もう、幼馴染だけではいられない②
繋いだ手の温かさに、少しずつ気持ちが落ち着いてきた頃。
ノアが、私を見た。
「今日、話そうと思ってくれたのは……どうして?」
私は少し考えた。
嬉しかったことまで否定しなくてもいいと、教えてもらった。
それから昨夜、自分で考えて、決めたのだ。
「何も言わずに、私だけで離れるって決めるのは違うと思ったの」
ノアは黙って聞いている。
「それに、怖いからって、ノアといて嬉しかったことまで、気のせいにしたくなくなったから」
言えた。
……言えたけど。
言ったあとで、急に顔が熱くなってきた。
ノアが、私をじっと見ている。
「じゃあ、これからは考えてくれる?」
「何を?」
「僕のこと。幼馴染としてだけじゃなくて」
胸が跳ねた。
まっすぐな青い瞳から、目を逸らせない。
「……うん。ちゃんと、考えたいと思ってる」
答えると、ノアの指に少し力がこもった。
彼は何か言いかけて、口元を押さえる。
「……ノア?」
「ごめん。少し、待って」
顔を背けた耳が、赤かった。
……え。
私、今、そんな反応をされることを言った?
いや、言った。
たぶん、言いました。
つられてますます熱くなった頬を、空いている手で押さえる。
やがてノアが、こちらへ向き直った。
「僕は、ティアが好きだよ」
息が止まった。
「幼馴染だから大切なのも、本当。でも、それだけじゃない」
声は静かだった。
冗談にしてくれるような笑顔でもなかった。
「君と踊りたかったのも、休みの日に会いに行きたかったのも、好きだから」
一つずつ、覚えのある言葉が重なる。
ハンカチを返すためだと言った、あの日。
夜会で、もう一度差し出された手。
「資料室で、殿下に支えられていたとき。あのとき平気な顔ができなかったのも、好きだからだよ」
扉が開いたときの顔まで思い出して、私は言葉を失った。
「……そう、だったんだ」
ようやく出た声に、ノアが少しだけ苦笑した。
「うん。そうだったんだよ」
「……ずっと、私のこと、そういうふうに思ってくれてたの?」
尋ねると、彼は繋いだ手へ目を落とした。
「うん。でも、伝えたら、また距離を置かれるかもしれないと思ってた」
胸が詰まった。
「そばにいられるなら、それでいいって。でも、最近は、そう思うのも難しくなってた」
ノアが顔を上げる。
私はその目を見つめたまま、唇を開きかけた。
何か、答えなきゃ。
そう思うのに、うまく言葉が出てこない。
「今すぐ、答えを出さなくていいよ」
ノアが、静かに言った。
「ただ、これから僕のことを考えてくれるなら、知っていてほしかった」
私はゆっくり頷いた。
嬉しい。
でも、どうしたらいいのか、まだわからない。
ノアのことを大切に思う気持ちと、恋として好きな気持ち。
その違いを、私はようやく考え始めたばかりなのだ。
「……まだ、同じ気持ちだって言えるかはわからない」
包まれた手へ目を落とす。
離したいとは、思わなかった。
「でも、聞けて嬉しい」
ノアの指が、わずかに動いた。
顔を上げると、彼が笑っていた。
何度も見てきた笑顔なのに、今日はまともに見ていられない。
「じゃあ、ティア」
「……なあに?」
「これからは、もう遠慮しないから」
私は顔を上げた。
「遠慮って……」
聞き返した私の手を、ノアが少し持ち上げる。
「今みたいに、手を繋ぎたいときは、そう言う」
「……うん」
「会いたいときも。綺麗だと思ったときも、ちゃんと伝える」
……待って。
今までも、十分落ち着かなかったんですけど!?
「もちろん、嫌なら言ってね」
慌てて何か返そうとしたのに、ノアがあまりに嬉しそうに笑うから、言葉が止まった。
私は繋いだ手を見下ろす。
怖いことは、まだある。
何も解決していない。
それでも、話してよかったと思った。
「……今は、嫌じゃないよ」
小さく答えると、ノアが黙った。
それから俯いて、繋いだ手へ視線を落とす。
しばらくして聞こえた声は、さっきより少し低かった。
「……嬉しいな」
「そんなに?」
ノアが顔を上げる。
目が合うと、彼は隠しきれないように笑った。
「うん。もっと、一緒にいたくなるくらい」
……もう。
話し始める前より、ずっと心臓が忙しい。
でも、今日は。
その嬉しさまで、気のせいにはしなかった。




