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『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
第2章 恋を知るには、近すぎます!

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先生、その距離は近すぎます!①

秘密の授業へ向かう前に、図書館へ寄った。

昨日の約束どおり、ルシア様は窓際の席にいた。


「ルシア様、こんにちは」

「来たね」


本から顔を上げた彼が、向かいの席へ目を向ける。

私は腰を下ろしてから、少し迷って口を開いた。


「あの。昨日、私が来るのを待っていたって、おっしゃったでしょう?」

「ああ」

「嬉しかったんです。それで……私も、ここでお会いするのを楽しみにしていたので」


言い終えて、そっと顔を上げる。


「それを、ちゃんとお伝えしたくて」


ルシア様は一瞬黙った。

それから、いつもより柔らかく笑う。


「……そうか」


その顔を見たら、言ってよかったと思えた。


古い地名の話も、少しだけ聞けた。

同じ森なのに、時代によって呼び名が変わる理由。


もっと聞きたかったけれど、今日は授業がある。


「続きは、また今度」

「はい。忘れないでくださいね」

「君の方が、覚えていそうだな」


……確かに。

気になったことは、なかなか忘れられないんです。


私はノートを抱え直し、指定された部屋へ向かった。


* * *


扉を叩くと、中から落ち着いた声がした。


「どうぞ」


部屋へ入った私は、机の前に立つ姿を見つけて、頬を緩めた。


「アシェル様。お久しぶりです」

「ええ。先日は、急に授業を取りやめてしまって、すみませんでした」

「いえ。王宮の急用だったんですよね。今日は、もう大丈夫なんですか?」

「ええ。今日は君の授業の時間を、きちんと取ってありますよ」


そう言って、椅子を示される。


私は廊下へ続く扉を閉め、机へノートを置いた。

部屋の奥には、隣の準備室へ通じる扉もある。そちらは、今は開けてあった。


ここで治癒魔法を教わっていることは、秘密だ。


普通の授業のように、友達へ「今日は何を習った」と話すこともできない。

けれど、四年間教わってきた時間は、私にとって大切なものだった。


「では、記録を見せてください」

「はい!」


延期になった間の練習について説明すると、アシェル様は質問を挟みながら、ページを確かめていった。


「練習中、流す魔力が増えすぎたあとも、自分で元の量に戻せたのですね」

「はい。前より、慌てずに調整できました」

「それは、よかった」


目元が少し和らぐ。

嬉しくなっていると、次の行を指で示された。


「ただ、終わったあとの記録がありません」

「……疲れなかったので」

「でしたら、そう書いてください。何もなかったことも、大事な情報ですよ」


……はい。

そこは、見逃してはいただけませんでした。


* * *


今日は、指先へ流す魔力の量を一定に保つ練習から始まった。


小さな傷なら、もう自分の意思で治せる。

でも、傷を治せても、必要以上に魔力を使ってしまうことがある。


少ない負担で、安定して治せるように。

そのために、魔力を細かく調整する練習も続けていた。


机の上へ手を出し、指先へ意識を向ける。

少し流れが弱くなった気がして、魔力を増やそうとしたところで、声がした。


「魔力を増やさず、今の量を保ってください」


私は詰めかけた息をゆっくり吐き、指先へ流す魔力の量を一定に保った。


「ええ。そのまま」


しばらくして、アシェル様が頷く。


「では、魔力を流すのを止めてください」


指先への魔力を止め、手を下ろした。


「どうでしたか?」

「前より楽でした。途中で流す魔力の量がばらつきましたけど、自分で一定に戻せたと思います」

「私も、そう見えました」


顔を上げると、静かな笑みが返ってきた。


「上手になりましたね」


胸が、ふわっと温かくなる。


「では、もう一度――」

「その前に、今の感覚を記録してください」

「……はい」


言うと思った、という顔をされた。


もう。

私も、ちゃんと覚えているんですけど!


ペンを取ろうとした、そのときだった。


廊下側の扉を叩く音がした。


「アシェル様。こちらにいらっしゃいますか?」


私は反射的に顔を上げ、返事をしかけた。

けれど、アシェル様が私を見て、ご自分の唇の前に人差し指を立てる。


――声を出さないように、という合図だ。


私は口を閉じ、小さく頷いた。


「ええ。何でしょう」


先生の声は、いつもどおりだった。


「学園長からお預かりした書類がございます。ご確認をお願いしたいのですが」


廊下から聞こえたのは、学園の先生の声だった。


……書類の確認。

ということは、部屋へ入っていらっしゃる?


私がいるところを見られたら、何をしていたのか聞かれるかもしれない。


アシェル様が、私のノートを閉じた。


「少々、お待ちください」


扉の向こうへそう答えてから、小さく手招きをする。

私は立ち上がり、先生のあとに続いた。


* * *


アシェル様はノートと練習の記録をまとめ、隣の準備室へ運んだ。

私も中へ入り、授業の部屋との間の扉をそっと閉める。


背の高い棚が何列か並ぶ、小さな部屋だった。

反対側の壁には、廊下へ出られる別の扉がある。


アシェル様が、その扉を示した。


「こちらから出れば、来訪者とは顔を合わせずに済みます」


けれど、取っ手へ手を伸ばしかけたところで、向こうから数人の話し声が近づいてきた。

生徒たちだろうか。笑い声と足音が、すぐ外を通っていく。


先生は手を止め、私を振り返った。


「……今は、人がいるようですね。通り過ぎるまで、ここで待っていてください」


私は頷いた。


アシェル様は記録を棚へしまうと、授業の部屋へ戻っていった。

間の扉が閉まり、ほどなくして、来訪者を迎える声が聞こえる。


私は棚のそばで、そっと息を吐いた。


大丈夫。

廊下が静かになったら、先生に知らせてから帰ればいい。


そう思ったところで、別の声が近づいてきた。


「先生。頼まれていた箱を運んでまいりました」


廊下へ出るための扉が、軽く叩かれる。


……え。

こっちにも、誰か来た!?


「隣の準備室へお願いします」


授業の部屋から、来訪者の先生が答えた。


私は扉を見つめた。

その取っ手が、ゆっくり下がる。


待って。

私、この部屋にいます!


慌てて、並んだ棚の奥へ下がった。


同時に、授業の部屋からアシェル様が戻ってくる。

荷物を運ぶ声を聞いて、様子を確かめに来たらしい。


廊下側の扉が開き、箱を抱えた人の腕が見えた。


アシェル様の視線が、開きかけた扉から私へ移る。


私はもう一歩下がろうとして、踵を棚の脚にぶつけた。

よろめきかけた腕を、先生の手が支える。


「こっちへ」


小さな声とともに、棚の端と壁の間にある、細い隙間へ導かれた。


背中が壁へ近づいたところで、先生が私の前に立つ。

廊下側の入口からは、棚の側板とアシェル様の背中に隠れて、私の姿は見えない。


……でも。


目の前に、先生の胸元があった。


近い。


顔を上げると、アシェル様が私を見下ろす。

片手は私の腕を支え、もう片方は肩の横の棚へ添えられていた。


先生が少し身を屈める。


「ティア。少しだけ、静かに」


耳元へ落とされた声に、息が止まった。


静かに。

はい、静かにします。


でも、この距離で言われると。


心臓の音まで聞こえそうなんですけど!?

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