↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『恋愛しません!……って言ってるのに、攻略対象が近づいてきます』  作者: ルミ
第1章 恋愛しないはずの学園生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/95

今度こそ、お名前を教えてください!

夜会の翌々日。


学園の正門をくぐったところで、後ろから声をかけられた。


「セレティア様。先日は、ありがとうございました」


振り向くと、一緒に踊った令息が立っていた。


「あっ、おはようございます! こちらこそ、ありがとうございました」

「温室のお話、覚えていらっしゃいますか?」

「もちろんです!先生に伺ってみようと思っていたんです」


答えると、彼が嬉しそうに笑う。


「ご覧になれたら、感想を聞かせてください」

「はい!」


礼をして別れた、そのすぐあと。


「セレティア嬢、おはようございます」

「夜会では、ゆっくりお話しできませんでしたね」


今度は別の方々だ。

慌てて挨拶を返し、少し話してから歩き出す。


……あれ。

校舎まで、まだ半分も進んでいない。


「姉様」


隣のリオンを見上げると、弟は穏やかに微笑んでいた。


「何人の方と、お話しされたんですか?」

「何人だろう。途中から、数えていなかったかも」

「……そうですか」


その笑顔が、少し深くなる。


「ご挨拶に伺っている間も、ずいぶんお忙しかったんですね」

「うん。でも、楽しかったよ!」


話したいことを思い浮かべていると、向こうから来た令嬢たちの声が聞こえた。


「ノア様、主催のお嬢様と踊っていらしたそうね」

「お父様同士も、親しくしていらっしゃるのでしょう?」


足が、ほんの少し遅くなった。


……知ってる。

私も、見ていたもの。


家の付き合いだと、ノアも話してくれた。

それなのに、ほかの人から聞くと、また少し気になる。


「姉様?」


顔を上げると、リオンが私を見ていた。


「どうかなさいましたか?」

「ううん。夜会の話って、すぐに広まるんだね」


答えると、弟は令嬢たちが去った方へ一度目を向けた。

それから、私へ微笑む。


「姉様のお話も、広まっているようですよ」

「私の?」

「ええ。先ほどから、皆さん嬉しそうにご挨拶されていますから」


……そうでした。

ノアのことを気にしている場合じゃなかった!


私は背筋を伸ばし、弟と校舎へ向かった。


* * *


教室へ入ると、ノアがこちらを向いた。


「おはよう、ティア」

「おはよう!昨日はゆっくり休めた?」

「うん。ティアは?」

「私も!ルゥと一緒に、朝寝坊しちゃった」


答えると、ノアが笑った。


いつもの顔。

それだけで、さっきの胸の引っかかりが少し薄くなる。


鞄を机へ置いていると、ノアがそばへ来た。


「……夜会の話、聞いた?」

「え?」


顔を向ける。

ノアは少しだけ声を落とした。


「僕が、誰と踊っていたとか」

「ああ。さっき、少しね。でも、事情は知ってるよ?」


お父様に紹介された方でしょう、と続けると、彼は頷いた。


「うん。ただ、それだけで、いろいろ言われているみたいだから」

「私も、いっぱいお話ししたよ。学園でも、挨拶していただいて」


そう言うと、ノアの目が一度だけ細くなった。


「……そうみたいだね」


ん?

どうして、そこは少し楽しそうじゃないの?


首を傾げると、ノアは小さく息を吐いてから、私を見た。


「でも、僕がまた踊りたいと思ったのは、ティアだよ」


手が止まった。

すぐには、顔を上げられなかった。


「……うん」

「だから、また付き合ってね」


ようやく見ると、ノアは私の返事を待っていた。


「もちろん。せっかく練習したんだもの」


答えた途端、彼の表情が柔らかくなる。

その顔を見て、私もほっとした。


……今、安心したよね、私。


理由を考える前に始業の鐘が鳴り、私は慌てて教科書を取り出した。


* * *


昼食を終えると、ローゼリア様は先生に呼ばれて席を立った。リリアも、借りている本を返しに行くという。


私は薬草について調べたいことがあったので、図書館へ向かうことにした。

リリアとは入口まで一緒に歩き、返却台の前で別れる。


……本を見ていたら、少し頭も落ち着くかもしれない。


朝から何度も、ノアの言葉を思い出してしまう。


また踊りたいと思ったのは、ティア。


……もう。

教科書を開いているときまで、思い出さなくてもいいでしょう!


棚の案内を確かめ、植物の本が並ぶ奥へ進む。

目当ての図鑑は見つかった。けれど、その隣にも気になる背表紙がある。


『古い森の植物と、その利用』


……何、その気になる題名。


指をかけたものの、両隣の本に挟まって、うまく抜けない。

もう少し、と引きかけたところで、横から声がした。


「押してから引くと、取りやすい」


私は顔を上げた。


銀灰色の髪。

薄い青灰色の瞳。


……え。


「あっ、夜会の!」


思わず声が大きくなり、慌てて口元を押さえる。

青年が、楽しそうに目を細めた。


「覚えていたんだな」

「もちろんです!」


小声で答えてから、私は彼へ向き直った。


今度こそ。

今度こそ、先に聞かなくちゃ!


