その気持ちまで、隠さなくていい①
図書館へ通う楽しみが、一つ増えた。
……正確には、本以外にも楽しみができた、かな。
あれから何度か、昼休みにルシア様と顔を合わせている。
借りた本でわからなかったところを尋ねたり、授業で習った植物について話したり。
ルシア様は物知りだ。
けれど、何でもすぐに答えるわけではない。
「そこは、もう一度読んでみて」
そう言われて読み返すと、自分で気づくこともある。
わかった、と顔を上げたときに、嬉しそうに笑ってくれると、私まで嬉しくなった。
もちろん、笑われてしまうこともある。
主に、私が夢中になって話しすぎたときだ。
……だって、ちゃんと聞いてくださるんだもの。
つい、続きを話したくなるでしょう?
* * *
その日の放課後、私は図書館へ向かった。
予定していたアシェル様の個人授業が、王宮での急用で延期になったのだ。
連絡を受けたのは、午後の授業が終わる少し前。
迎えの馬車は、個人授業が終わる予定だった時刻に来る。
それまで、二時間ほどある。
……ふふ。
今日は、時計ばかり気にしなくて済みそう!
いつもの棚を抜け、窓際へ向かう。
銀灰色の髪を見つけると、自然に足が速くなった。
「ルシア様!」
声を抑えて呼ぶと、彼が顔を上げた。
「今日は、こんな時間なんだな」
「予定が変わったので。お迎えまで、ここで待つことにしたんです」
「そうか」
向かいの席へ目を向けられ、私も椅子へ手を添える。
「ご一緒してもいいですか?」
「もちろん」
鞄から本とノートを取り出す。
さっそく開こうとして、向かいの本が気になった。
「そちらは、何の本ですか?」
「古い土地の名前を調べていた」
「地名って、変わるんですね」
「君が読んでいる本にも、今とは違う名前が出てくるだろう?」
「あっ、そうでした!」
見せてもらうと、一つの森にいくつもの呼び名が書かれていた。
「全部、同じ場所なんですか?」
「そうだ」
「……本を読むだけでも、道に迷いそうですね」
呟くと、ルシア様が笑った。
「実際に行くよりは、安全だな」
「それは、そうですけど!」
つられて笑いながら、私はノートを開いた。
* * *
しばらく話したあと、それぞれの本へ目を戻した。
ページをめくる音が、ときどき重なる。
何か話さなきゃ、と考えなくてもいい。
気になることがあれば尋ねられるし、黙って読んでいても気まずくない。
……今日は、たくさん読めそう。
目を休めようと窓の外を見たとき、回廊に見慣れた姿を見つけた。
ノアだ。
隣には、一人の令嬢がいる。
書類を見せながら話しかけられ、ノアが足を止めた。
何のお話だろう。
令嬢が笑う。
ノアも、少し口元を緩めた。
胸の奥が、ちくりとした。
……まただ。
夜会でもない。
ただ、話しているだけなのに。
私だって、今ルシア様と本を読んでいる。
さっきまで、一緒に笑っていたでしょう?
それなのに、もう少し見ていたくなった。
「知り合い?」
声をかけられ、顔を戻す。
ルシア様も窓の方を見ていた。
「……ノアです」
「ああ」
「何のお話をしているのかなと思って」
「聞いてみればいい」
「聞くほどのことでも、ないんですけど」
そう答えて、少し困る。
じゃあ、どうして気になるの。
自分で自分に聞いても、返事が出ない。
「……こんなこと、気になるのおかしいですよね」
気づいたら、口にしていた。
ルシア様の視線が、私へ戻る。
私は慌てて言い足した。
「ノアが誰と話していても、普通のことなのに。私だって、いろいろな方とお話ししますし」
「うん」
「でも、楽しそうだなって思うと、少し……」
何と言えばいいのだろう。
嫌、ではない。
ノアが楽しそうなのは、嬉しい。
でも、何とも思わないわけでもなくて。
ルシア様が本を閉じた。
「寂しい?」
私は彼を見た。
「……そう、なのかもしれません」
声にすると、頬が熱くなった。
……待って。
私、本を読みに来たんだよね?
どうして、こんな相談を始めているの!?
「でも、あの方と話さないでほしいとか、そういうことではなくて!」
「わかってる」
「だったら、気にしなければいいのにって、自分でも思うんです」
ルシア様は少し首を傾げた。
「そう思えば、気にならなくなる?」
「……なりません」
「なら、仕方ないだろう」
あっさり言われ、私は瞬きをした。
「仕方ない、ですか?」
「寂しくなっただけで、誰かを責めたわけでもない」
……それは、そうだけど。
彼は私を見たまま続けた。
「楽しんでほしいと思っていても、自分といてほしいことはある」
本に添えた指が止まった。
自分と、いてほしい。
ノアを見つけると、声をかけたくなる。
面白いことを知ったら、聞いてほしくなる。
ああ。
そういうこと、なのかな。
でも、それって。




