大切な方です。それだけは、譲れません②
――ノア視点
「ノア」
父の声に、意識を戻す。
紹介された相手へ、改めて礼をした。
王都を離れていたというその人は、学園や剣術について尋ねた。
俺は答えながら、話の内容を頭へ留める。
今は、こちらに集中しなければ。
挨拶が一段落したところで、父が俺へ目を向けた。
「今の話は、覚えておきなさい」
「はい」
父は一度俺を見てから、近づいてきた招待客へ顔を向けた。
俺は礼をして、その場を離れた。
広間を見渡すと、ティアは夫人とローゼリア嬢のそばにいた。
手には飲み物を持っている。
少し離れたところでは、リオンが侯爵と話していた。こちらに気づき、ちらりと姉の方を見る。
それから俺へ目を戻して、小さく微笑んだ。
……見ていたのか。
どこまでかは、聞かないでおこう。
ティアが顔を上げた。
俺を見つけると、すぐに表情が明るくなって、小さく手を上げた。
唇が、確かに俺の名前を呼ぶ。
俺は歩き出した。
人の間を抜け、近づくと、ティアが少し身を乗り出す。
「ノア! もう、お話は終わった?」
「うん。どうしたの?」
「呼んでいいって言ってたから、早速呼んじゃった」
そう言って笑ったあと、少しだけ声を落とした。
「……邪魔じゃなかった?」
胸の奥が、熱くなる。
俺の言葉を、覚えていてくれた。
そのうえで、本当に呼んでくれた。
「全然。何の話?」
「明日のことなんだけど。ノア、午前中はゆっくりできる?」
「うん。今のところ、予定はないよ」
「よかった。私も、きっと朝は眠いだろうなと思って」
ティアが笑う。
「楽しかったけど、いっぱい踊って、いっぱい話したから」
「うん」
「帰ってからも、ミアに話したいことがたくさんあるし。寝るのが遅くなりそう」
その顔を見て、俺も笑った。
夜会に慣れているふりをするわけでもなく、楽しかったと素直に話してくれる。
さっきまで気にしていたことが、少し遠くなった。
――ノアなら、何を話そうって考えなくてもいいから。
踊りながら言われた言葉を、思い出す。
俺には、こんな顔で話してくれる。
それを、当たり前にしたくないと思った。
「……ノア?」
「ううん。聞いてるよ」
「本当? 今、ちょっと笑ってた」
「ティアが、楽しそうだから」
答えると、彼女が少し照れたように笑った。
その顔を見るだけで、また嬉しくなる。
欲張りなのだと思う。
俺のそばで安心してほしい。
今までみたいに、何でも話してほしい。
そのうえで、ほかの男とは違う相手として、俺を見てほしい。
父へ告げた言葉を、胸の中でもう一度繰り返す。
大切な方です。
それだけは、曖昧にしなかった。
いつか、ティア本人にも。
彼女がどれほど大切なのか、自分の言葉で伝えたいと思った。




