、大声の詠唱など最初から不要なのだ。
(ノイズキャンセリング、広域照射)
次の瞬間。
『…………』
世界から、音が消えた。
ドゴォンとも、バキッとも言わない。
盗賊の頭目が死に物狂いで放った壊滅的な爆音魔法も、圧縮された空気の衝撃波も。
俺の数メートル手前で、まるで最初から存在しなかったかのように「フッ」と霧散した。
完全なる静寂。
鳥の羽ばたきすら聞こえそうなほどの、完璧な無音空間がそこに広がっていた。
「……え?」
息を切らし、目を見開いて硬直する盗賊の頭目。
後ろで耳を塞いでいた村人たちも、ポカンと口を開けて固まっている。
何が起きたのか、誰一人として理解できていない。
「……は? あ? 俺の……俺の130デシベルの合唱魔法が……消えた……!? おい、お前、今何を叫んだ……!? 何も聞こえなかったぞ!?」
頭目が狼狽しながら、震える指で俺を指差す。
俺は耳の防音結界をゆっくりと解除し、心底うんざりした目で男を見つめ返した。
「……聞こえないのは当然だろ。打ち消したんだから」
俺は静かに、しかし冷ややかに言い放った。
「お願いだから、もう少し静かにしてくれないか? 近所迷惑なんだよ」




