いつの間にか、いつもの場所に①
今日もノアは、いつもの場所でお茶を飲んでいる。
テーブルには紅茶とお菓子。少し離れたところには、いつものようにミアが控えている。
リオンは今、王都から来た魔術の先生とお稽古中。
つまり、ここにいるのは私とノア。
……あれ?
私は紅茶のカップを持ったまま、ノアを見た。
なんで私、攻略対象と二人で普通にお茶してるの?
しかも、なんだかもう、これが通常モードになってない?
前は二、三週間に一度くらいしか来なかったのに、最近は三日に一度くらい来る。
来たら来たで普通にお茶を飲んで、リオンとも話して、夕食まで食べて帰ることもある。
――まずい。
なるべく関わり合いたくないのにー!
「ティア」
「なに?」
「今日も魔法の練習をするのか?」
ノアに聞かれて、私は首を横に振った。
「んー。今日は王都から魔術の先生が来てるから、私は参加しないの」
今日の先生は、リオンのために来ている。
私も一緒に教えてもらうことはあるけれど、今日はリオンの訓練が中心だ。
「一人で練習しても楽しくないし。どうしようかなって思ってる」
「そうか」
ノアが紅茶のカップを置いた。
「俺は魔法が使えないから、詳しいことは分からないけど」
「うん?」
「ティアは、前よりずっと熱心に練習しているんだな」
「……え?」
思わずノアを見る。
「この前も、リオンと一緒に頑張っていただろう?」
「……」
「努力しているのは、見ていれば分かるよ」
なに。急に。
「あ……そう」
なんだか落ち着かなくなって、私はカップに視線を落とした。
「ありがとう」
こんなふうにノアが思ってくれてるなんて、知らなかった。
ずっと私のことを見ていたってこと?
……いやいや。違う。そういう意味じゃない。
「そんなふうにノアが思ってくれてるって、知らなかった」
「そうか?」
ノアは少し考えるように首を傾げた。
「伝わっていると思っていた」
「全然知らなかった」
「……そうか」
ノアが少し黙る。それから、私を見た。
「じゃあ、これからはちゃんと言う」
「……え?」
思わず顔を上げると、青い瞳がまっすぐ私を見ていた。
「…………」
なになに? なんなの?
最近のノア、なんか甘くない?
やめてー! これ以上、親密になったら困るんだから!
私は慌てて話題を変えた。
「そ、そういえば! ノアって剣術が得意なんだっけ?」
「剣術?」
「うん」
「そうだな。幼い頃から習っている」
「すごいね!」
素直にそう言うと、ノアは少し困ったような顔をした。
「義務みたいなものだ」
「義務?」
「公爵家の人間だからな。得意かと言われると……ありがたいことに、成績は残せている」
「……」
私はじっとノアを見る。
「ノアって、固くない?」
「固い?」
「うん。固い」
ノアが眉を寄せた。
「固いかどうかは分からないが、公爵家の次期当主として、いろいろなことを学ばなくてはいけないとは思っている」
「まあ、そうなんだろうけど……」
私は頬杖をついた。
勉強して、剣術をして、公爵家の仕事についても学んで。
まだ十二歳なのに、毎日忙しそう。
「そんな生活してたら、気づいたときにはおじいちゃんになっちゃうよ?」
「……おじいちゃん?」
ノアが本気で困惑した顔をした。
私は少し離れたところにいたミアに同意を求める。
「ねえ、ミア?」
「お嬢様。ノア様もお忙しい中、時間を作っていらっしゃるのですよ」
「……はーい」
どうやらミアはノアの味方らしい。
「だって、そうじゃん。もっと人生楽しまないと!」
私はノアに向き直った。
「ねえ、ノア」
「なんだ?」
「ノアは、何をしてるときに幸せって感じる?」
「……幸せ?」
ノアが少しだけ目を見開いた。そのまま黙ってしまう。
あれ? そんなに難しい質問だった?
「私はねー」
私は考えるまでもなく答えた。
「パパとママとリオンと一緒にいるとき!」
自然と笑顔になる。
「家族といると、幸せなの」
「……家族」
ノアが小さく繰り返した。
「うん!」
ノアは何かを考えるように黙った。
けれど、その答えを聞く前に――。
「姉様ー!」
庭の向こうから声が聞こえた。
「リオン!」
私は椅子から立ち上がり、こちらへ走ってきたリオンに駆け寄った。
「お稽古終わったの?」
「はい!」
「じゃあ、森にピクニックにいこー!」
「え?」
リオンが目を丸くする。
私はすぐにミアを振り返った。
「ミアー! ピクニックに行きたいんだけど、お弁当お願いできる?」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
「ありがとう!」
ミアが屋敷へ戻っていくのを見送り、私はリオンに向き直った。
「姉様」
「なに?」
リオンが私の格好を上から下まで見る。
「その格好で行くの?」
「え?」
私は自分のスカートを見下ろした。
いつもの服だけど。
「スカートで木に登らないでくださいね」
「……」
「姉様?」
「あれは、帽子が枝に引っかかったから仕方なかったの!」
「その場合は、僕を呼んでください」
「はーい」
「本当に分かってます?」
「分かってるってば」
最近、リオンがパパみたい。
「姉様は一人にしておくと、何をするか分からないですから」
「そんなことないもん」
そう言い返していると、リオンがノアのほうを見た。
「ノア兄様も、一緒にピクニックに行かれますか?」
「え?」
私が振り返ると、ノアは迷う様子もなく立ち上がった。
「ああ。付き合う」
「えーーー!」
思わず声が出た。
「ノアも来るの!?」
「……駄目なのか?」
「駄目っていうか……」
困る。
一緒にお茶を飲んで、一緒に話して、今度は一緒にピクニック?
どんどん親密になっちゃうじゃん!
「姉様、みんなで行ったほうが楽しいですよ」
リオンが嬉しそうに笑う。
「……そうだね」
ううっ。そんな顔で言われたら断れない。
しばらくして、ミアが用意してくれた籠を持って、私たちは森へ向かった。
* * *
少し先を歩くティアとリオンを、ノアは後ろから眺めていた。
「姉様、走ったら危ないですよ」
「大丈夫だってば」
「この前もそう言って転びました」
「あれは地面に木の根っこがあったの!」
「だから、ちゃんと前を見て歩いてください」
「はーい」
ティアが笑っている。その隣で、リオンも笑っていた。
「ノアー!」
突然、ティアが振り返った。
「早く!」
「……ああ」
ノアは少しだけ歩く速度を上げた。
さっきまで、俺も来るのかと嫌そうな顔をしていたのに。今は何事もなかったように俺を呼んでいる。
ノアには、ティアの気持ちが分からなかった。
普通に笑って話していたと思えば、突然、困ったような顔をして離れていく。けれど、本気で拒絶されているようにも思えない。
近づいたと思えば、離れて。離れたと思えば、また笑いかけてくる。
――なんなんだろう。この感じ。
「ノア! 置いてっちゃうよー!」
前を歩くティアが、もう一度振り返った。
「……今行く」
ノアは思わず笑ってしまった。
分からない。だからこそ、やっぱり気になる。
ノアは二人のあとを追いかけた。




