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『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
第2章 恋を知るには、近すぎます!

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待っていたのは、私だけじゃない

図書館の窓際に、銀灰色の髪を見つけた。


胸の奥が、ふっと緩む。


……よかった。

今日も、いらっしゃった。


放課後、迎えの馬車までは少し時間がある。

私は鞄を抱え直し、閲覧席へ向かった。


「ルシア様」


声を抑えて呼ぶと、彼が顔を上げた。

目が合うと、その口元が柔らかくなる。


「今日は、嬉しそうだな」

「お話ししたいことがあって」


向かいへ座り、私は少し姿勢を正した。


「ノアと、話せました」


ルシア様が、本から手を離す。


「怖がっていた理由を伝えたら、一緒に考えようって言ってくれたんです。全部は説明できなかったけど、ちゃんと聞いてくれて」


彼は私を見て、ゆっくり頷いた。


「そうか。話せてよかったな」

「はい」


迷わず答えられた。


「この前、聞いていただいたおかげです。ありがとうございました」

「話すと決めたのは、君だろう」


そう言ってもらえると、少し照れくさい。


私は本を鞄から出し、机へ置いた。

その表紙を見ながら、小さく続ける。


「それから……好きだって、言ってもらって」


顔が熱くなった。


昨日もルゥに話した。

今日もリリアとローゼに話した。


何回言えば、普通に報告できるようになるんでしょう。


「まだ、同じ気持ちかはわからないって伝えたんです。でも、聞けて嬉しかったので、それも」


ルシア様は、少しの間、黙って聞いていた。


「君が伝えたかったことは、話せた?」

「……はい」


顔を上げる。


「なら、よかった」


穏やかな声だった。


すぐに答えを決めなくていい。

ここでも、そう思える。


ほっと息を吐くと、ルシア様が私の本へ目を向けた。


「今日は、その本の続き?」

「あっ、そうでした。見ていただきたいところがあるんです」


私はさっそく栞を外した。


* * *


開いたのは、細い茎に白い花がついた挿絵のページだった。


「この植物、庭園で見た気がするんです。でも、葉のつき方が少し違っていて」


ノートに描いた絵を並べる。

昨日、授業の帰りに見つけて、書き留めたものだ。


ルシア様が、少し身を乗り出す。


「実物は、まだある?」

「あると思います。図書館からも近くて」


窓の外へ目を向ける。

花壇の向こう、植え込みの脇にあったはずだ。


ルシア様もそちらを見て、本へ栞を挟んだ。


「見に行こうか」

「いいんですか?」

「ここで絵を眺めているより、わかりやすいだろう」


嬉しくなって、私は頷いた。


「では、案内します!」


少し声が大きくなり、自分で口元を押さえる。

向かいで、ルシア様が笑っていた。


* * *


庭園へ出ると、柔らかな風が頬に触れた。


植え込みの角を曲がったところで、私は足を緩める。


「ありました!」


低い縁石のそばに、白い花が揺れていた。

しゃがみ込んで葉を覗くと、ルシア様も隣へ膝を折る。


「本では、葉が二枚ずつ向かい合っていましたよね。これは、ずれているように見えて」

「下の方も見てみて」


言われて、茎を目で辿った。


「あっ」


低いところでは、二枚の葉がほとんど同じ高さについている。


「上と下で違うんですね」

「育ち方によって、間が空くことがある。絵だけだと、わかりにくいな」


私は鞄からノートを取り出した。

立ち上がって書き足そうとすると、開いたページが風にめくられる。


「あ、待って――」


横から手が伸び、端を押さえてくれた。


「持っていようか」

「ありがとうございます。少しだけ」


ルシア様が、私の描きやすい高さで支えてくれる。

私は葉の位置を書き足した。


……難しい。


本ではあんなに綺麗なのに、私が描くと、別の植物みたいになってしまう。


首を傾げていると、頭の上から小さな笑い声がした。


「そんなに、見比べなくても」

「大事なところです。あとで違う植物だと思ったら、困るでしょう?」


真面目に答えると、彼は笑ったまま頷いた。


「確かに」

「今、少し笑いましたよね」

「一生懸命だなと思って」


返事に困って、私は絵へ目を戻した。


綺麗に描けなくても、自分でわかればいい。

特徴は、言葉でも書いておこう。


ペンを動かしていると、頬に髪がかかった。

空いている手で戻そうとして、指に何か触れる。


