初めてなのに、どうしてそんなに近いんですか?②
広間から、曲の終わる音が聞こえる。
そろそろ戻らないと。
ママにも、心配をかけてしまう。
けれど、その前に。
「申し遅れました。私、セレティア・アストレイアと申します」
グラスを持ち直し、礼をする。
青年は、私を見つめていた。
「セレティア」
確かめるように呼ばれ、顔を上げる。
「君に、よく似合っている」
名前が似合うなんて、あまり言われたことがない。
「……ありがとうございます。あの、お名前を伺っても――」
「ティア」
背後から、聞き慣れた声がした。
振り向くと、ノアがテラスの入口に立っていた。
「あっ、ノア!」
思わず笑う。
ノアは私を見て、それから青年へ視線を移した。近づいてきて、自然に私の隣へ並ぶ。
「……こちらの方は?」
「ここでお会いしたの。猫のお話を聞いてくださって」
説明すると、青年の口元が少し動いた。
……また笑った?
ノアは彼へ軽く礼をする。
「ノア・ヴォルフィードです。彼女の友人で」
「……友人」
青年が静かに繰り返した。
ノアの表情が、ほんの少し変わる。
……ん?
何ですか、今の間は。
「迎えが来たなら、俺は失礼するよ」
青年が言った。
「お話しできて、楽しかった」
「あっ、こちらこそ。ありがとうございました」
慌てて礼をすると、彼は広間へ向かって歩き出した。私のそばを通るところで、少し足を止める。
「今度は、もう少し気楽に話してくれると嬉しい」
目が合う。
「その方が、君は楽しそうだから」
返事をする前に、彼はノアへ軽く会釈をして、広間へ入っていった。
銀灰色の髪が、人の向こうへ消える。
……あっ。
結局、お名前を聞けなかった!
* * *
「……知り合いでは、ないんだよね?」
ノアの声に、顔を戻す。
「うん。初めてお話ししたよ」
「名前も?」
「今、聞こうとしていたところだったの」
ノアは青年が去った方を、もう一度見た。
少しだけ、険しい横顔。
「ノア、あの方を知ってる?」
「……いや。知らない」
そう答えてから、私へ向き直る。
「ずいぶん、楽しそうだったね」
「うん。髪の色がルゥに似ているって言ったら、笑ってくださって」
「……そっか」
ノアの視線が、私の肩へ落ちる。
「葉がついていたから、取っていただいたの」
「……うん」
ゆっくり息を吐いて、ノアが私へ手を差し出す。
「次の一曲、まだ空いてる?」
「うん」
「じゃあ、僕と踊って」
その目を見て、返事が一瞬止まった。
いつものように尋ねているのに、何だか今日は、違って聞こえる。
「……二曲目だよ? また噂にならない?」
同じ方と二度踊ること自体は、いけないことではない。
けれど、最初の一曲に続いて、またノアと踊ったら。
学園での噂を思い出し、差し出された手を見る。
ノアは一瞬だけ黙った。
それから、私を見たまま頷く。
「うん。それでも、ティアと踊りたい」
……っ。
わかっていて、誘っているんだ。
私だって、さっきまた踊ろうと約束した。
でも、そんな顔で言われたら、急に意識してしまう。
「……もう。ちゃんと約束、覚えてるよ?」
照れ隠しに言うと、ノアの瞳がわずかに揺れた。
私は、その手へ指先を重ねる。
「お願いします。次の一曲も」
手が、優しく包まれた。
「……うん」
ようやく表情が緩んだので、私もほっとする。
「そうだ、ノア。あとで温室のお話、聞いてくれる?」
「温室?」
「さっき踊った方に、珍しい薬草のことを教えていただいたの!」
ノアは一度瞬きをした。
それから、小さく笑う。
「……今日は、いろいろ聞かせてもらえそうだね」
「うん。いっぱいあるよ!」
答えながら広間へ戻る。
知らない方と話すのは、緊張する。
でも、楽しいこともある。
銀灰色の青年の親しげな声が、まだ耳に残っていた。
次に会えたら、今度こそ名前を聞こう。
そう思いながら隣を見上げると、ノアと目が合った。
……あ。
ノア、さっきから私を見てる。
「……どうしたの?」
「ううん。話の続き、聞いてるよ」
そう言われたのに、急に何を話すつもりだったか忘れてしまった。




