初めてなのに、どうしてそんなに近いんですか?①
「……やっと、息がつけた?」
銀灰色の髪の青年が、私を見ていた。
穏やかな声だった。
けれど、その親しげな響きに、私は少し首を傾げる。
「あの……どこかで、お会いしたことがありましたか?」
こんなに綺麗な方、一度お会いしたら覚えていそうだけど。
青年は、わずかに目を細めた。
「こうして話すのは、初めてだね」
「そうですよね。よかった、忘れていたのかと思いました」
ほっとしてから、気づく。
……いや、それなら、どうしてそんなに親しげなの!?
青年が、小さく笑った。
「驚かせたか」
「少しだけ。誰もいらっしゃらないと思っていたので」
「それで、あんなに大きく息をついていたんだな」
……聞かれてた!
「お恥ずかしいところを……」
「いや。ようやく休めたんだろう?」
からかうような言葉なのに、声は優しい。
青年は手すりから身を離したけれど、こちらへは近づいてこなかった。
「俺にまで、気を遣わなくていい」
そう言われても、初対面の方だ。
しかも、夜会の招待客でいらっしゃるはず。
……どなたかのお知り合いかな。
広間の方へ目を向けると、青年が少し笑った。
「そんなに困った顔をしなくても。挨拶に戻れとは言わないよ」
「そ、そんなことを考えていたわけでは!」
慌てて顔を戻す。
その笑い方を見たら、少しだけ肩の力が抜けた。
* * *
庭から風が吹き上がり、銀灰色の髪が揺れた。
灯りの下では白銀にも見えるけれど、影に入ると柔らかな灰色になる。
綺麗だなぁ。
つい目で追っていると、青年がこちらを向いた。
「何?」
「あっ、髪のお色が綺麗だなと思って」
答えてから、はっとした。
いきなり何を言っているの、私!
けれど彼は、少し驚いただけだった。
「……気に入った?」
「はい。とても」
頷くと、彼の口元がゆっくり緩んだ。
「それは、よかった」
ずいぶん嬉しそうだ。
褒められたから、だよね。
それにしても、その顔は少しずるいと思う。
「少し、見慣れた色でもあるんです」
「へえ」
「我が家の猫も、似た色なので」
青年が、黙った。
……あっ。
「ご、ごめんなさい! 猫と比べるなんて、失礼でしたよね!」
「いや」
顔を横へ向け、口元へ手を添える。肩が、かすかに揺れた。
……笑ってる?
「その猫は、可愛がられているんだな」
「もちろんです!」
そこは、迷わず答えられる。
「とっても可愛いんですよ。気まぐれなところもあるんですけど、私が帰るとそばへ来てくれて」
「そうか」
「今日も、支度をしていたらドレスの裾に座ろうとしたんです。抱き上げたら、今度はなかなか降りてくれなくて」
思い出すと、笑ってしまう。
あのままでは、ドレスが毛だらけになるところだった。
「一緒に行きたかったのかもしれないな」
「ふふ。そうだったら、嬉しいですけど」
今頃は、お部屋で丸くなっているかな。
帰ったら、今日のことを聞いてもらおう。
「……本当に、嬉しそうに話す」
顔を上げると、青年が私を見ていた。
その眼差しがあまりに柔らかくて、言葉に詰まる。
「大切にしているんだな」
「はい。大切な家族なので」
答えると、彼は一度だけ目を伏せた。
笑っているのに、少し違う顔に見えた。
何かを思い出したような、そんな顔だった。
「あの……猫はお好きですか?」
尋ねると、青年は私へ目を戻した。
「嫌いじゃない」
「よかった。つい、たくさん話してしまって」
「もっと聞いてもいいくらいだ」
……それは危険です。
ルゥの話なら、なかなか終わりませんよ?
そう思って笑うと、彼も楽しそうに目を細めた。
* * *
「さっき、踊っていただろう」
広間から聞こえる音楽へ、青年が顔を向けた。
「見ていらしたんですか?」
「少し。楽しそうだった」
「はい。練習してきたので、ちゃんと踊れて嬉しくて」
ノアが合わせてくれたこと。
ほかの方から、温室の薬草について教えていただいたこと。
話しかけられるまま答えているうちに、私はまた少し夢中になっていた。
「それで、今度先生に伺ってみようと思っているんです」
「夜会で、薬草の話を?」
「……今、自分でもそう思いました」
思わず答えると、青年が声を漏らして笑った。
私もつられて笑ってしまう。
……何だろう。
この方には、妙に話しやすい。
上手に話そうと思うより先に、返事をしている。
「好きなことを話している方が、楽しそうだ」
「顔に出ていますか?」
「よくわかる」
即答され、少し頬が熱くなった。
そんなに見られていたのかと思うと、急に落ち着かない。
グラスへ口をつけようとして、中身がほとんどないことに気づいた。
「あれ」
「話しながら、ずっと飲んでいたからな」
「……よくご覧になっていますね」
青年は、少しだけ首を傾げた。
「気になるから、見ていた」
……え。
グラスを持つ手が止まる。
それは、会場で目立っていたから?
それとも、今ここで話している私が?
聞き返せずにいると、彼の視線が私の肩へ移った。
「葉がついている」
「えっ、どこですか?」
示されたところへ手を伸ばす。
けれど、指先に触れたのは結い上げた髪だった。
……待って。
せっかくミアが整えてくれたのに、崩したら大変!
動きを止めると、青年が手を上げた。
「取ってもいいか?」
「……お願いします」
彼が近づいた。
指先が、肩のすぐそばを通る。触れたのはドレスの布だけだったのに、息が止まりかけた。
……近い。
睫毛、長い。
目の色も、ルゥに少し似て――。
いや、猫と見比べている場合ではなくて!
「取れた」
彼は小さな葉をつまむと、すぐに手を引いた。
「ありがとうございます」
ようやく息を吐くと、青年は私の顔を見て、すっと一歩下がった。
「……驚かせたな」
「いえ、その……」
葉を取っていただいただけだ。
私が勝手に、どきどきしているだけで。
うまく説明できずにいると、彼はそれ以上尋ねなかった。
その気遣いに、また少し困ってしまった。