「……あれ?」

「綿毛がついてる」


ルシア様が、私の髪へ目を留めた。


「取っても?」

「あ、お願いします」


頷くと、彼の指が近づいた。


髪の表面を、そっとすくわれる。

その間、私はじっとしていた。


「取れたよ」


見せられた白い綿毛が、風に乗って飛んでいく。


「ありがとうございます。気づかないまま帰るところでした」

「またついていたら、教えるよ」

「できれば、すぐにお願いします」


答えると、彼が楽しそうに笑った。

私も笑って、最後に小さな蕾を描き足した。


* * *


ノートを受け取り、時計を確かめる。


そろそろ、馬車の待つ場所へ向かった方がよさそうだった。


「もう戻らないと」

「そうか」


ルシア様が、閉じた本を持ち直す。

その表紙を見て、私は少し申し訳なくなった。


図書館で、ご自分の調べ物をしていたのに。

私が来てから、ずっと付き合ってもらっている。


「……すみません。今日も、私のお話ばかりで」

「謝ること?」

「だって、調べ物の途中だったでしょう? ここまで付き合っていただいて」


彼は不思議そうに私を見た。


「君と過ごすのも、俺の時間だろう?」


返事が、出てこなかった。


……あ。


そう言われるとは、思っていなかった。


ルシア様は、私の顔を見て少し首を傾げる。


「付き合わされていると思ってた?」

「いえ。そういうわけでは……でも、いつも私から話しかけているので」


会えたら嬉しくて。

本でわからないところがあれば聞きたくて。


気づけば、私ばかり楽しみにしていた。


「お邪魔していないかなって、少し」


そう言うと、彼は私を見つめたまま、口元を緩めた。


「君が来るのを、待ってたんだけどな」


息が止まった。


白い花が、足元で揺れている。

遠くから、生徒たちの声が聞こえた。


それなのに、今の言葉だけが、やけにはっきり残った。


「……私を?」


尋ねると、ルシア様が頷く。


「今日は来るかなと思って」


困るくらい、当たり前のような声だった。


……待って。


会えたらいいなって。

今日もいらっしゃるかなって。


そう思っていたのは、私だけじゃなかったんだ。


鞄の持ち手へ、そっと指をかけ直す。


「では……今日、私が来なかったら?」

「続きを読むつもりだったよ」

「そう、ですよね」


何を聞いているんだろう、私。


ほっとしたような、少し残念なような気持ちで頷く。

すると、ルシア様が続けた。


「君に聞かせたら、どんな顔をするか考えながら」


思わず、顔を上げた。


彼は、私を見ていた。


「この前、古い地名の話を面白がっていただろう。続きがあったから、次に来たら話そうと思ってた」


本を持つ手へ、視線が落ちる。


ただ、質問に答えてくれていたわけではない。

私に聞かせたい話を、彼も覚えていてくれた。


嬉しさが、ゆっくり胸に広がった。


「……聞きたいです」


ようやく答えると、彼が笑う。


「迎えは?」

「……あっ」


そうでした。


時計を見て、慌てて顔を戻す。


「今日は、もう無理です」

「じゃあ、次に」

「はい」


頷いてから、私は少し迷った。


会えたら、聞こう。

今までは、それでよかった。


けれど。


「明日の放課後は、いらっしゃいますか?お迎えまでの少しの時間ですけど」


ルシア様の目が、わずかに見開かれた。


「いるよ」

「では、私も来ます」


今度は、ちゃんと約束したかった。


「そのお話、聞かせてください」


彼はしばらく私を見て、それからゆっくり頷いた。


「待ってる」


また、胸が跳ねた。


……もう。


明日、ここへ来るだけなのに。

どうして、こんなに楽しみになってしまうんだろう。


* * *


屋敷へ帰り、着替えを済ませると、ルゥが寝台へ跳び乗った。


「ただいま、ルゥ」


隣へ座り、頭を撫でる。


ノートを見せようと思っていた。

白い花の絵も、書き足した葉のことも、話したかった。


でも、先に口から出たのは、別のことだった。


「今日ね、ルシア様が、私を待っていてくださったんだって」


ルゥが顔を上げる。


「私ばかり、お会いできるのを楽しみにしていたと思ってたの」


撫でていた手へ、柔らかな額が寄せられた。


私は少し笑って、背中まで手を滑らせる。


「……嬉しかったんだ」


小さく言うと、ルゥは目を細めた。


会えて嬉しいと、ちゃんと伝えただろうか。


明日、お会いしたら。


待っていてくださって嬉しかったと。

私も、また会いたかったと。


今度は私から、言ってみようかな。

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