第14話 ボソボソ呟くだけで届く「指向性超音波」
「……ゲホッ、ゴホッ……! 悔しいですわ……私としたことが、このような無様を……!」
広場の木陰で、エルナが痛々しく喉元を押さえて咳き込んでいた。
理由は至極単純だ。
先の戦闘でイコライザー結界によって敵の耳鳴りノイズが消え去った途端、「今こそ我が騎士団の真骨頂!」と調子に乗って大声で『聖響風爆陣』を連唱し、案の定、自分で勝手に喉を痛めたのである。
「自業自得だな。だから喉の力だけで威力を稼ごうとするなと言っただろ」
俺は冷ややかな視線を向けつつ、冷たい水を入れたコップを差し出した。
「うぅ……返す言葉もございません、師匠。ですが……声を張り上げなければ、どうしても魔法の到達距離が落ちてしまいますの。遠方の敵を仕留めるには、喉の限界まで声を極大化せざるを得ませんわ……!」
コップを受け取り、悔しげに唇を噛み締めるエルナ。
この世界の常識では、「声の大きさ=届く距離」だ。
音波は空気中を放射状(全方位)に広がりながら進むため、距離の二乗に反比例してエネルギーが減衰していく。だからこそ、遠くの標的を狙うには馬鹿げた大声を張り上げ、初期の音圧を最大にするしかないと思い込んでいるのだ。
「四方八方に散らばるから減衰するんだよ。散らばらないように『レーザー』みたいに音を細く束ねてやれば、ボソボソ呟くだけでも数百メートル先の耳元へ届く」
「お、音を……レーザーのように束ねる……!? そんなことが可能ですの!?」
エルナが目を見開く。
「『パラメトリックスピーカー(指向性オーディオ)』の原理だよ」
俺は落ちていた木の枝を拾い、地面に簡単な概念図を描き始めた。
「人間の耳に届く通常の『可聴音(声)』は波長が長く、障害物を回り込んで全方位に拡散しやすい。だが、人間の耳には聞こえない『超音波』は波長が極めて短く、光のようにまっすぐ直進する性質(強い指向性)を持っている」
「超音波……以前、盗賊が武器に使っていたような、あの高い振動ですの……?」
「そうだ。その超音波を『担送波(キャリア波)』として使う。まず、君の囁き声の波形を超音波の波形に重ね合わせ、変調をかける。そして、その超音波を標的に向けて細いビーム状に射出するんだ」
「超音波に……声を乗せて撃ち出す……?」
「直進した超音波ビームは空気の分子と激しく衝突し、自ら歪みを生み出すことで、元の『可聴音』だけが空間の中で綺麗に復元される。つまり、ビームの通り道には一切音が漏れず、『直撃した標的の耳元だけ』に君の声がピンポイントで鳴り響くわけだ」
エルナは地面の図と俺の顔を交互に見つめ、その物理的なからくりに息を呑んだ。
「周囲には一切の音を漏らさず……目標の耳元だけに、極大威力の魔法を叩き込む……!? そ、それはまるで……『消音器付きの狙撃銃』ではありませんか……!」
「そういうことだ。大声を張り上げる必要なんてどこにもない。むしろ超音波の波形を精密に制御するためには、息を漏らす程度のボソボソ声のほうが都合がいいんだよ」
「呟くような小声で……超音波をビーム状に投射……!」
エルナの瞳の奥に、新たな「音響物理学」への純粋な狂熱が灯る。
「教え……教えてくださいまし、アキト師匠! その『パラメトリック・キャスト』の技術を……! これさえ習得すれば、喉を一切痛めることなく、遠く離れた敵を一撃で狙撃できますわ!」
「よし。まずは喉の力を完全に抜く呼吸法と、魔力を超音波の周波数(40,000ヘルツ)付近へ変換する感覚からだ」
俺はエルナを立たせると、遠くに見える練習用の木製標的(約200メートル先)を指差した。
「腹から声を出すな。喉を締め付けるな。空間に一本の『見えない直線』を描くイメージを持て。超音波のレールに乗せて、囁き声を弾丸のように撃ち込むんだ」
「はい……っ、師匠!」
こうして、喉を痛めた脳筋聖女による、異世界初の「指向性音波スナイピング」の秘密特訓が始まったのだった。




