くさくさ
「おっ、上里君ジャーン!」
一瞬、後ろから迫ってくる人物に驚いて俺は体を強ばらせた。
しかし、それも束の間。俺は直ぐに振り向くとあんな訳の分からない
言葉を使う者はこの学校に一人しかいないことを思い出した。
「それも結構、懐かしいな」
「あはは~、上里君期末テストどうだった~?」
「言わん。てかお前、普通に喋れるんだから普通に話せ。
何でそれで友達多いんだよ」
それとも何だ。陽キャと言われる連中の殆どがこんな訳の分からない言語を
話すのか。仮にそうならみんながジャーン、ジャーン言って煩いだろうな。
「え~? これで良いジャーン」
「良くない......ってのは言っても無駄か」
『はあ......』と大きい溜め息を吐いて有馬の顔を見る。まさか、こんなのが
自然観察部を作った奴だったとは。世界と言うのも奇っ怪だ。
「ん? 何々、僕の顔になんか付いてる?」
「いや、別に。只、お前って面倒臭そうな奴だなあ......と、思って」
俺は他人事のように軽口を叩いた。
「......ん~。そうかもだけど、上里君もかなり面倒臭い方じゃない?
いや、あの部活の人間は皆か」
「かもな。自覚はあるつもりだ」
「でもさあ? あの部活って言ってみれば上里君のハーレムジャン?
どう? やっぱ、気になる部員とかいるの?」
まるで此方の全てを見透かしたような、そんな目で俺を見つめながら
有馬はそんなことを聞いてくる。これが俗に言う恋バナ、という奴か。
およそ17年間生きてきて、そんな話を親父以外から振られたのは初めてだ。
「まあ、そりゃあ......」
「えっ!? いんの!? マジで!?」
「何でそんなに驚いてんだよ......」
「いや、上里君ってなんか冷めてるからそういう人間らしい感覚は
てっきり持ち合わせていないのかと」
調月もビックリの唐突なディスだ。いや、これも自覚は有るが。
「で!? 誰!? 誰なの!?」
有馬は腹を空かせた狼が羊に食らい付くように、顔を俺へと近付けて
聞いてきた。そういった話題に敏感なのはリア充女子と老境に差し掛かった
女性だけかと思っていたが有馬もそうだったらしい。
「えっと、まず幻中な。幻中は色々と謎が多くて気になる。白嶺先輩は
生徒会長になった理由が気になるし、小戸森は真性のボクッ娘だから
気になるな。後、調月もどうやったらあんなに毒を吐けるのか気になる」
「え? 何それ」
「ん? 部員で気になる奴はいるかって話だろ?」
彼女達には個人的に興味がある。質問の回答としては間違っていない筈だ。
「もしかして......はぐらかした?」
「どうだろうな。質問には答えたぞ」
まあ、気になる......と、言っても人のプライベートを勝手に詮索する
つもりは無いが。あくまで何と無く気になるだけの話だ。
「やっぱ、上里君には人の感覚が無かったか~」
「なんでそうなるんだよ。それに、恋愛ならしまくってるぞ。ゲームで」
やっぱりギャルゲーは素晴らしい。選択肢さえきちんとすれば
ハッピーなエンドに連れていって貰えるのだから。
「上里君、やっぱイメージ通りオタクかあ~」
「別に良いだろ。どれが嘘でどれが本当なのか分からない三次元と違って
二次元は全てが嘘と分かっている分、逆に安心出来るんだよ」
「何それ名言?」
「こんな名言は嫌だろ」
どうでも良い話をしながら俺と有馬が歩いているのは学校への道だ。
有馬に絡まれるくらいなら調月に遭遇した方がまだ良かった気も......
いや、どっちも嫌だな。調月は会うなりゴミを見る目で見てくるし。
「なあ、有馬」
俺は不意に有馬へと尋ねた。
「んー?」
「お前が前科部を退部したのは......さっき言ってたように
アイツらが面倒臭かったからか?」
俺は敢えて、目の前にある地雷を踏みにいった。特に意味は無いつもりだ。
つもり......だが、もしかしたら俺は少し怒っていたのかもしれない。
彼女達を放って、別のモノを優先した有馬に。
「あー......ちょっと、此処では言えないね~! アハハ、場所をちょっと
変えてくれるかなあ?」
有馬は突然、雰囲気を一変させてそう言った。こうやって、急に声色を変えたり
ピリピリとした雰囲気を作り出す奴とは今までに何度か遭遇しているので
俺はもう慣れてしまった。
「おう。んじゃ、学校が始まるまでにまだ時間あるし移動するか。
あ、有馬、朝練は?」
「有るって言いたいんだけど、残念ながら今日は休み。とりま場所変えよ」
そうして俺達は人気の少ない公園に移動した。雰囲気的にはこの前
調月と行ったところに近いが、また別の公園だ。
「それじゃあ、答えてくれるか? わざわざ、こんなところまで来たんだから
答えないなんてことは無いよな?」
「マッサカー、ソンナコトアルワケナイジャナイカー」
「あのな......」
折角の張りつめた雰囲気が有馬のテンションのせいで台無しだ。
シリアスブレイカーめ。
「で? 何だっけ。あ、そうだそうだ。僕があの部活をソッコーで退部した
理由だったよね。まあ、そりゃ分かるでしょ」
ペラペラと早口で話す有馬。かなり調子を崩される。
「分からないから聞いているんだけどな、一応仮説は立てたし」
「って言っても、キミの仮説が殆ど正しいんだけどね」
「と言うと?」
「僕はねえ......? 常に多数派でいたいんだよ。英語で言うとマジョリティ。