「今日は、お名前を伺ってもいいですか?」


青年が一瞬、目を見開いた。

それから、笑う。


「……ルシアだ」


私は、その音を心の中で繰り返した。


ルシア。


「ルゥと、少し似ていますね」

「そうか。覚えやすいだろう?」

「はい。もう忘れません」


答えると、彼の笑顔が少し変わった。

嬉しそうなのに、どこか静かな顔。


見つめられて落ち着かなくなり、私は本へ目を戻した。


「こちらに、よくいらっしゃるんですか?」

「最近はね。調べたいものがあって」


そう言って、彼は手にしていた本を軽く持ち上げた。


学生服ではないし、先生とも少し雰囲気が違う。

何か調べ物にいらした方なのかな。


「ルシア様も、植物を?」

「その本には、少し興味がある」


示されたのは、私が抜こうとしていた本だった。


「あっ、では、ご覧になりますか?」

「君が先だ。……少し押してみて」


言われたとおり、本を奥へ押す。

両隣との隙間ができたところで引くと、今度はすっと抜けた。


「取れた!」

「よかったな」


嬉しくなって表紙を見る。


厚い。

思っていたより、ずっと厚い。


「……お昼休みで、読み終わるかな」

「全部読むつもりだったのか?」


顔を上げると、ルシア様が笑いをこらえていた。


……確かに。

最初から最後まで読まなくてもいいよね!


窓際の閲覧席へ、向かい合って座る。

本を開くと、見慣れない言い回しが並んでいた。


植物の絵はある。

説明も、読めないわけではない。


けれど。


「……この名前、初めて見ました」


挿絵の下を指で追っていると、ルシア様が少し身を乗り出した。


「今は、別の名で呼ばれている」

「ご存じなんですか?」


彼が口にした名前に、私は目を丸くした。


「これが!?図鑑の絵と、少し違いますね」

「育つ場所で、葉の形が変わる。こっちは森の奥にあるものだ」

「へえ……!」


思わず、絵へ顔を近づける。

説明を読み返すと、確かに今の名前へ繋がりそうな特徴が書かれていた。


「本当だ。じゃあ、この使い方も――」

「今は、あまり勧められないな。似た植物と間違えやすい」

「なるほど……」


話を聞きながら、持ってきたノートを開く。

気づいたことを書き留めていると、向かいから小さな笑い声がした。


顔を上げる。


「……また、夢中になっていました?」

「うん」

「すみません。お話ししていたのに」

「謝らなくていい。見ていて飽きないから」


ペンが止まった。


……あの。

本ではなくて、私を見ていたんですか?


ルシア様は、当然のようにこちらを見ている。


「夜会でも、そんな顔をしていた」

「どんな顔ですか?」

「面白いものを見つけて、誰かに教えたくなった顔」


言い返そうとして、できなかった。


今、まさに。

次にノアやリリアに会ったら、この本のことを話したいと思っていたから。


「……わかりやすいですね、私」

「そこがいい」


また、さらっと言う。


返事に困って本へ目を落とすと、ルシア様は少しだけ声を和らげた。


「ここで会えたのは、嬉しいよ」

「……私も」


顔を上げる。


「お名前、聞きたかったので」


彼が一瞬黙り、それから笑った。


「それだけ?」

「本のお話も、聞けてよかったです!」


慌てて足すと、ますます楽しそうになる。


……何だか、この方にはすぐ笑われてしまう。


でも、嫌ではなかった。


* * *


時計を見て、私は慌てて本を閉じた。


「あっ、戻らないと!」

「授業か?」

「はい。……もう少し読みたかったんですけど」


表紙へ目を落とす。

ルシア様も、この本に興味があると言っていた。


借りてしまっていいのか迷っていると、彼が立ち上がった。


「先に借りるといい」

「でも」

「俺は、別の本を見ているから」


それなら、と頷き、図鑑と一緒に抱える。


「今日は、ありがとうございました」

「どういたしまして」


一歩進んでから、私は振り返った。


「……明日も、いらっしゃいますか?」


尋ねると、ルシア様の視線が私へ戻った。


「君は?」

「お昼休みに。この本を読んで、わからないところを聞きたいので」


言ってしまってから、少し慌てる。


「もちろん、ご迷惑でなければ!」

「迷惑じゃない」


返事は、早かった。

彼は私を見て、ゆっくり笑う。


「じゃあ、またここで」


……あ。

それは、約束だった。


嬉しくなって、私は頷く。


「はい。また明日!」


今度は声を大きくしないように気をつけて、閲覧席を離れた。


抱えた本は、少し重い。

でも、足取りは来たときより軽かった。


名前を聞けた。

本のことも、たくさん教えてもらえた。


ルシア様。


心の中でもう一度呼んでみると、あの笑顔が浮かんだ。


……次は、どんなお話ができるかな。


そう考えながら、私は教室へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。