いつの間にか、いつもの場所に②
それからしばらくして。
ノアがアストレイア家の夕食に加わることも、すっかり珍しくなくなっていた。
今日も同じ食卓を囲みながら、ママが驚いたような声を上げる。
「え? ノアくんのご両親、二週間も遠方に行かれるの?」
「はい。来週から二週間ほど留守にすると聞いています」
「まあ……寂しくなるわね」
「何も変わりありません」
ノアはいつも通りの顔で答えた。
「両親とは、普段からほとんど顔を合わせることがありませんので」
「……え?」
私は思わずノアを見る。
ほとんど顔を合わせない?
二週間もパパとママがいないなんて、私だったら寂しい。でもノアは、本当に何でもないことのように食事を続けている。
「そうだわ!」
突然、ママが顔を輝かせた。
……嫌な予感がする。
「旦那様。ノアくんを、その間うちで預かるというのはどうかしら?」
「え?」
ノアが固まる。
「えーーーー!?」
私も固まった。
「それはいい考えだね。ヴォルフィード公爵夫妻がよければ、私はかまわないよ」
パパはあっさり答えた。
「やった!」
リオンが嬉しそうに笑う。
「ノア兄様と一緒に過ごせるんですね!」
ちょっと待って。
二週間? ノアと? 同じ家!?
「アストレイア侯爵夫人。それは……」
珍しくノアが困っている。
「ノアくんは、うちが嫌い?」
「いえ。それはありません」
「なら、いいじゃない。もちろん、ご両親にもきちんと確認するわ」
ママはにっこり笑った。
……ママ、強い。
「ミア。明日にでもヴォルフィード家に使いを出してちょうだい」
「かしこまりました」
「ママ!」
私は思わず声を上げた。
「ノアが困ってるよ!」
「そうかしら?」
「それに……ほら!」
私は少し考えてから言った。
「年頃の男女が同じ家に住むなんて!」
一瞬、食卓が静かになった。
ママが私を見る。ノアも私を見る。リオンまで私を見る。
「……なに?」
ママが小さく息を吐いた。
「あなた、まったく気にしてないでしょう?」
「え?」
「ノアくんを男性として」
「ええ!?」
なに言ってるの!?
もちろんノアが男の子なのは知ってるけど!
「それに」
ママは楽しそうに笑った。
「うちとヴォルフィード家には、昔からそういう縁談のお話もあるわけだし。少しくらい意識してもらってもいいわよ」
「…………え?」
今、なんて?
「えーーーーーー!?」
私は思わず立ち上がった。
「なにそれ!? 私、聞いてない!」
「そうだったかしら?」
「聞いてないよ!」
私は慌ててノアを見る。
「ノアは!?」
「……聞いたことは、ある」
「あるの!?」
「正式な話じゃない。ただ、昔から両家の間でそういう話があると聞いたことがあるだけだ」
「初耳なんだけど!」
「俺に言われても困る」
「アストレイア侯爵夫人……」
ノアが珍しく困りきった顔でママを見る。
「ティアの前で、その話は……」
「あら」
ママがにっこり笑った。
「意識してるのね?」
「……!」
ノアが言葉に詰まった。
……え? 今の反応、なに?
「姉様とノア兄様が……?」
リオンは状況がよく分からないらしく、私とノアを交互に見ている。
「違うからね、リオン!」
「はははは!」
パパだけが楽しそうに笑っている。
「パパも笑ってないで!」
「いや、すまない。つい」
「もう!」
「ティア。そんなに慌てなくていいよ」
ひとしきり笑ったあと、パパが優しく言った。
「昔、両家の間でそんな話が出たことがある、というだけだ。正式に決まった話じゃないよ」
「……本当に?」
「ああ」
パパが頷く。
「ティアの結婚を、ティアの知らないところで勝手に決めたりはしないよ」
「パパ……」
よかった。一気に肩の力が抜ける。
「もう、あなたったら」
ママが笑った。
「ちょっと言ってみただけなのに。ティアがそんなに真に受けるとは思わなかったわ」
「真に受けるよ!!」
縁談だよ!?
しかも相手は攻略対象だよ!?
私にとっては大問題なんだから!
……って、そこは言えないけど。
私はもう一度、ノアを見る。
「ノアも、そのつもりじゃないんだよね?」
「……ああ」
ノアは少し間を置いてから頷いた。
「俺も、そういう話を聞いたことがあるだけだ」
「よかったぁ……」
私は胸を撫で下ろした。
これで安心。危うく、知らないところで攻略対象との婚約ルートに突入するところだった。
危ない危ない。
ふと視線を感じて顔を上げると、ノアが黙って私を見ていた。
「なに?」
「……いや」
ノアは視線を逸らした。
……あれ? なんだか、ちょっと不機嫌?
でも、すぐにいつもの顔に戻ってしまったので、気のせいかもしれない。
「さあ!」
そんな空気などまったく気にせず、ママが楽しそうに手を合わせた。
「もし公爵夫妻のお許しがいただけたら、来週から子どもが三人ね。楽しみだわ」
「楽しみです!」
リオンは満面の笑みだ。
……いや、待って。
縁談じゃないと分かって安心してる場合じゃない。ノアが二週間、この屋敷に住むかもしれないんだった!
「……よろしく、ティア」
ノアが私を見て、小さく笑った。
「まだ決まってないからね!?」
「分かってる」
分かってるって顔じゃないんだけど!
* * *
それから数日後。
ヴォルフィード公爵家から、正式に滞在を了承する返事が届いた。
これで、ノアは来週から二週間、アストレイア侯爵家で過ごすことになった。
「楽しみですね、姉様!」
リオンは嬉しそうに笑っている。
「……そうだね」
私は力なく頷いた。
攻略対象と二週間も同じ屋敷で生活するなんて。一緒に食事をして、顔を合わせて、きっと今まで以上に話すことになる。
そんなの――
絶対、親密になっちゃうじゃん!
どうするのよ、私ーーー!




