↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
第1章 恋愛しないはずの学園生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/102

怖くても、ちゃんと向き合いたい

その夜、私は机の前でペンを握ったまま、考え込んでいた。


目の前には、開いたままのノート。今日教えてもらった植物の名前と、その横に書き足した小さな印が並んでいる。


……勉強の復習をするつもりだったんだけど。


さっきから、同じところばかり見ている。

これでは、植物の名前も覚えられません。


「にゃあ」


足元から声がした。

見下ろすと、ルゥが私を見上げていた。


「……何でもないよ?」


言ってから、少し笑ってしまう。

何も聞かれていないのに。これじゃ、自分から何かありますと言っているようなものだ。


ペンを置き、ルゥを抱き上げる。


「今日ね、少し相談に乗ってもらったの」


膝へ乗せると、ルゥはおとなしく収まった。

その背中を撫でながら、昼間の言葉を思い返す。


――寂しいと思ったことまで、悪いことにしなくていいだろう。


ノアと踊って、嬉しかった。

ほかの方と踊る姿を見たら、寂しかった。


それから、図書館でルシア様に会えると、楽しい。


……何だか、私の気持ち。

思っていたより忙しいね。


* * *


ルゥを抱いたまま、寝台へ移動した。

ノートは机に置いてきた。今日はもう、復習は諦めよう。


「ねえ、ルゥ」


青灰色の目が、こちらを向く。


「私、ずっと、恋愛には関わらないって決めていたんだよね」


小さく話すと、ルゥの尻尾がゆっくり動いた。


怖かったから。


階段から落ちて、前世を思い出した。

ここが、何度も遊んだ乙女ゲームの世界だと気づいた。


ゲームでは、私――セレティアと関わった攻略対象たちが、次々と死んでしまった。


選択肢を変えて、違うルートも見た。

それでも、最後には彼らを失った。


だから、攻略対象には近づかない。必要以上には関わらない。

もちろん、恋愛もしない。


そうすれば、同じ結末を避けられるかもしれないと思った。


……でも。


ノアとは、もう何年も一緒に過ごしている。


心配して会いに来てくれた日も、何でもないことで笑い合った日もあった。

離れなければと思いながら、結局、そばにいることを選んできた。


「……今さら、何も感じていないふりをしてもね」


呟くと、ルゥが前足を私の手へ乗せた。

その小さな足を、指先で撫でる。


ノアがそばにいてくれると、嬉しい。

笑ってくれると、私まで楽しくなる。


最近は、それだけではない気持ちもある。


手を繋いで、どきどきした。綺麗だと言われて、照れた。

誰かと踊る姿を見て、寂しくなった。


そのたびに、幼馴染だからだと理由を探していた。


……でも、「幼馴染だから」で片づけたって、ノアに何も起こらない保証にはならないんだ。


恋じゃないことにすれば大丈夫。

そんな決まりがあるわけでもないのに。


私は、そっと息を吐いた。


今の世界は、ゲームと全部同じではない。


リリアは薬草の話を楽しそうにしているし、ローゼリア様とも仲良くなった。

三人でお茶を飲む時間は、私にとって大切な楽しみだ。


ゲームの中の役割だけでは、もう二人を説明できない。


ノアだって、同じだ。


攻略対象だと知っている。

でも、今の私が知っているのは、困ったときに話を聞いてくれて、冗談を言って笑うノアだった。


* * *


「……ノアを、失いたくないんだよ」


口にすると、胸が苦しくなった。


明日も学園で会える。

名前を呼べば、振り向いてくれる。


その当たり前がなくなるなんて、考えたくない。


ルゥが顔を上げ、私の胸元へ額を寄せた。


「……ふふ。ありがとう」


抱き寄せると、温かな体が腕に収まる。

背中へ頬を寄せ、ゆっくり息を吐いた。


ゲームと違うところがあるから、大丈夫。

そう簡単に思えたら、よかった。


でも、もし同じことが起きたら。


あの結末を知っていたのに、と。

きっと、何度も思い返してしまう。


ルシア様も、何も起こらないとは言わなかった。

ただ、嬉しかったことまで、なかったことにする必要はないと、言ってくれた。


あの方の前では、気づけば思っていたことを話していた。