あ、キミ達はマイノリティ、少数派ね」
そう言いながら有馬は大きな石を拾って、コンクリートの地面に叩き付けた。
その石は見事に砕け散り、大量の小さな粒と幾らかの大きな粒へと変貌した。
「この粒って言うか、粉みたいなのが多数派。んで、このコロッとした石が
少数派。どう? 目立つでしょ? 少数派の方が」
「面倒臭い。そういう、ベタな例えをしていいのはイケメンかナルシスト
だけだぞ。結論から言ってくれ」
「あはは、ごめん。でも、僕ってイケメンだろ? 少なくとも見た目は」
「それを自分で言うのはナルシストだけどな」
俺は今日二度目の大きな溜め息を吐いた。
「溜め息ばかり吐いてたら、幸せが逃げちゃうよ?」
「溜め息くらいで逃げる幸福はいらない」
「じゃあ、永遠に自分の元に留まる幸福は手にできそう?」
「この世の中がこの世の中の内は無理だろうな」
『何それ哲学?』、と有馬はクスクスと笑う。そういえば先輩も
似たような返しをしてたな。やっぱり幼なじみなのだろう。
「ま、上里君の言う通りまわりくどかったね。要するに僕は多数派の中で孤立せずに
学校生活を送りたいんだ。皆と価値観や話題がずれるのは恐ろしく怖い。
だから、自然観察部に幻中さんと調月さんが入ってきたときは驚いた。何故って
彼女らは元から結構、浮いてたからね。彼女らといれば僕も浮きかねない。
だから、早めに退部しておいた。ね? 簡単なことだろう?」
「......お前の考えは俺には全く理解できないが、これがお前のいう少数派と
多数派の価値観の違いなんだろうな」
「うんうん、分かってくれたなら嬉しいよ。キミには結構、興味を持ってるんだ。
少数派が巣くっていると分かりながら、あの部活に入部したんだから。
僕個人としては彼女達になんの怨みも嫉みも無いんだよ? だからキミが彼女らを
どんどん変えていってるのを見て、嬉しかったんだ。この調子で彼女達を
救ってあげてよ......救世、主? どしたの、そんな怖い顔して」
俺は勝手なことを並べ立てる有馬を鋭く睨んだ。俺が此処まで憤怒の感情を
露にするのは久し振りかも知れない。
「一つ言って良いか? 黙れ。お前が自分勝手で自己中心的な性格なのは知っていたが
此処までとはな。それに、俺は別にアイツらをどうこうするつもりは微塵も無い。
自分が出来ないからって、俺に英雄像を重ねるな。お前には前にも言ったよな?
俺があの部活に入ったのは楽そうで楽しそうだったからだ。それ以上でも
それ以下でも無い」
自分で話していて体が火照っているのを感じた。感情的になっては駄目だ。
落ち着こう。感情論は脆い。
「良いか? お前が言ってるのは平気でポイ捨てしながら、ゴミで苦しんでいる
ウミガメを見て可哀想と思い、それでもポイ捨てはやめず、別の誰かに
期待しているような物だぞ?」
「......ごめん」
有馬は先程のテンションを失い、小さく謝った。
「いや、別に虐めをしたりそれを助長してる奴はお前を含めていっぱい
居るんだから一々、それでお前を責めるつもりはない。だが、マジで勝手に
俺を正義の味方かなんかだと思うのはやめてくれ」
俺が腹を立てたのはあくまで、自分の手を汚さずに偽善的な考えで俺を
英雄に仕立てあげようとしたことだ。
「成る程。確かに、僕の考えは間違っていたかもしれない。指摘をありがとう。
聞きたいことは聞けたかな?」
「ああ、もう十分だ。聞いときながら悪いが、二度とお前の話は聞きたくない」
何故だろうか。つい、強い口調で言ってしまった。俺は正義の味方でもなんでもないと
言ったばかりだろうに。まるで、有馬を強い口調で突き放し蔑むことが正義のように
思えてしまう。気分が悪くなったら直ぐに人を嫌う。それはあまりにも幼稚的な
考えだ。気持ち悪い。こんな偽善的な考えに陥っている自分が気持ち悪い。
「あらら、嫌われちゃった。まあ、そうだよね。上里君、なんやかんやいって
皆のこと大好きみたいだし。少し僕も無責任が過ぎたよ」
あまり経験したことのない気持ちに困惑する俺を他所に有馬はそんなことを
ジョークのように大袈裟なリアクションと共に言った。
「......すまん。俺も言い過ぎた。ただ、お前は好きにはなれなさそうだ」
「うん。僕も丁度、そう思ってた。キミは面白いけど価値観とかは相容れない
物が有りそうだ。対立することがないようにお互い、気を付けよう」
「まあ、対立して負けるのは俺だろうけどな」
「それはどうかな? キミ......というか、前科部の部員である調月さんは
この前の件でキミの無罪を勝ち取り、山本夢華というスクールカーストでも
上位の女子を退学にまで追いやったじゃないか。戦国時代のように下の者が
上の者を倒して成り上がるのは難しいかもしれないけれど、上の者を倒すだけなら
案外簡単かもよ? 皆、馬鹿だしね。君らの方がおつむは何倍も良いよ」
有馬が望むのはどうやら、多数派でいたいということだけであり俗に言う友情的な
モノはどうでも良いらしい。ますます、有馬岬という人間が分からなくなる。
「はあ......朝から疲れた。悪いな、こんなことに付き合わせて。そろそろ
学校が始まる。行くぞ。お前がいなくても自然観察部は今日も動いているんだ。
学校に遅刻なんかしたら部活にいけなくなるかもしれない」




