第1話【悲報】異世界の魔法、声が大きすぎる
「静かなところで……ただ静かに……眠りたい……」
それが、俺「鳴海晃人」の死に際の願いだった。
前職は大手音響機器メーカーの騒音制御エンジニア。
毎日毎日、精密騒音計を手に工場や建設現場を飛び回り、「55デシベル以下に抑えろ!」と詰め寄る近隣住民と、「これ以上防音コストを出せるか!」と怒鳴り散らす現場監督の挟み撃ちにあう日々。
やっとの思いで帰宅したアパートでも、休まる時間は一秒たりともなかった。
上階の住人がドスドスと踏み鳴らす足音、隣人が夜中に響かせる重低音。
暴走族が、外の幹線道路を改造バイクで走る直管マフラーの爆音。
部屋の壁に自費で遮音シートと吸音フォームを狂ったように貼り巡らせたが、壁を伝ってくる「振動(低周波)」だけは殺しきれなかった。
時計の針のチクタク音すら脳を刺す針に感じられるほどの極度な「音過敏症」と不眠症をこじらせ、睡眠薬を常用する日々。
最期の夜、俺は耳栓をした上にノイズキャンセリングヘッドホンを装着し、頭をかきむしりながら願った。
『頼む……一度でいい……完全な無音の中で、静かに眠らせてくれ……』
それが、疲れ果てた俺の心臓が止まる直前の、切実すぎる遺言だった。
だから、神様(と自称する光るナニカ)に「転生させてやる」と言われた時も、条件は一つだけだった。
『静かな世界で、静かに暮らせるならどこでもいい』と。
神様は笑顔で頷いているように見えた。
ただの光る塊という認識なので、偶然そう見えただけかもしれないが……。
「任せなさい、次の世界では君の『音』に関する知識と素養が大きな力になる」
とか何とか言っていた気がする。
……だが。
その神の言葉が最悪の詐欺だったと気づくのに、そう時間はかからなかった。
俺が異世界に転生し、この辺境の村で生まれ変わり過ごしてきた16年間。
それはまさに、「音の暴力」との絶望的な格闘の歴史だったのだ。
赤ん坊の頃、最初に聞こえてきた母の子守唄は「ヨシヨシ~!」という怒号のような大声だった。 この世界では「愛の深さ=声のデカさ」でもあるため、親の純粋な愛情表現すら耳鳴りを引き起こす凶器となる。
3歳になる頃、俺は自分の異変に気づいた。
前世の知識と経験のせいか、頭の中で自分の魔力を「音波の波形」として視覚的に知覚・生成できる奇妙な感覚があった。 だが、そんな自称チート能力などどうでもよくなるほど、この世界の理不尽が俺を襲う。
なんとこの世界は、『声の音圧=魔法の威力』という、狂気のような物理法則(?)で成り立っていた。
魔法使いの強さは魔力量ではなく「声量のデカさ」で決まる。大詠唱とは物理的にバカでかい大声のことであり、一流の魔導士とは声帯がバケモノレベルで強靭な人間を指す。
結果としてこの世界は、どこに行っても大声で叫ぶ奴らばかり。
戦場はもちろん、街の市場でも魔法使いが「いらっしゃいませぇぇぇ!!(※物理的威力を伴う )」と叫び、日常的に公害レベルの生活騒音が撒き散らされているのだ。
(……前世よりうるさいじゃないか。神の嘘つき)
5歳の時、村の子供たちが魔法の発現テストで一斉に叫び出した時の地獄を俺は忘れない。 周りのクソガキどもが「うおおお!」と絶叫し、鼓膜が破れそうな激痛に耐えかねた俺は、とっさに自分の耳の周りに魔力で「反対の波形(逆位相:アンチフェーズ)」をぶつけて音を消す術式……
つまり、『自分専用の透明なノイズキャンセリング耳当て』を即席で開発した。
それからの10年間、俺の生活は一変した。
「声量を鍛える」という名目で毎日山に向かって叫び続ける同年代の連中を横目に、俺は自分の『ノイズキャンセリング結界』の精度をひたすら上げ続けた。
周りからは「あいつは声が小さすぎる」「魔法の才能がゼロの無能」と哀れみの目で見られたが、知ったことか。