うまく説明できなくても、言葉が出てくるまで待ってくれるから。


……ずいぶん、聞いてもらっちゃったな。


けれど、そのおかげで、今もこうして考えていられる。


「怖いからって、ノアのことを考えないようにするのも、違うのかな」


好きかどうかを、今すぐ決めなくてもいい。

でも、大切な人だということまで、ごまかしたくはなかった。


守りたいから離れる。

そう考えてきたけれど、ノアの気持ちは聞いていない。


理由を言わずに距離を取ったら、きっと困らせる。

私だったら、嫌われたのかなって気になると思う。


……ノアにそう思わせたいわけじゃ、ないんだけど。


それなのに、何も説明しないまま、私だけで離れようとしていた。


ルゥの背中を撫でていた手が止まる。


「話して、みようかな」


青灰色の目が、私を見た。


「ちゃんと説明できるかは、わからないけど」


前世の記憶があるなんて、急に言われても困るだろう。

ゲームの登場人物だと話すのも、何か違う。


今、私のそばにいるノアに、何をどう伝えればいいのだろう。


少し考えてから、ルゥへ目を落とす。


「私と関わったら、ノアに何か起こるかもしれないって……それで、怖かったんだって」


口にしてみて、眉が下がった。


「……いきなりこれだと、びっくりするよね」


私だって、びっくりする。

何が起こるの、どうしてそう思うのって、聞きたくなるはずだ。


全部答えられるかは、わからない。


それでも、恋愛の相手として考えないようにしていたこと。

嫌いだから避けたかったわけではないこと。


そこは、ちゃんと伝えたい。


……うう。

頭の中では考えられても、本人を前にしたら難しそう。


でも、ノアなら。

うまく話せなくても、最後まで聞いてくれる気がした。


「ノアがどう思うかも、聞いてみたい」


怖い未来を変えられるのか。

何に気をつければいいのか。


まだ、わからないことばかりだ。


でも、全部わかってから話そうとしていたら、いつまでも言えないかもしれない。


私はルゥの頭を撫で、小さく頷いた。


「よし。ちゃんと、話す」


これが恋なのかは、まだわからない。


けれど、嬉しかったことも、寂しかったことも。

次からは、なかったことにせずに考えてみよう。


ルゥが短く鳴いた。

私はその顔を覗き込み、少し笑う。


「……何だか、ちゃんと話せる気になってきた」


けれど、明日、ノアを見たら。


いつものように笑いかけられて、それだけで慌てて。

用意した言葉を、全部忘れてしまうかもしれない。


……うん。

そこまで想像できちゃうんですけど。


「先に、何を言うか考えておこうかな」

「にゃ」

「でも、長くなりそう。お手紙みたいになったら、どうしよう」


大事なお話があります。


……駄目だ。

それだけで、ノアに心配されそう。


ルゥが私の指へ鼻先を寄せた。

撫でていた手が、また止まっていたらしい。


「ごめん、ごめん。今日は、もう寝ようね」


額へそっと口元を寄せ、それから寝台の上へ下ろす。

私が布団へ入ると、ルゥもいつものように腕のそばへ来た。


その背中へ手を添える。


怖くなくなったわけではない。

でも、一人で考えていたときとは、少し違う。


今度ルシア様に会ったら、お礼を言おう。

それから、ノアと話せたら、そのことも聞いてもらいたい。


……また、相談が増えちゃうかな。


そんなことを思いながら、私は小さく笑った。


「おやすみ、ルゥ」


明日は、ノアに話す時間を作ろう。


心の中でもう一度決めて、目を閉じた。


* * *


やがて寝息が聞こえ始めると、ルゥは顔を上げた。


眠る彼女の眉間には、もう力が入っていない。


……少しは、楽になったか。


今夜、何度も止まっていた手が、背中に添えられている。

ルゥはその手の下で、静かに身を丸めた。


彼女の悩みが、すべてわかったわけではない。

それでも、話すうちに声が少し明るくなったことは、わかった。


また話したくなったら、何度でも聞いてやろう。

うまく言葉にならなくても、急がせるつもりはなかった。


細い指へそっと額を寄せると、眠ったままの彼女の手が、わずかに動いた。


それだけのことで、ルゥもようやく目を閉じる気になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。