その呼び方で、もっと近くに②
庭園の長椅子へ三人で腰を下ろす。
近くにほかの生徒がいないことを確かめてから、ローゼリア様が私を見た。
「それで。お二人の間に、何かございましたの?」
……ですよね!
リリアも私を見ている。
私は少し迷ってから、声を落とした。
「昨日、ノアに……好きだって、言ってもらったんです」
リリアが両手をきゅっと重ねた。
「そうだったんですね……!」
ローゼリア様は、ゆっくり息をつく。
「ようやく、ですのね」
「……ようやく?」
顔を向けると、彼女は少しだけ眉を上げた。
「大切に思っていらっしゃることは、伝わっておりましたもの」
「私も、セレティア様とお話しされるときは、嬉しそうだなって思っていました」
リリアまで頷く。
……待って。
二人とも、気づいていたの?
「でも、私は、昨日初めて聞いたので……」
言いながら、また頬が熱くなった。
「いつもどおりに話そうと思っていたんです。でも、顔を見ると、思い出しちゃって」
ノアが好きだと言ってくれたこと。
私の返事を聞いて、嬉しそうに笑ったこと。
「今朝も、教科書を間違えました……」
リリアが小さく笑い、それから慌てて口元へ手を添えた。
「すみません。可愛らしくて」
「私には、結構大変なんですけど!」
言い返したら、ローゼリア様まで笑った。
つられて私も笑うと、少しだけ肩の力が抜けた。
「それで、どうお答えになったの?」
「まだ、同じ気持ちかはわからないって。これから、ちゃんと考えたいと伝えました」
二人が頷くのを見て、私は膝の上へ目を落とした。
「嬉しかったんです。でも、大切だと思う気持ちと、恋として好きな気持ちが、まだ、自分でもうまくわからなくて」
「ノア様は、何とおっしゃったんですか?」
「今すぐ答えを出さなくていいって」
リリアの問いに答えると、ローゼリア様の表情が和らいだ。
「でしたら、急がなくてもよろしいのではなくて?」
「……いいんでしょうか」
「ご自分のお気持ちでしょう。すぐに答えられないことも、ありますわ」
リリアも、隣で頷いた。
「嬉しかったことも、困っていることも、少しずつお話しすればいいと思います」
……そっか。
昨日も、うまく話せるかわからないまま伝えた。
それでも、ノアはちゃんと聞いてくれたのだ。
「ありがとうございます。話したら、少し落ち着きました」
二人が微笑む。
秘密のことまでは話せなかった。
でも、嬉しかったことを聞いてもらえて、困っていると素直に言えた。
それが、思っていた以上に嬉しかった。
「あの。もう一つ、お願いしてもいいですか?」
「何でしょう?」
「私のこと、ティアって呼んでいただけませんか?」
二人の目が、少し丸くなる。
言ってしまった。
けれど、これは前から少し考えていたことだった。
「いつも一緒にいてくださるし、今日も、こうして聞いてもらって。もっと仲良くなれたら、嬉しいなって」
リリアの顔が、ぱっと明るくなった。
「いいんですか?」
「もちろん!」
「では……ティア様」
呼ばれた途端、頬が緩む。
「様もつけなくて大丈夫です。私も、リリアって呼んでもいい?」
「はい! ぜひ」
彼女は嬉しそうに頷いてから、少し照れたように笑った。
「……ティア」
「うん!」
返事をして、隣へ顔を向ける。
ローゼリア様は、私たちを見ていた。
唇を少し開いたまま、何か言おうとしているようだった。
「ローゼリア様?」
呼びかけると、彼女は小さく咳払いをした。
「でしたら、わたくしのこともローゼと。様もいりませんわ」
「……ローゼ?」
ローゼは一瞬、唇を結んだ。
それから、少しだけ顔を背ける。
「ええ。お二人だけ親しく呼び合うのも、落ち着きませんもの」
……あ。
ローゼも、そう思ってくれたんだ。
嬉しくなって、私は少し身を乗り出した。
「ありがとう、ローゼ!」
今度はこちらを見てくれたけれど、その耳が少し赤かった。
「……お礼を言われるほどのことではありませんわ」
そう答えてから、ローゼはリリアへ目を向けた。
「あなたも、同じように呼んでくださる?」
「私も、様をつけなくていいんですか?」
「ええ。わたくしも、リリアと呼ばせていただきますから」
リリアが、嬉しそうに微笑んだ。
「はい。……ローゼ」
呼ばれたローゼは、背筋を伸ばしたまま頷く。
けれど、膝の上に重ねた指が、少しだけ動いた。
私も、もう一度呼んでみたくなった。
「ねえ、ローゼ」
「何ですの?」
「ふふ。呼んでみたかっただけ」
「……呼び方を確かめるためだけに、何度も呼ばないでくださる?」
そう言いながら、ちゃんと私を見てくれる。
その顔を見ていたら、リリアも小さく笑った。
つられて私まで笑うと、ローゼは困ったように眉を寄せた。
「お二人とも、そんなに笑わなくても」
「ごめんね。でも、嬉しくて」
答えると、ローゼが黙った。
それから視線を落とし、制服のスカートをそっと整える。
「……わたくしも、嫌だとは申しておりません」
小さな声だった。
リリアと目が合う。
二人で頷いて、今度は笑いすぎないように気をつけた。
* * *
校舎の時計を見て、私は腰を上げた。
「あっ、そろそろ戻らないと!」
ローゼとリリアも立ち上がり、三人で小道を戻る。
「ティア」
リリアに呼ばれ、顔を向けた。
「また、お話し聞かせてね」
「うん。二人のお話も、聞きたい!」
答えると、ローゼが隣で微笑んだ。
「では、次のお茶の時間にでも」
「約束ね、ローゼ」
今度は自然に呼べた。
ローゼは私を見て、ほんの少し口元を緩める。
「ええ。ティア」
胸が、ふわっと温かくなった。
……今日のお昼は、心臓が大忙しだったけど。
こんな嬉しさも増えるなら、悪くない。
「次は、お菓子も用意したいね!」
「じゃあ、私も焼き菓子を持ってくるね」
「本当? 楽しみ!」
リリアへ顔を向けた私の隣で、ローゼが口を開く。
「わたくしは、お茶を選んでおきますわ」
「ありがとう、ローゼ!」
名前を呼ぶと、今度は目を逸らされなかった。
三人で次のお茶の相談をしながら、私は校舎へ向かった。




