二曲目の意味は、まだ聞けません①
広間へ戻ると、いくつかの視線がこちらを向いた。
ノアと手を繋いだまま、踊る人たちの輪へ近づく。
……うん。
やっぱり、見られてる。
わかっていて手を取ったのに、実際に注目されると落ち着かない。
そっと周りを見かけたところで、ノアがこちらを向いた。
「ティア。疲れてない?」
「大丈夫! 涼んだら、すっきりしたよ」
「……そう」
返事までに、少し間があった。
「ノアは? さっきから、何だか考え事をしてるみたい」
「……顔に出てた?」
「少しね」
答えると、ノアが困ったように笑った。
その顔を見て、私も少し気が楽になる。
いつも落ち着いているノアにも、そんなことがあるんだ。
曲が始まり、腰へそっと手が添えられた。
一歩、踏み出す。
最初の一曲より、自然に体が動いた。
「ねえ、さっきより上手になってない?」
「うん。ずいぶん余裕があるね」
「でしょう? ほかの方とも踊れたし、少し慣れたのかも!」
嬉しくなって答えると、ノアの視線が私へ戻った。
「……楽しかった?」
「うん! 温室に珍しい薬草があるって教えてくださったの」
「さっき、言っていた話だね」
「そう!図鑑でしか見たことがなくて。学園にあるなら、ぜひ見たいでしょう?」
ノアが、小さく笑う。
「ティアは、見たいだろうね」
「ノアも一緒に行く?」
「……僕も?」
「うん。授業のない時間に、先生へお願いしてみようかなって」
ノアは一度瞬きをした。
それから、少し表情を緩める。
「じゃあ、許可をいただけたら教えて」
「うん!」
楽しみが一つ増えた。
嬉しくなったところで、広間の端にいた令嬢が目に入る。
さっき、ノアと踊っていた方だ。
こちらを見ているように思えて、私は少しだけ声を落とした。
「……ノアは、楽しかった?」
「え?」
「さっきの方と踊ったとき」
聞いてから、急に恥ずかしくなる。
……何を確認しているの、私。
楽しく踊れたなら、それでいいでしょう!
ノアは少し驚いた顔をした。
「うん。学園と、剣術大会の話をしたよ」
「そうなんだ」
「気になる?」
すぐには、返事ができなかった。
「だって、楽しそうだったから」
「……見てたんだ」
「目に入ったの!」
慌てて答えると、ノアの口元が少し緩んだ。
……あ。
今の言い方、余計に変だった?
「ティアも、楽しそうだったよ」
「私?」
「うん。踊っているときも、そのあとも」
そのあと。
令息の方々と話していたときのことだろうか。
それとも、テラスでの――。
思い浮かべていると、ノアの指が私の手をそっと握り直した。
「僕も、気になった」
「……何が?」
「ティアが、誰と話していたのか」
胸が跳ねた。
私がノアを見ていたみたいに。
ノアも、私を見ていたの?
その意味を考えかけて、足が一瞬遅れた。
ノアが歩幅を小さくしてくれる。
「大丈夫?」
「う、うん。今のは、ノアのせいだからね」
「僕?」
「急に、そういうことを言うから……!」
言ってしまってから、口を閉じた。
……ああ、もう。
これじゃ、気にしているのが丸わかりでしょう!
ノアは少し目を見開いたあと、嬉しそうに笑った。
「……ごめん」
謝る顔じゃない。
そう言い返したかったけれど、見つめられると、うまく言葉が出なかった。
しばらくすると、動きにまた余裕が戻ってきた。
ノアは私が向きを変えるのを待って、次の一歩へ導いてくれる。
一人で全部考えなくても、ちゃんとついていける。
「……やっぱり、ノアとは踊りやすいね」
「そう?」
「うん。間違えそうになっても、合わせてくれるでしょう?」
ほかの方も親切だった。
でも、ノアとは少し違う。
わからなくなったら、わからないと言える。
「さっき、皆さんとお話ししているときは、結構緊張してたの」
「そうだった?」
「してたよ! お名前を覚えなきゃって思っていたら、次の質問が来るんだもの」
思い出すと、少し笑ってしまう。
「夜会って、踊っている時間だけじゃないんだね」
「むしろ、話す時間の方が長いかも」
「もっと練習しておけばよかったかな。ご挨拶して、質問に答えて、次の方のお名前を覚える練習」
「……それ、どうやってするの?」
「ママにお願いしてみようかな」
「本格的な練習になりそうだね」
「でしょう? でも、宿題が増えちゃうかも」
二人で笑う。
さっきまで、あんなに周りが気になっていたのに。
気づけば、いつものように話していた。
「……迎えに来てくれて、ありがとう」
ノアが、私を見る。
「ほっとしたの。ノアなら、何を話そうって考えなくてもいいから」
言ってから、少し首を傾げる。
「……あ。でも、さっきから薬草のお話ばかりだったね」
「聞きたいよ。ティアが話したいことなら」
そう言われると、また嬉しくなってしまう。
ノアは私を見つめたまま、少し声を落とした。
「また、僕を呼んで。ティアのところへ行きたいから」
胸が、きゅっとした。
そんなふうに言われたら、次から本当に探してしまう。
「……忙しかったら、ちゃんと言ってね?」
「うん」
「じゃあ、呼ぶ。聞いてほしいことができたら」
「何かなくても、いいよ」
……っ。
返事に迷っているうちに、ノアが笑った。
私は少し顔をそらしかけて、思い直す。
昨日、足元ばかり見ないようにって言われたでしょう。
……でも、顔を上げたらノアと目が合うんですけど!
結局、視線の置き場に困ったまま、私は小さく頷いた。