俺の目標は無双することでも英雄になることでもない。
「この超・大騒音世界で、静かに昼寝と読書ができる環境を作ること」ただそれだけだったのだから。
そして16歳になった現在。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!! 食らえぇぇぇぇぇ!! 『炎の弾丸』ぉぉぉぉぉ!!!!!」
バリバリバリッと大気を震わせる爆音が響き、俺の目の前で小さな火の玉が一つポンと弾けた。
「……は?」
俺は思わず耳を塞ぎ、不快感に顔を顰めた。
ここは、俺が転生して過ごしている村の広場だ。
目の前では、村の自警団の若者ライナーが、顔を真っ赤にし、首の筋をこれでもかと浮き出させながら大声を張り上げている。
「ハァ……ハァ......! 見たかアキト! 今の俺の『ファイヤーボール』を! 音量で言えば110デシベルはあるはずだ! これで俺も一人前の魔法使いだぜ!」
ドヤ顔で胸を張るライナー。
ちなみに、110デシベルというのは「自動車のホーンを至近距離で聞くレベル」あるいは「ヘリコプターの至近距離 」と同等の爆音である。
それだけの爆音を出して、出来上がったのは拳サイズの火の玉ひとつ。
「……ねえ、ライナー。それ、もっと静かに唱えられないの?」
「はぁ!? お前バカかアキト! 声を小さくしたら魔法の威力が落ちるだろ! 魔法ってのはな、喉を枯らし、大気を震わせる『声のエネルギー』で発動させるもんだろ!」
(静かに……俺は静かにコーヒーを飲みながら本を読みたいだけなのに……)
頭痛に耐えながらこめかみを押さえていると、突如、村の入口の方から地鳴りのような重低音と、耳をつんざく悲鳴が響き渡った。
『ガハハハハ! 村の野郎ども、金と食料を置いていきやがれぇぇぇ!!』
ズガァァン! と、音圧で村の木製門扉が吹き飛ぶ。
現れたのは、身の丈2メートルはあろうかという巨漢の男と、その下っ端ども。 噂に聞く盗賊団だ。
「ひっ……盗賊だ! おいライナー、魔法で追い払ってくれ!」
村人が悲鳴を上げる。
ライナーが前に出ると、息を深く吸い込み、胸を極限まで膨らませた。
「うおおおおおおおおお!!!!! 失せろ泥棒どもぉぉぉぉぉ!!!!
『爆風』ぉぉぉぉ!!!!!」
ライナーの喉から放たれたのは、耳が痛くなるほどの悲鳴のような大音量。 確かに空気の波が揺れ、盗賊たちに向かって風の塊が飛んでいく。
だが、
『甘ぇんだよぉぉぉぉぉ!!!!』
盗賊の頭目が、ライナーの倍以上の肺活量で吠えた。
『『『ぬうぅぅぅぅおおおおおおお!!!!』』』
ズガァン!!
頭目の咆哮一発で、ライナーの『爆風』はあっけなく相殺され、それどころかライナー自身が音圧の衝撃波で吹き飛ばされ、村の壁に叩きつけられた。
「グハッ……! くそ……声量が……デカすぎる……!」
ライナーが血を吐いて倒れる。
「ガハハハ! 軟弱な村人の声量など、俺の『130デシベルの咆哮』の前では無力! 次は村ごと吹き飛ばしてやる! 息を吸い込め野郎ども! 斉射の準備だぁぁぁ!」
盗賊たちが一斉に深く息を吸い込み始めた。
130デシベル。 それは「ジェットエンジンの至近距離 」に相当し、人間の耳の耐性限界(痛覚限界)を超えるレベルの音圧だ。あんなものを食らったら、 魔法の威力以前に村人の鼓膜が全員破れる。
周囲の村人たちが恐怖で耳を塞ぎ、泣き叫ぶ。 盗賊たちの胸がパンパンに膨らみ、喉が振動を始める。
「……はぁ。」
俺は深い、深い溜息をついた。
うるさい。 本当に、うるさい。
なぜ静かに過ごしたい俺の日常に、こんな暴走族の爆音マフラーみたいな声を叩きつけられなきゃならないんだ。
俺は盗賊たちの前に、ゆっくりと歩み出た。




